エドワード・D・ホックが2008年1月17日に亡くなった。この突然の訃報には、か
なり驚かされた。77歳という年齢がまだまだ若いというだけでなく、活発な執筆活動
のようすを聞いていたからである。
長編小説もいくつか書いているが、ホックは生涯、短編小説作家だった。その作品
のキャラクターは、レオポルド警部、怪盗ニック・ヴェルヴェット、サム・ホーソー
ン医師など、多彩だ。2005年12月号の《ミステリマガジン》に掲載されているインタ
ビューでホックは、いちばん人気を誇ったのは怪盗ニック・ヴェルヴェットだと語っ
ている。しかし日本でのいちばん人気は、サム・ホーソーン医師だろう。そのサム先
生の活躍を集めた〈サム・ホーソーンの事件簿〉シリーズを紹介して、ホックへの追
悼としたい。
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●〈サム・ホーソーンの事件簿〉シリーズのレビュー
《若きサム先生が、不可能犯罪を次々に解決していく》
ホックの代表的な作品のひとつ〈サム・ホーソーンの事件簿〉シリーズでは、医師
のサム・ホーソーンが若いころを回想する形で、自分の体験したさまざまな不可能犯
罪とその結末を語る。もちろん、探偵役はサム先生自身だ。最初の事件には、医学校
を出てノースモントで診療所を開いたとたんに遭遇した。有蓋橋という「密室」で、
殺人事件が起きたのだ。サム先生はその謎を、みごとに解決してみせた。
そんなサム・ホーソーンの活躍を集めた短編集は、アメリカではミステリ短編集の
専門出版社から1996年に刊行された。日本ではノンシリーズの短編「長い墜落」を加
え、2000年に『サム・ホーソーンの事件簿1』として出版された。あっという間に人
気を得て、その年の主なミステリ・ランキングで軒並み上位につけた。その後、日本
独自の編纂(ボーナス作品として、各巻の最後にサム先生もの以外の短編が収録され
ている。個人的には、『事件簿3』収録の「ナイルの猫」の動機が秀逸だと思う)で
シリーズは『事件簿5』まで出版され、全作、さまざまなミステリ・ランキングの上
位に入っている。サム先生の人気の高さが伺える。
1920年代から始まるシリーズの中で時代は移り、サム先生も年を重ねていく。舞台
となっているノースモントは架空の町だが、大恐慌や禁酒法などの歴史的な出来事や
風俗を織り交ぜながら物語は続くので、当時のアメリカのようすを知ることができる。
『事件簿4』では、近づきつつある第二次世界大戦が物語の中にも暗い影を落としは
じめる。
診療所で働くメンバーも時が経つにつれ変わっていくが、その理由や経緯は、サム
先生が解決した事件と密接に関係がある。このシリーズでは、過去の事件もその後の
物語に関わってくるので、ひとつひとつのエピソード、ひとりひとりの登場人物に、
愛着が深くなる。それなのに、もうサム先生の話が読めなくなってしまうのかと思う
と、哀しい。ホックにも先生にも、もっともっと活躍してほしかった。
(吉野山早苗)
◇〈サム・ホーソーンの事件簿〉シリーズ "DIAGNOSIS:IMPOSSIBLE, The Problems
of Sam Hawthorne"(すべて、木村二郎訳/創元推理文庫)
『サム・ホーソーンの事件簿1』2000.05発行 ISBN: 9784488201029
『サム・ホーソーンの事件簿2』2002.05発行 ISBN: 9784488201043
『サム・ホーソーンの事件簿3』2004.09発行 ISBN: 9784488201050
『サム・ホーソーンの事件簿4』2006.01発行 ISBN: 9784488201067
『サム・ホーソーンの事件簿5』2007.06発行 ISBN: 9784488201074
"BORDERLANDS" by Brian McGilloway
Macmillan New Writing/2007/ISBN: 9780230020061
《アイルランドの小さな町で起きた2つの殺人事件に関連はあるのか?》
クリスマス間近の雪の降る日、アイルランドと北アイルランドの国境付近で少女の
死体が発見された。少女の名はアンジェラ・カシェル。アンジェラは全裸に近い状態
で、その右手には古くて値のはりそうな指輪がはめられていた。アンジェラがアイル
ランドの住人であるため、アイルランド警察のデヴリン警部率いるチームが北アイル
ランド警察の協力を得ながら捜査を担当することになった。捜査が進むと、アンジェ
ラは死亡時に薬を使っていたことがわかったが、家族はアンジェラが薬を使っていた
ことを否定し、指輪についても知らないようだった。
その数日後、焼けた車の中からテリー・ボイルという男子大学生の死体が見つかる。
そして、テリーは車が燃える前に撃たれていたこと、車には火がつけられたことがわ
かった。テリーは大学の休暇で帰省中だった。
それまで何年も殺人事件の起こらなかった町リフォードで続けて起きた2つの殺人
事件。これらには何の共通点も見つからないが、単に続けて起きただけなのか? そ
れとも、関連があるのか? あるとしたら、だれが、なんのために起こしたのか?
