●シリーズ外作品
"THE SADDLEMAKER'S WIFE" by Earlene Fowler
Berkley Prime Crime/2006.05/ISBN: 9780425207789
《夫はいったい何者なの? 素朴な疑問が暴く、封印された家族の秘密》
カリフォルニア州南西部の小さな町にあるカフェでコックとして腕をふるうルビー
は、近くの建設現場で働くコールと恋に落ちた。出会って3か月後に結婚するものの、
幸せは長くはつづかなかった。結婚して半年、コールが交通事故でこの世を去ったの
だ。遺言のなかでコールは、彼の故郷にある土地をルビーに遺していた。その土地は、
コールと母親、弟ふたりの4人で均等に所有しているものだと知り、ルビーはショッ
クを受ける。家族は何年も前に事故で死んだと聞かされていたからだ。さらにルビー
を驚かせたのは、コールの実家が地元では裕福な名家として知られているという事実
だった。
コールはなぜ自分の素性を隠していたのか。そんな疑問を胸に彼の故郷を訪ねるル
ビーだが、コールの末弟で馬具職人のルーカスから、さらに恐るべき話を聞かされる。
コールは20代のときに父親を殺して逮捕され、服役していたのだ。事件当時、まだ少
年だったルーカスは詳細を知らされておらず、事件の目撃者である母親のジューンと
次男のデレクはなにも語ろうとしない。温厚で、声を荒らげたことすらないコールが
なぜ? ルビーは心を激しくかき乱されながらも、どこか釈然としないものを感じ、
くわしい話を聞いてまわろうとするのだが……。
1994年のデビュー以来、キルトをモチーフにした〈ベニ・ハーパー・シリーズ〉を
書いてきたアーリーン・ファウラーだが、本作は初のスタンドアローン作品である。
シリーズとくらべ、暗く重い内容ではあるが、にぎやかなパーティの模様や、ランチ
時のダイナーの喧噪など、明るく心なごむ場面がバランスよく盛りこまれており、重
苦しいだけの内容にはなっていない。不遇な子ども時代を過ごしたルビーは人づきあ
いがへたなうえ、夫を失った悲しみがようやく癒えてきたばかりだ。そんな彼女が見
知らぬ人ばかりの町で、孤独と不安にさいなまれながら、必死に真実を探ろうとする。
その一途な思いが行間からひしひしと伝わってくる。また、ルーカスをはじめとする
町の人のあたたかさに触れた彼女が、かたくなな心を次第にひらいていく様子がてい
ねいに描かれているのもいい。真相は衝撃的だが心あたたまる終わり方に救われる。
ルビーのこれからのしあわせを願わずにはいられない。
(東野さやか)
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"STILL LIFE" by Louise Penny
St.Martin's Minotaur/2006.07/ISBN: 9780312352554
《長いあいだ犯罪の起こらなかった小さな村で起きた老婦人の変死の原因は?》
感謝祭の朝、カナダのケベック州にあるスリーパインズという村の森の中で、76歳
の女性ジェーン・ニールが亡くなっているのが見つかった。ジェーンはほんの2日前
に、展覧会に絵を出品できることになって大喜びしていたばかりだった。ケベック警
視庁のガマーシュ警部率いるチームが捜査を始め、傷口の形から、死因は今では使わ
れていない古い木製の矢を射られたためということがわかった。ちょうど弓矢による
狩猟シーズンの最中だが、ジェーンの死は事故によるものなのか、それとも……。だ
が、凶器となった矢は見つかっていない。
村の住民に話を聞いていくと、ジェーンには変わった点のあったことがわかった。
客はキッチンまでしか入れなかったし、長年描いていた絵は、今回の展覧会までは絶
対に人に見せなかったのだ。けれど、住民はそのことに慣れてしまっていたという。
ガマーシュ警部は人間をよく観察し、人の話にじっくりと耳を傾けながら捜査を進
めていく。チームワークを大切にし、部下にとって良き指導者であり、毎回捜査チー
ムに新人を1人入れて育てようともしている。そして、捜査に関して納得できないこ
とには決して妥協しない。その警部のチームに長く入っていて、警部を尊敬し慕って
