■ 第62号 2007年5月号 ■
〈特集〉
   MWA賞処女長篇部門全レビュー
    "THE FAITHFUL SPY"
    『キングの死』
    "SHARP OBJECTS"
    "HOLMES ON THE RANGE"
    "A FIELD OF DARKNESS"
〈インタビュー〉
   東野さやかさん
〈速報〉
   MWA賞・アガサ賞受賞作発表
 
 ■特集 ―― MWA賞処女長篇部門全レビュー

 今月は『海外ミステリ通信』恒例の、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)処女長篇
部門の受賞作品およびノミネート全作品のレビューをお届けする。
 第61回となる今年の受賞作品は、4月26日に発表された。
 なお、本メルマガの最後に主要4部門の受賞作品リストを掲載している。
                                (石田浩子)
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●受賞作品
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"THE FAITHFUL SPY" by Alex Berenson
 Hutchinson/2006.07/ISBN: 978-0091796433

《たった1人で、祖国は守れるか?》

 アラブ系アメリカ人で、コーランを愛読し、定時の祈りをかかさない熱心なムスリ
ム。もし9・11がなければ登場することはなかったのではないか、と思わせるのが、
主人公のジョン・ウェルズだ。
 CIAのスパイとしてアルカイダに潜入してから何年かが過ぎ、ウェルズは唯一の
アメリカ人メンバーとして、アルカイダ内で知られるようになっていた。そんなある
日、彼はアルカイダのナンバー2であるザワヒリに呼び出され、ジハードのためにア
メリカへ戻り、連絡があるまで待機しているようにと命じられる。情報の収集に手間
取り9・11を止められなかったウェルズは、同じ事を決してくり返させないと誓っ
ていた。だが事態は悪い方へと転がっていく。アメリカでのジハードの指揮官ハード
リは、9・11以上のテロを計画していたのだ。
 9・11後に消息を絶ち、再びアメリカに戻ってきたウェルズに、CIAは不信感
を抱いていた。しかしかつて連絡員をつとめていたジェニファー・エクスリだけは、
彼を信じ続けていた。ウェルズはテロを止めるため、エクスリに協力を求める。だが
彼女はテロリストたちのアジトでの銃撃戦で重傷を負ってしまう。ウェルズは孤立無
援の状況で、計画を阻止すべく1人ハードリに立ち向かう。
 最初のうちは話がなかなか進まないのだが、後半は一気にスピードアップ。最後は
ハラハラドキドキの展開となる。そしてクライマックスのウェルズ対ハードリの対決
シーンは、映像が頭に浮かんでくるほど印象的に描かれている。またウェルズがいか
に長く故国を不在にしていたかが分かるいくつかのエピソードでは、しんみりとした
り、思わずにやりとすることもある。単調ではないが、前半ややもたつき気味なのが
難だが、ザワヒリのような実在の人物を登場させ、虚実を織り交ぜた小さなエピソー
ドを積み重ねて作り上げられた、及第点のつけられる良質のサスペンスだ。
 ニューヨークタイムズ紙の現役記者アレックス・ベレンソンが書き、見事MWA賞
最優秀処女長篇賞を受賞したこの作品は、映画化も予定されているらしい。
                              (かげやまみほ)
◇アレックス・ベレンソンが書いた記事アマゾン・ジャパンへ
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●ノミネート作品
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『キングの死』"THE KING OF LIES"
 ジョン・ハート/東野さやか訳
 ハヤカワ・ミステリ文庫/2006.12.15発行 940円(税別)
 ISBN:9784151767012