デヴリンたちは、2つの事件の捜査を同時に進めることになった。
主人公のデヴリンは家族を大切にし、事件の被害者に誠意をもって接し、誠実に捜
査にあたる。けれども、決して完全無欠というわけではなく、かつての恋人に誘惑さ
れそうになったり、捜査中に度を越した振る舞いをしてしまうこともあったりして、
そのあたりに人間味を感じさせる。また、本作品には事件の関係者や捜査にあたる人
々、そして周囲の人々の夫婦愛、家族愛、嫉妬、政治、復讐、裏切り、友情などさま
ざまなものが織り込まれていて、事件解決までの様子にふくらみをもたせてある。デ
ヴリンたちは間違った方向に捜査を進めてしまい、軌道修正を強いられることもある
が、残された手がかりから地道に捜査を続けていく。犯した罪は許されないが、犯人
がわかったとき、犯人の行動に対してデヴリンが抱いた気持ちには共感をおぼえた。
本作はデヴリン警部を主人公とするシリーズの1作目で、昨年、CWA賞のニュー
・ブラッド・ダガー賞にノミネートされた。既にシリーズ2作目も出版されている。
(石田浩子)
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"THE HEAT OF THE MOON" by Sandra Parshall
Poisoned Pen Press/2006.12.20/ISBN: 9781590583807
《嵐の夜に記憶がよみがえる。わたしはいったい、誰なのか?》
ある嵐の夜、獣医のレイチェル・ゴダードの勤める動物病院に、けがをした飼い犬
を連れて女性がやってきた。慌てていた彼女は幼い娘のことをすっかり忘れ、車に残
してきてしまった。娘は母親を探しながら、病院の受付のところで泣いていた。「マ
マ、ママがいない……」その姿を見たレイチェルは、確信した。同じような嵐の夜、
この少女ほどの年齢の妹のミシェルが泣いている。「ママ、ママがいない……」ここ
数年何度も意識の中に現れるこの場面は、夢でも幻想でもなく、実際に自分が体験し
たことだ、と。
レイチェルは母親のジュディスと妹のミシェルと共に暮らしているが、母親と妹の
親密さの間で、疎外感を感じていた。父親は彼女が5歳のときに交通事故で亡くなっ
ていて、記憶はほとんどない。嵐の夜の出来事についてなにか手がかりはないかと、
昔から立ち入ることを厳しく禁じられていた母親の部屋へしのびこみ、家族のアルバ
ムを探し出す。しかしそこには、両親と妹だけが写った写真があるばかりだった。な
ぜ、自分が写った写真がないのだろうか。自分はいったい、誰なのか? レイチェル
は真相を突き止める決心をする。
ほんとうに、おそろしい物語だ。大人の身勝手な行動によって、人生を翻弄されて
きた子供たち。次々と明らかになる事実がどのようにつながるのか分からず、ページ
をめくる手が止まらなかったが、その結末には胸が悪くなるほどの嫌悪感を覚えた。
真実を知ったことは、果たしてレイチェルにとって、いいことだったのか。最後のレ
イチェルの言葉に嘘はないだろうが、そう思わずにはいられない彼女の気持ちを思う
と、切なくつらい。
著者のサンドラ・パーシャルは、新聞の死亡記事欄担当のコラムニストとして、プ
ロの物書きのキャリアを始めた。その後は記者に転じ、あらゆる場面に取材に出向い
たという。子供のころから小説を書いてはいたが、自分が書きたいものがミステリだ
と気づいたのは、数年前。そして初の心理サスペンス作品の本書で、2007年のアガサ
賞最優秀処女長篇賞を受賞した。2作目となる "DISTURBING THE DEAD" も好評を博
している。
(吉野山早苗)
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『狡猾なる死神よ』"O'ARTFUL DEATH"
サラ・スチュアート・テイラー/野口百合子訳
創元推理文庫/2008.2.15初版 980円(税別)
ISBN: 9784488270049
《スウィーニーの目的は、墓石の謎を解くことだったはずなのに……》
クリスマスの約2週間前、ハーバード大学芸術・建築史学科の助教授であり墓石の
研究をしているスウィーニー・セント・ジョージは、友人であり同大学の大学院に籍
を置くトビー・ディマルコから奇妙な墓石の写真を見せられた。それは19世期末に作
られたメアリー・デンホルムという女性の墓石だった。叔父夫婦の住むヴァーモント
