"THE LOVER" by Laura Wilson
Orion/2005.04.21/ISBN: 0752864173
《戦時下のロンドン――闇にうごめく殺人鬼が狙うのは?》
1940年秋。ロンドンの街はドイツ軍による激しい空襲を受け、日々荒廃を深めてい
た。死の影が濃くなる街では、連続殺人事件が起こっていた。被害者はすべて娼婦だ
った。
物語を語るのは、娼婦ラネイ、若い独身女性ルーシー、英国空軍パイロットのジム
の3人である。まったく境遇の違う3人がそれぞれの視点で語っていく。
娼婦ラネイは妹夫婦に託した幼い息子の養育費を稼ぐため、殺人鬼におびえつつ、
夜ごと街角に立っていた。父母、妹と暮らすルーシーは、小さな会社に事務員として
勤めていた。堅実な恋人と女心をそそる妻子持ちの上司との間で、ルーシーの心は揺
れる。獲物を追う目をした容姿端麗な若者ジムは、過酷な空中戦が終わるたび、ロン
ドンの街を彷徨していた。
一見接点のなさそうな3人の男女が、見えない糸にたぐり寄せられるかのように少
しずつ近づいていく。糸が絡まり合ったそのとき、3人の運命は大きく変わり、終局
へと突き進む。
大空襲最中のロンドンの様子が丁寧に描かれ、まるでその場にいるかのように感じ
られた。灯火管制の闇の中、空襲開始を継げるサイレンが鳴る。テーブルの下に、あ
るいは防空壕に潜り込んで息を詰めて時がたつのを待つ。空襲解除のサイレンが響く。
爆撃を受けた建物は瓦礫と化し、焼け焦げる肉と血の匂いが鼻を突く。あっけなく消
える命、その傍らでこの世に生まれ出る命。そんな中でも人々はつつましい暮らしを
続け、ささやかな喜びを見出そうとしていた。戦時下に生きた人々の鬱屈がずっしり
と伝わってくる。
著者は確かな描写に支えられた緻密な構成で、読者を物語の世界に引き込んでいく。
ほんの通りすがりのような出会いが重なって、それまでかかわりのなかった人と人が
言葉を交わし、少しずつ距離を縮めていく。写真や映画スターのブロマイドといった
小道具が、手から手へとわたるごとに存在感を増していく。人と人とのかかわり、人
と物とのかかわりが濃くなるにつれ、破局への予感が高まる。戦時の緊迫した雰囲気
とあいまって、じりじりと追い詰められる感覚に、背筋が冷たくなった。歴史ミステ
リであると同時に、サイコサスペンスとしてもすぐれた作品である。
本作は2004年CWA賞ゴールドダガー、歴史ミステリ賞にノミネートされた。デビ
ュー作 "A LITTLE DEATH" は2000年CWA賞歴史ミステリ賞にノミネートされ、 "A
THOUSAND LIES" は2006年CWA賞ゴールドダガーにノミネートされたが、いずれも
惜しくも受賞を逃している。2007年には次作の刊行が予定されている。地味ではある
が、確かな実力を感じさせる著者の活躍に注目していきたい。
(中島由美)
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"A COFFIN FOR PANDORA" by Gwendoline Butler
Penguin Books/1978年
《ビクトリア朝時代を生きた、22歳の娘の成長物語》
オックスフォードに住むメアリーは22歳。幼い頃に母を亡くし、画家である父に育
てられた。世間一般では結婚を意識する年ごろだったが、メアリーは学問に夢中だっ
た。父が仕事のため渡仏することになり、メアリーはひとり英国に残って、家庭教師
をして生活費と進学資金を稼ぎ、大学進学をめざした。メアリーの雇われたデマレス
ト家は王族とも関係のある由緒ある家柄で、生徒である12歳のアリスは聡明で物静か
だったが、なかなかメアリーに本心を見せなかった。ある日メアリーとアリスが公園
を散歩していると、突然アリスが脅えて体をこわばらせた。理由を訊いても、答えを
はぐらかすアリス。その晩からアリスが悪夢にうなされはじめる。
一方、メアリーの周辺でも不審な出来事が起きる。以前父のモデルをした女に跡を
つけられその翌日女が河で溺死したり、こどもたちをさらって犯罪組織に引きいれて
いるという噂の男につけねらわれたりする。そしてアリスの誘拐未遂事件が発生して、
正義感が強く好奇心旺盛なメアリーは、アリスを脅かす存在を単独で調べはじめる。
主人公メアリーは学問を愛する向上心のある娘で、当時女性には許されていなかっ