《父の死をめぐる謎を解きながら、1人の人間として再生する男の物語》

 1年半前から行方不明になっていた弁護士のエズラが射殺体で見つかった。エズラ
は妻が亡くなった夜に、だれかから電話で呼びだされて出かけたまま帰ってこなかっ
たのだ。当時の状況から、息子のワークは、妹のジーンが父を殺したのだと考えた。
そのため、警察の目が妹に向かないようにと、さまざまな策をねったが……。
 エズラは貧しい家庭に生まれ育ち、自力で弁護士としての名声と財産を築き上げた。
その息子であり、めぐまれた環境に生まれたワークは、父の望むままに生き、父の望
むまま跡を継いで弁護士になり、結婚までも父の言うままにした。ワークには若い頃
からつき合っていて今でも密かに会っている愛する女性がいるが、ある問題を抱えて
いるために、妻と別れてその女性と一緒になることができないでいる。ワークの妻は
ぜいたく好きで、世間体を気にする女性だ。そして、ワークの妹のジーンは子どもの
ころはワークと仲が良かったが、父の言いなりの兄に失望しつづけ、今では憎んでさ
えいる。ジーンはまた、結婚生活で起きた事件によって深く傷つき、立ち直れないま
ま、今は同性愛者となって、父や兄の歓迎しない女性と暮らしている。もともと女性
を蔑視していたエズラは、そんなジーンにますますつらくあたるようになっていた。
そういう父を憎んだジーンが、本当に父を殺したのだろうか?
 これは、エズラ殺しの犯人を探し出すだけの物語ではない。35歳の今まで父親の言
うなりに生きてきたワークが、自分の亡きあとまで息子を思いどおりにあやつろうと
した父からのがれて、自分の人生を生きなおすようになる再生の物語でもあり、心が
離れ離れになってしまった兄と妹の心のつながりを修復する物語でもある。
 妹を疑いながらも、その容疑を晴らそうと独自に調査を進めるワークは、妹との関
係に苦しみ、妻、そして恋人との関係に悩んでいる。それでも、心をからっぽにでき
るひと時はある。眼下の風景を見渡せる自宅玄関のポーチにすわって、暖かい陽射し
を浴びながらビールを飲んでいるときだ。周囲の風景や空気と一緒にワークの気持ち
が感じられるようなこのシーンが、わたしは好きだ。事件が解決したあと、ワークが
こんな時間をたくさん持てるように、と願いながら読んだ。
                                (石田浩子)
◇著者のサイトアマゾン・ジャパンへbk1へ
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"SHARP OBJECTS" by Gillian Flynn
 Weidenfeld & Nicolson/2007.01.03/ISBN: 9780297851523

《連続少女殺人事件を引きおこした、人間の根本的な欲求》

 ミズーリ州のウィンド・ギャップで、少女が行方不明になる事件が2件起きた。シ
カゴの新聞社に勤めるカミール・プリーカーは上司に命じられるまま、現地に行って
事件を取材することになる。そして到着早々、2人目の被害者である少女の死体を発
見する。その少女も、すでに発見されていた最初の被害者と同様に、歯を抜かれてい
た。犯人はだれか、なぜ少女たちの歯を抜いたのか?
 いまでも家族の住むこの町で事件を調べ始めたカミールだが、それは町でもっとも
裕福な一族であるプリーカー家の一員としての自分の生い立ちと、いま一度向き合う
ことでもあった。愛情を注いでくれなかった母親、カミールが家を出てから生まれた、
半分だけ血のつながった妹、その妹の父親。事件の真相に迫ろうとするカミールの物
語と、この家族との関係をなんとか立て直そうとするカミールの物語とが、同時進行
していく。しかし、なんでもないことでもすれ違ってしまう家族とのエピソードは、
読んでいても苦しくて切ない。
 事件の真相にあるのは、人間の根本的な欲求だ。本来は健全なはずのその気持ちも、
一線を越えると邪悪なものに変わり、重大な事態を引きおこしてしまう。とくにこの
物語のように、一代前、二代前の世代までもみな知り合いで、ふだんの近所づきあい
も頻繁にあるという濃い人間関係のなかでは、いつこんな事件が起きても不思議では
ないだろう。
 タイトルにもなっている「SHARP OBJECTS」とは、鋭くとがったもの、たとえばハ
サミや縫い針やかみそりなどを指す。これらは物語の中で、ひじょうに有効にエピソ
ードに組み込まれている。また、少女たちの歯がなぜ抜かれていたのか、その謎が解
明されていく過程は一気に読ませ、鳥肌が立つほどの恐怖を感じる。きちんと伏線が
張ってあるので突拍子のない展開にはなっておらず、うまく話が展開している。
 著者のジリアン・フリンは、アメリカの《エンターテイメント・ウィークリー》誌
でテレビ番組の評論をしている。物語のインスピレーションは自身の家族から得たの
ではない、と断っている。
                               (吉野山早苗)
◇著者のエッセイアマゾン・ジャパンへ
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"HOLMES ON THE RANGE" by Steve Hockensmith
 St. Martin's Minotaur/2007.02/ISBN: 9780312358044