いる警部補。チームに配属されて捜査に役立つ意見は言えるものの、出世願望が強す
ぎて警部の言うことを理解せずチームワークを乱してばかりいる婦警。ジェーンを母
のように慕っていたクララとその夫の画家夫妻。村で1軒しかないB&Bを経営する
同性愛者の男性たち。ジェーンの死を知っても遺産のことしか考えないジェーンの姪
とその家族。ジェーンの死が中心にあって織り成される物語であり、捜査の過程で多
くの人びとの秘密が明るみに出たり、辛いことも起こったりするのだが、人びとが愛
情こめて語るジェーンの人柄のせいか、ガマーシュが住民たちの中に入り込んで捜査
を進めていくためか、雰囲気は少しも暗くなく、全体的にどこかほのぼのとしている。
著者は長年カナダ放送協会でジャーナリストとして働いてきたが、現在は犯罪小説
執筆に専念しているらしい。本作はCWAニュー・ブラッド・ダガー賞などを受賞し
ており、ガマーシュ警部ものはシリーズとなって続いている。
(石田浩子)
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『制裁』"ODJURET"
アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム/ヘレンハルメ美穂訳
ランダムハウス講談社/2007.07.01発行 950円(税別)
ISBN: 9784270101070
《犯罪者に対する制裁は、正義なのか暴力なのか?》
愛する家族が無残に殺されたとき、いったいだれが制裁を下すべきなのか? 2005
年にグラスニッケル賞(最優秀北欧犯罪小説賞)を受賞したこの作品は、重いテーマ
を突きつけてくる。
舞台はスウェーデンの町。幼い少女ふたりが強姦され殺されるという、卑劣極まり
ない事件が起きる。犯人はほどなくして逮捕されるが、4年後にその犯人ベルント・
ルンドは護送中に脱走し、ふたたび少女を魔の手にかける。
脱走したルンドに娘を殺された父親のフレドリック・ステファソンは、自責の念に
とらわれる。保育園の前で次の餌食とする少女を探していたルンドを見かけたとき、
ほかの園児の父親だと思い会釈までしていたのだ。やがてステファソンは自分の手で
ルンドを殺そうと決意し、別の保育園でふたたび少女を探していたルンドを見つけ、
射殺する。
次にまた起きるかもしれない事件を防いだとして、ステファソンは自分の知らない
ところで英雄となっていく。その英雄の行動に刺激され、ある町の住人たちは過去に
わいせつ事件を起こした男性がまた同じような犯行を犯すかもしれないと危惧し、彼
の家に放火する。正当防衛を主張した、小児性愛者に対する暴行事件がたて続けに起
きる。気持ちは理解できるが、はたしてそれらの行動は正しいのだろうか?
タイトルの "ODJURET" は「怪物」「野獣」を意味するが、この話の中で怪物はい
ったいだれなのか。もしかしたら、娘を殺されたステファソンさえも、怪物になって
しまったのかもしれない。スウェーデンに死刑制度はなく、犯罪者たちは充分な矯正
教育を受けることもなく日常へ戻ってくる。そんな状況で一般市民がステファソンの
行動を自分の都合のいいように解釈することで、その人もまた怪物になってしまう可
能性、その恐ろしさを、この物語は余すことなく語っている。
以前あるテレビ番組で「死刑制度反対」の立場をとるドイツ人男性が、「自分の子
供が殺されたらどうするか」と訊かれて、こう答えていた。「僕は結婚していないし、
子供もいないから分からない。でもそうなったら、僕がそいつを殺す」
(吉野山早苗)
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『大鴉の啼く冬』"RAVEN BLACK"
アン・クリーヴス/玉木亨訳
創元推理文庫/2007.07.27発行 1100円(税別)
ISBN: 9784488245054
純白の雪原に広がる黒い髪に、首に食い込んでいるのは深紅のマフラー、そして顔
をつつくのは髪よりも黒い3匹の鴉。女子高生キャサリンは、新年に孤独な老人マグ
ナスを友人のサリーと訪ねた4日後に絞殺された。キャサリンの殺害を耳にした、シ