た大学進学をめざしている。学問や芸術ばかりに熱中して世間に疎かったメアリーが、
一人暮らしをはじめてアリスを巡る事件に関わることで、さまざまな階層の人間と知
り合い、命を危険にさらすような経験をへて、こどもから大人へと成長していく。
屋敷の庭で赤ん坊の死体が見つかったり、メアリーが売春宿に監禁されたりと怪し
げな事件が次から次へと起き、一方でメアリーがはじめて男性を意識して惹かれてい
くエピソードも盛り込まれて、ゴシック・ロマンス的要素満載の作品である。お屋敷
の使用人たちの日常、オックスフォードの市井の人々の生活ぶり、売春宿の描写も詳
しく、ビクトリア朝末期の英国の雰囲気も楽しめる。また、著者グウェンドリン・バ
トラーの代表作コフィン・シリーズの主人公ジャック・コフィンが、10代の少年とし
て登場する点も楽しい。
本作は、1973年CWAシルバー・ダガー賞を受賞している。
(清野 泉)
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"NO GRAVES AS YET" by Anne Perry
Ballantine Books/2004/ISBN: 0345471296
《かれらは何を見つけ、何を隠したのか?》
1914年6月下旬のある日、ケンブリッジ大学教授ジョゼフの両親が、自動車事故で
死んだ。父が手に入れたという英国王室にかかわる書類を、ジョゼフの弟で英国情報
部に勤めるマシューに見せるため、ロンドンに向かっている途中だった。しかしマシ
ューとジョゼフが、死んだ父や母の服や荷物、車の中、家の中を調べつくしたものの
書類は見つからなかった。そして葬式の最中、何者かがその書類をもとめて家捜しし
ていた。さらに車はただの事故ではなく、事故を起こすよう罠がしかけられていたこ
とがわかる。父は問題の書類をどこから手に入れ、どこに隠したのか、そして誰がほ
しがっているのか、マシューはその謎を追う。
一方、葬式からケンブリッジへ戻ったジョゼフは、目をかけていた学生セバスチャ
ンの射殺事件に巻き込まれる。警察は犯人が学内の人間であると決めつけて、捜査を
進めていた。警察の捜査方針に納得できないジョゼフは、独自に事件を調べはじめる。
しかしその過程で、同郷で子供の頃からよく知っていたと思っていたセバスチャンの、
さまざまな面を見ることになる。
サラエボでオーストリア皇太子暗殺事件が起きた6月の終わりから、英国が参戦を
表明する8月のはじめまでを舞台に、2つの事件の捜査がすすんでいく。
主人公の弟が秘密情報部員で、父親が何か国際的な陰謀に巻き込まれたような感じ
で話がはじまるので、アン・ペリーには珍しくスパイ小説かと思ったが、中心になる
話はケンブリッジ大学での殺人事件だった。スパイ小説の味付けがもう少し濃いと期
待して読み始めただけに、その点ではやや物足りなくがっかりした。しかしさすが歴
史ミステリ小説のベテラン(もう大御所と呼んでもいいだろうか)アン・ペリーらし
く、第一次世界大戦を背景の一部として借りているのではなく、どちらの事件も大戦
前夜の英国やヨーロッパの不安な世界情勢と、うまく絡ませている。また大学教授の
兄と、秘密情報部員の弟という主人公コンビの構成もなかなかユニークだ。男2人組
のコンビというのは、本格ミステリにしろハードボイルドにしろいろいろあるが、そ
の組み合わせが男兄弟というは、ほとんどなかったのではないだろうか? 年が7つ
離れているので、子供の頃に一緒に遊んだりけんかしたりして育った、というほど近
すぎることもなく、他人同士のように離れすぎていることもない関係が面白い。この
作品はシリーズ化されていて、2作目からはいよいよ第一次世界大戦期が舞台になる。
平時の1作目では、あまり出番がなかったマシューだが、2作目からは秘密情報部員
として、活躍の場があたえられていることを期待している。
(かげやまみほ)
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『死と踊る乙女(上・下)』 "DANCING WITH THE VIRGINS"
スティーヴン・ブース/宮脇裕子訳
創元推理文庫/2006.07.28発行 各900円(税別)
ISBN: 4488257038(上)、4488257046(下)
《しんしんと胸に沁みるイギリスの警察小説》
舞台は観光客が多く訪れる国立公園内の一角。風光明媚な反面、そこに暮らす人々