《荒野のホームズ、アムリングマイヤー登場!》

 イギリスでシャーロック・ホームズが活躍するころ、アメリカの西部では、カウボ
ーイたちが職にあぶれていた。グスタフとオットーのアムリングマイヤー兄弟も例外
ではなく、ようやく手に入れた働き口は、怪しげなうわさが飛び交う牧場だった。
 嵐があった翌日、行方がわからなくなっていた牧場管理者が遺体で見つかった。状
況から、暴走した家畜に踏み倒されたのだとだれもが思うなか、グスタフだけはなに
やら釈然としないようすだ。それからまもなくして、突然、イギリスから牧場主の公
爵一行がやってきた。そして今度は、トイレで死んでいる牧童が発見される。密室だ
ったため自殺と目されたが、グスタフは鋭い観察力と推理で他殺だと主張する。
 オットーの提案により、とにかく連邦保安官を町から呼んでくることになったが、
ギャンブル狂の公爵は連れのひとりを相手に、保安官が来るまでにグスタフが謎を解
けないことに大金を賭けた。さらに、そのときは兄弟の名前をブラックリストに載せ
て、今後どの牧場でも雇われないようにしてやると宣言した。グスタフは今こそ、か
ねがね思っていた、ホームズの演繹的推理が自分にもできるということを証明する、
絶好の機会だったが……。

 兄弟は赤毛なので仲間から、兄はオールド・レッド、弟はビッグ・レッドと呼ばれ
ている。両親や兄妹を病気や洪水で亡くした彼らはふたりきりの家族だった。歳の離
れたオールド・レッドは、ビッグ・レッドにとって敬愛してやまない、頼れる兄だ。
字の読めない兄のために、弟はいつも兄の好きな本を読んであげていた。そんな兄は、
あるときホームズの『赤毛連盟』(題名を見て、最初は自分たちのことかと思ったの
だが)を読んでもらったことから、たちまちホームズの信奉者となったのだった。
 寡黙な兄と、場を盛り上げるのがうまいおしゃべり好きの弟。ふたりはいつもかば
いあい、助け合って、素朴な愛に包まれている。そんなふたりを中心に展開していく
冒険談をワトソン役の弟がユーモアを交えながら語るストーリーは、ウェスタンであ
りながら、どこかのほほんとしていてあったかい。もちろん、ウェスタンらしさは物
語を通して充分に楽しめるし、銃撃戦も登場する。つまり、ミステリ、ユーモア、ア
クション、サスペンスのバランスが非常にいい作品なのだ。
 本書はアムリングマイヤー・シリーズの、長篇では1作目であるが、短篇はこれま
でに3本が《EQMM》に掲載され、2003年には、読者による年間人気ベスト5に選
ばれた。早川書房の《ミステリマガジン》では、『荒野のホームズ、グスタフ・アム
リングマイヤー』(2006年1月号)を含め2作品が邦訳されている。今年3月には、
長篇第2作の "ON THE WRONG TRACK" が出版されており、今後の活躍に目が離せない
作家である。
                                (矢野真弓)
◇著者のサイトアマゾン・ジャパンへ
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"A FIELD OF DARKNESS" by Cornelia Read
 Mysterious Press/2006.05.08/ISBN: 9780892960231