ェトランド諸島の小さな村の人々は、一様に8年前の少女失踪事件を思い浮かべた。
11歳だったカトリオナもまた、知的な障害を持つマグナスを訪ねたのちに姿を消して
いる。当時、疑惑の目がマグナスに向けられたものの結局事件の輪郭ははっきりとせ
ず、またカトリオナも見つからなかった。
2006年度CWA最優秀長賞受賞作。そして同じ諸島を舞台にした〈シェトランド四
重奏〉の第1作である。舞台となるシェトランド諸島は実在の島で、北極圏まであと
少し、夏には白夜が訪れるというイギリス最北端の地だ。この狭い集落を背景として、
アン・クリーヴスは本格ミステリの歴史に連綿と続く「小さな村の殺人事件」を描き
出した。キャサリン殺しの真相はミステリとして見事である上に酷い。
〈シェトランド四重奏〉のみならず、この作家のミステリをどんどんと翻訳しても
らいたい。
(柳田有里)
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《ベニ・ハーパーとキルトの世界》
今号で特集した〈ベニ・ハーパー・シリーズ〉のタイトルは、すべてキルトのパタ
ーン名から付けられている。そう、小さく切った四角や三角のピースをつなぎ合わせ、
裏布との間に綿を挟んで縫い込んでいく、あのパッチワークキルトの図柄の名前なの
だ。どんな図柄かは、それぞれ本の表紙に描かれているが、たとえば、"FOOL'S
PUZZLE" は正方形の中の一角を扇形の別布に変えた図柄、"KANSAS TROUBLES" は大小
の三角を使ってギザギザの風車のような模様を作り、『オズの魔法使い』のドロシー
の故郷カンザスの竜巻を現している。
ひと口にキルトといってもさまざまなものがある。日本でも知られている前述のパ
ッチワークキルトは、ピースをつなぎ合わせて幾何学模様を作り、組み合わせる布地
の色柄でグラデーションの美しさを楽しむタイプ。"KANSAS TROUBLES" では、無地の
布を使うのが特徴のアーミッシュキルトも登場する。一方で、具体的な物の形に切り
抜いた布を縫い付けていくアップリケキルトもある。"GOOSE IN THE POND" では、博
物館主催のストーリーテリング・フェスティバルにあわせてストーリー性を持たせた
キルトを展示していた。日常生活の1コマや楽しい思い出などを、絵画を描くように
キルトにしていくのだ。そこまでくると、まさに芸術品だ。実際、ファウラーがキル
ト制作者と共同で出版した "BENNI HARPER'S QUILT ALBUM" には、物語にちなんでデ
ザインされたキルトの写真がいくつも掲載されているが、本当に美しい。手作りであ
ることに感心すると同時に、絵画を鑑賞している気分になる。
ところで、そもそも、ファウラーはなぜキルトを小説のモチーフにしようと思い立
ったのだろうか? これは、日本人だから感じる疑問なのかもしれない。なぜなら、
欧米人にとってキルトは、今でこそ愛好者はごく一部になったのだろうが、かつては
生活の中にごく普通に存在していたからだ。たとえば友人の結婚祝いに、娘の出産祝
いにと、心を込めて手作りされ贈られてきた。キルトというと普通はベッドスプレッ
ドとして使う大きなものを指すようなので、手間隙がかかるのは言うまでもないが、
そのひと針ひと針に思いが込められている。母から娘へと受け継がれていくキルトに
は、その家族の歴史がつまっているのだ。キルトは生活に密着したアートと言えるだ
ろう。この〈ベニ・ハーパー・シリーズ〉を楽しむとともに、キルト展などを訪れて
キルトの魅力にふれてみてはいかがだろうか。
(矢野真弓)
"BENNI HARPER'S QUILT ALBUM" by Earlene Fowler & Margrit Hall
C&T Publishing/2004.11/ISBN: 9781571202444
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■編集後記■
早いものでもう9月、そろそろ年間ベスト10の季節となりました。早川書房では一
般読者からのベスト・ミステリの投票を募っています。投票するとこれまで以上にベ
スト10の発表が楽しめるかもしれませんね。 (清)