にとっては厳しい自然と共存する地でもある。また、自然を守るためにはパーク・レ
ンジャーたちのパトロールはかかせない。そんなレンジャーがパトロール中、〈九人
の乙女岩〉と呼ばれるストーンサークルの中に女性の遺体を発見した。被害者はまる
で、石に変えられたという伝説の乙女たちといっしょに踊っているかのようなポーズ
をとらされていた。ところで、その近辺では数週間前にも女性が刃物で襲われていた。
命に別状はなかったものの、彼女は記憶を失っていた。
捜査にあたったベンは以前と同じくダイアンと組まされた。ふたりは価値観も考え
方もまったく違う。ベンは自分より先に周りのことを考え、同僚をかばい情に厚いタ
イプ。一方、都会から移ってきたダイアンは出世に野心を燃やし、クールに割り切る
タイプで、人を寄せ付けない。その裏には過去の辛い経験が影響している。ベンは地
元事情に明るいことから住民の聞き込みに当たり、ダイアンは先の被害者から記憶を
引き出そうと試みるが、その被害者の苦しみは、次第にダイアン自身の過去の痛みを
よみがえらせていく。
こんなふうに人間性がクローズアップされているのは2人の刑事だけではない。登
場人物のそれぞれの心情や生活が実に丁寧に描かれている。農場の苦しい暮らしぶり
や、コネがものをいう田舎の警察署内でのしがらみ、悩み、トラウマ、ジレンマなど
がそれぞれの視点で語られる。これほど丹念に個々の人間性を表現したミステリを読
んだのは初めてだった。フーダニットのミステリでありながら、人間ドラマを見てい
るようだ。気がつくと物語のなかに入り込んでいて、そばで登場人物を見守っている
ような感覚に陥る。それぞれの事情と心情を読み解いていくと次第に犯人が浮かび上
がってくるラストは、余韻たっぷりで、期待は裏切られなかった。
本書は、ベン・クーパー&ダイアン・フライ・シリーズの第2作で、前作の『黒い
犬』とともにバリー賞最優秀英国ミステリ賞を受賞している。
(矢野真弓)
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《ハーブの香りに包まれて――修道士カドフェル・シリーズ》
疲れたとき、ふっと会いたくなる人がいる。その人を思うだけで、ほっとし、温か
な気持ちになる。もう少し人を信じてもいいかもしれない、希望を持っていいのかも
しれない、そんな気持ちにさせてくれる。
12世紀半ばの英国。ウェールズと境を接するシュロップシャーのシュルーズベリー
にあるベネディクト会大修道院。薬草園のむせ返るようなハーブの香りの中にその人
はいる。50代も半ばを過ぎ、ずんぐりした体つきで、船乗りのように身体を左右に揺
すって歩く。黒い修道服に身を包み、頭は頭頂をそり落とした剃髪(トンスラ)。そ
の姿は、どこから見ても人のよい初老の修道士である。だが、その瞳は少年のような
好奇心と冒険心を隠しきれず、きらきら輝いている。
その人の名はカドフェル。ウェールズ魂の持ち主である彼は、かつては十字軍の勇
士として異教の地で戦った経験があり、海賊船と戦ったという噂もある。そんな彼に
は、愛した女性がひとりならずいた。修道院で満ち足りた日を送るカドフェルだが、
その心の中には今も熱いものが秘められている。
中世と言えども、人の世はいつの時代も変わらない。妬みもあれば、むごたらしい
殺人事件が起こることもある。修道院と言えども例外ではない。ひとたび事件が起こ
れば、カドフェルは修道士には似つかわしくないほど豊富な人生経験とあふれる好奇
心と鋭い洞察力を活かして、真相に迫っていく。酸いも甘いもかみ分けた苦労人カド
フェルは、必要以上に相手を追い詰めたりはしない。人情味のある解決に心が和む。
人を恋う気持ちもまた、いつの時代も変わらない。ときに危なっかしくはあるもの
の、若者たちの織りなす恋模様はさわやかで、素直にその幸せを祈りたくなる。胸に
秘めた哀切な思いに涙することもある。
巻ごとに魅力的女性が登場するのも、女性読者にとって楽しみの一つといえるだろ
う。凛として情愛にあふれる姿に励まされる。恋に揺れる若い娘も素敵だけど、今の
わたしは、年を重ね、ときには病に苦しみつつも、背筋をしゃんと伸ばして生きる女
性に惹かれる。カドフェルゆかりの女性が登場することもある。今度はどんな女性と
出会えるのか、わくわくしながら、読んでいる。
巻が進むにつれ、人々の境遇も少しずつ変わっていく。恋人たちが出会い、結ばれ、