《19年前に何が? バラの花冠をかぶせられた2人の女性の遺体が語るものは?》

 ロングアイランドの名家に生まれたマディことマデラインは、結婚を機にニューヨ
ーク州中部の町シラキュースで暮らし始め、地方紙の家庭欄記者として働いていた。
通りを隔てた家で2夜続けて火事があったのをきっかけに、マディは、19年前、シラ
キュースで起こった殺人事件を思い起こす。ステートフェアの夜、若い女性が2人、
刺殺体で発見されたのだ。身元も分からないまま、事件は迷宮入りしていた。夫の実
家を訪れたマディは、義父から、6年前に遺体発見現場で掘り出された軍人認識票を
見せられる。そこには、曽祖父母を同じくするラプソーンの名前と血液型が刻まれて
いた。事件当時、19歳だったラプソーンはベトナムへの派遣を数日後に控えていた。
眉目秀麗で優しいラプソーンは、マディにとってあこがれの存在だった。マディはラ
プソーンの潔白を信じたい一心で事件の真相に迫ろうとするが、その周囲で次々と奇
怪な殺人事件が起こる。
 19年前の事件を探ることで、人々の心の闇や家族の秘密が少しずつあらわにされて
いき、夫婦、親子、友人、親戚、同僚たちとの関係が問い直される。マディたち一族
のふるさととも言える、オイスター・ベイを臨むセントラル・アイランドとシラキュ
ースを交互に舞台とする物語は、失ったものへの哀惜とほのかな叙情をたたえている。
2人の女性の遺体の頭部に飾られていたバラの花冠とセントラル・アイランドの屋敷
に咲き誇る曽祖母の愛したバラの花のイメージが重なり、幻想的な雰囲気をかもし出
している。各章の扉にはフィッツジェラルドらの作品が引用され、殺人現場は童話を
思い起こさせるという、凝ったつくりになっている。
 人の心の暗部をさまざまな点から描こうとしている力作であるが、あれこれ盛り込
み過ぎて焦点がぼけているのが惜しまれる。ヒロインであるマディの描き方がやや表
面的であり、生身の人間としてとらえにくい。影のある脇役たちの設定も生かし切れ
ていないように思われる。家族の物語なり心理描写に絞れば、もっと読み応えのある
作品に仕上がったのではないだろうか。作家としての力量はうかがえるので、次作に
期待したい。                                
                                (中島由美)
◇著者のサイトアマゾン・ジャパンへ
 ■ インタビュー ―― 東野さやかさん →こちらへ

 ■速報 ―― MWA賞・アガサ賞受賞作品発表

●MWA賞受賞作発表
 第61回MWA賞の各部門受賞作が発表された。主要4部門の受賞作は以下のとおり
である。

▼最優秀長篇賞
 "THE JANISSARY TREE" Jason Goodwin
 19世紀のオスマン帝国で起きた事件を、宦官が調査し解決する歴史ミステリ。著者
Jason Goodwin は英国人ジャーナリストで、これまでノンフィクションを執筆してき
た。本作は長篇第1作で初ノミーネート、そして初受賞となった。著者のサイトによ
ると、本作はすでに世界28カ国語に翻訳されているらしい。

▼最優秀処女長篇賞
 "THE FAITHFUL SPY"  Alex Berenson
 本号特集のレビューを参照いただきたい。

▼最優秀ペイパーバック賞
 "SNAKESKIN SHAMISEN" Naomi Hirahara
 マサは友人のパーティーに招かれてハワイを訪れる。ところが招待客の1人が死体
となって発見され、現場には壊れた蛇味線が落ちていた。マサは事件の鍵は沖縄にあ
ると推理するが。〈日系人庭師マサ・アライ〉シリーズの3作目である。

▼最優秀短篇賞
 "The Home Front"   チャールズ・アーダイ (DEATH DO US PART)

 上記4部門以外の受賞作については、MWAの公式サイトをご覧いただきたい。
 http://www.mysterywriters.org/index.htm
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●アガサ賞受賞作発表
 アガサ賞も受賞作が発表された。主要部門の結果は以下のとおり。

▼最優秀長篇賞
 "THE VIRGIN OF SMALL PLAINS" ナンシー・ピカード
 物語の舞台はカンザス。猛吹雪のなか保安官ネイサンは10代の少女の全裸死体を発
見する。少女が地元の人間だったことから息子が犯人ではないかと恐れた保安官は、
死体の顔を潰して身元をわからなくした。しかし保安官の行動を目撃していた少年が
いて……。田舎町で起きた悲劇をサスペンスフルに描く。

▼最優秀処女長篇賞
 "THE HEAT OF THE MOON"    Sandra Parshall
 交通事故にあったバセットハウンドの手当をしたとき、獣医レイチェルは取り乱し
動揺した犬の飼い主とその娘の姿に、突然自分の少女時代を重ねた。レイチェルには
彼女を支配しつづけ心に傷を残した母がいた。レイチェルが自分を苦しめているもの
を乗り越えようと過去と対決する心理サスペンス。

▼最優秀短篇賞
 "Sleeping with the Plush"  Toni L.P. Kelner
         (Alfred Hitchcock's Mystery Magazine, May 2006)

 その他の部門については以下のサイトをご覧いただきたい。
 http://www.malicedomestic.org/
                                (清野 泉)
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■編集後記■
 東野さやかさんのインタビュー、いかがでしたか。東野さんの「インプットがなけ
ればアウトプットもない」という言葉が印象的でした。          (清)


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