州のかつての芸術家村にあるので、クリスマス休暇に一緒に叔父夫婦の家に滞在して、
それについて調べてみてはどうか、とトビーが誘ってくれたのだ。興味を持ったスウ
ィーニーは、メアリーの子孫であるルース・キンボールという女性に電話をしてみた。
だが、ルースは墓石の制作者を知らなかった。そして、メアリーの死は溺死というこ
とになっているが、本当は芸術家村のだれかに殺されたのだと言った。その直後、ル
ースは銃弾を受けて亡くなってしまう。その死を周囲の人々は自殺と考えたが、警察
は他殺の線からも捜査をしているようだった。
トビーと共にその叔父夫婦の家を訪れたスウィーニーは、地元の歴史協会や図書館
などでメアリーの墓石について調べ、いろいろな人から話を聞くが、その制作者の名
はなかなかわからない。一方で、メアリーの死に関わった人間の子孫がルースを殺し
たのではないかと考えるようになっていく。そして、スウィーニーの周りでおかしな
ことが起こりはじめ……。
スウィーニーは助教授とはいえ、まだ28歳という若さだ。助教授になれたのは、1
年ほど前に出版した墓石に関する本が認められたためだった。画家だった父は自殺し、
女優だった母とは疎遠になり、恋人だった男性はロンドンの地下鉄爆破事件で亡くな
ってしまったという境遇にある。
本作は、墓石に関する謎解きに加え、19世期末のメアリーの死や今回のルースの死
についての謎解き、そして村で起きている空き巣事件、かつての芸術家村のようす、
そこに今も残る芸術品の数々についてなど、読みどころ満載の作品だ。スウィーニー
を主人公とするシリーズの1作目で、原書は既に4作目まで出版されているという。
芸術とミステリを愛する方には、ぜひ手にとって読んでいただきたい。
(石田浩子)
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『数独パズル殺人事件』 "THE SUDOKU MURDER"
シェリー・フレイドント/田口俊樹訳
ヴィレッジブックス/2008.01発行 850円(税別)
ISBN: 9784789732482
《恩人の教授のため、「オタク」のケイトは数独に残されたメッセージに挑む》
日本で生まれ、イギリスでは爆発的にブームとなり、アメリカでも、雑誌や新聞に
必ず掲載されている数独(数独の詳細については、鍛冶真起氏による渾身の解説をご
覧いただきたい)。いまや全世界100か国以上に広まっているこの数独をテーマにし
た世界初のミステリ小説が、満を持して登場した。
数学者のケイトは、恩師のアヴォンデール教授から急を要するとの手紙を受け取り、
故郷のニューハンプシャー州に帰ってきた。教授が館長を努めるパズル博物館が、存
続の危機だというのだ。幼いころに母親を亡くしたケイトの悲しみを慰めてくれたの
は、教授と博物館に収蔵されているパズルの数々だった。その恩に報いるべく教授と
博物館を救おうと、ケイトは一肌脱ぐことにする。そんな矢先、教授が館長室で殺さ
れてしまう。第一発見者となったケイトは、現場に残されていた、教授のやりかけの
数独を手がかりに、犯人を突き止めようとする。しかし警察署長はこともあろうに、
ケイトに教授殺害の疑いをかける。
だれもが昔からのやり方を変えずに暮らしているこの町で、ボストンからやってき
た「よそ者」の新しい警察署長は、明らかに浮いていた。町の人はなにかにつけて、
ケイトの容疑を晴らそうとしてくれる。ケイトももちろん署長に反発し、自分の無実
を証明しようと奮闘する。しかし、高校生のころに「オタク」とからかわれた経験が
あるケイトは、周囲に馴染めない署長の気持ちも理解できる。そして、真相を探って
いくうちに知ってしまった教授の過去に戸惑っていると、署長はやさしく励ましてく
れた。ケイトと署長がお互いに心を開くようになったのも、当然の成り行きだろう。
本書にはオリジナルの数独が6問掲載されている。物語の次の展開を読む合間に、
頭の体操をするのも楽しい。答えは最後の方のページにある。また、教授がやり終え
ることのできなかった数独を完成させれば、彼の無念を晴らせるかもしれない。ただ
し、この答えは載っていない。無念を晴らせるかどうかは、読者次第だ。
自らもパズル愛好家である著者のシェリー・フレイドントは、数独が生まれた日本
で、数独がテーマになった自身の作品が出版されることになって、緊張しているとい
うことである。
(吉野山早苗)
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『ゼロ時間の謎』"L'HEURE ZERO"
2007年/フランス/カラー
《ゼロ時間に向かって……》
アガサ・クリスティーが、自己のベスト10にも入れた『ゼロ時間へ』。それを現代
のフランスへと舞台を移しかえて撮影されたのが『ゼロ時間の謎』だ。おしどり探偵
トミー&タペンスが活躍する『親指のうずき』を映画化した、『アガサ・クリスティ
ーの奥さまは名探偵』が大ヒットしたのを受け、フランス人監督パスカル・トマが第
2弾として制作した。
「ゼロ時間」とは犯罪が行われる時間。人間関係やその時の状況などが複雑に絡まり
あってカウントダウンしていき、人々は「ゼロ時間」つまり犯罪に向かって導かれる。
映画も登場人物の紹介や状況説明からはじまり、殺人の発生、そして事件の解決へと
進んでいく。
ブルターニュにあるカモメ荘に、家族や親戚、友人たちが集まってくる。夏の恒例
行事だが、カモメ荘の女主カミーラにはひとつ気がかりなことがあった。甥のギヨー
ムが新妻キャロリーヌと来るのだが、彼は同時に先妻のオードも招待していた。新妻
と先妻の2人が仲良くやっていけるはずもないのに。案の定2人の間の空気は張りつ
め、その緊張感がカモメ荘全体を覆っていく。そんな中でカミーラが殺される。当地
の刑事である甥のルカに請われて、休暇中で訪れていたバタイユ警視が、事件の解決
に乗り出す。
舞台を現代のフランスに置きかえたにもかかわらず、映画は原作の雰囲気を忠実に
再現している。携帯電話を使っているシーンがなければ、現代とはわからない。ヨー
ロッパの上流階級の暮らしや服装は、あるていど時代が変わっても、あるいは国が違
ってもそれほど変わらないものなのかもしれない。またカミーラが電化製品嫌いとい
う設定になっていて、カモメ荘にテレビなどのめだった電化製品がない。それで時代
がほとんど特定されることなく、原作の味わいが壊されていない要因にもなっている。
そしてフランソワ・モレル演じる、バタイユ警視の軽妙さが映画のアクセントにな
っていることは間違いない。彼が呪文のように唱える「ホームズ、メグレ、ミス・マ
ープル、ポワロ、コロンボ」は、ミステリ・ファンなら思わず頬がゆるむことだろう。
(かげやまみほ)
◇原作『ゼロ時間へ』 アマゾン・ジャパンへ
マリス・ドメスティック主催によるアガサ賞のノミネート作品が発表になった。全
5部門のうち主要3部門のノミネートは以下のとおり。受賞作は、4月25日〜27日
(現地時間)に開催される、ヴァージニア州アーリントンにおける第20回マリス・ド
メスティック・コンベンションの席上にて発表される。
▼最優秀長篇賞
"THE PENGUIN WHO KNEW TOO MUCH" ドナ・アンドリューズ
"HER ROYAL SPYNESS" リース・ボウエン
"HARD ROW" マーガレット・マロン
"A FATAL GRACE" Louise Penny
"MURDER WITH RESERVATIONS" エレイン・ヴィエッツ
▼最優秀処女長篇賞
"A BEAUTIFUL BLUE DEATH" Charles Finch
"A REAL BASKET CASE" Beth Groundwater
"SILENT IN THE GRAVE" Deanna Raybourn
"PRIME TIME" Hank Phillippi Ryan
▼最優秀短篇賞
"A Rat's Tale" ドナ・アンドリューズ
(ELLERY QUEEN MYSTERY MAGAZINE Sept/Oct, 2007)
"Please Watch Your Step" リース・ボウエン
(THE STRAND Spring, 2007)
"Casino Gamble" Nan Higginson
("MURDER NEW YORK STYLE")
"Death Will Clean Your Closet" Elizabeth Zelvin
("MURDER NEW YORK STYLE")
詳細については以下のサイトを参照してほしい。
http://www.malicedomestic.org/
(かげやまみほ)
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■編集後記■
花粉の季節となりました。今年は例年以上に飛んでいます。 (清)