家庭をつくり、その子どもが成長していく。前に出てきた人物が意外なところで再び
あらわれ、新たな活躍を見せてくれる。カドフェルの過去も少しずつ明らかにされて
いき、シリーズとしての楽しさをたっぷり味あわせてくれる。
ジョゼフィン・ティ『時の娘』を中古で購入したとき、売り主さんから勧められた
のがエリス・ピーターズの書いたカドフェル・シリーズだった。そしてそのあと、オ
フ会で古書店めぐりをしていたとき、シリーズ第1作『聖女の遺骨求む』が店頭のワ
ゴンにあるのを見つけた。人とのつながりの中で出会ったこのシリーズは、わたしに
とって、とても大切なシリーズになった。
このシリーズはいずれも違った趣があって優劣つけがたいが、とりわけ好きな作品
は第11作『秘跡』である。殺人なきミステリだが、全編に漂う哀切さと、ほのかな光
が差すようなラストシーンが心に深く刻まれている。
出版元倒産のため入手困難な状態が続いていたが、光文社文庫より順次復刊され、
このたび短篇集を含めた全巻がそろい、カドフェルの世界がぐっと近くなった。この
機にたくさんの人がカドフェルに出会えることを願っている。
1.『聖女の遺骨求む』"A MORBID TASTE FOR BONES" (1977)
2.『死体が多すぎる』"ONE CORPSE TOO MANY" (1979)
3.『修道士の頭巾』 "MONK'S-HOOD" (1980) CWA賞シルバーダガー賞受賞
4.『聖ペテロ祭殺人事件』 "SAINT PETER'S FAIR" (1981)
5.『死を呼ぶ婚礼』 "THE LEPER OF SAINT GILES" (1981)
6.『氷のなかの処女』 "THE VIRGIN IN THE ICE" (1982)
7.『聖域の雀』 "THE SANCTUARY SPARROW" (1983)
8.『悪魔の見習い修道士』 "THE DEVIL'S NOVICE" (1983)
9.『死者の身代金』 "DEAD MAN'S RANSOM" (1984)
10.『憎しみの巡礼』 "THE PILGRIM OF HATE" (1984)
11.『秘跡』 "AN EXCELLENT MYSTERY" (1985)
12.『門前通りのカラス』 "THE RAVEN IN THE FOREGATE" (1986)
13.『代価はバラ一輪』 "THE ROSE RENT" (1986)
14.『アイトン・フォレストの隠者』 "THE HERMIT OF EYTON FOREST" (1987)
15.『ハルイン修道士の告白』 "THE CONFESSION OF BROTHER HALUIN" (1988)
16.『異端の徒弟』 "THE HERETIC'S APPRENTICE" (1989)
17.『陶工の畑』 "THE POTTER'S FIELD" (1989)
18.『デーン人の夏』 "THE SUMMER OF THE DANES" (1991)
19.『聖なる泥棒』 "THE HOLY THIEF" (1992)
20.『背教者カドフェル』 "BROTHER CADFAEL'S PENANCE" (1994)
『修道士カドフェルの出現』 "A RARE BENEDICTINE" (1988) 短編集
(中島由美)
英国推理作家協会(CWA)が主催する、CWA賞短篇賞のノミネート作品が発表
された。現地時間10月8日にロンドンで行われる "Off the Shelf Festival" で発表
される。
"Sins of Scaret" ロバート・バーナード(I.D. CRIMES OF IDENTITY)
"Loaded" ケン・ブルーウン(LONDON NOIR)
"The Part-Time Job" P・D・ジェイムズ(THE DETECTION COLLECTION)
"Let's Story" Stuart Pawson(I.D. CRIMES OF IDENTITY)
"Love" Martyn Waites(LONDON NOIR)
詳細については、英国推理作家協会の公式サイトをご覧いただきたい。
http://www.thecwa.co.uk/
(かげやまみほ)
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■編集後記■
ずっと絶版で手に入らなかった『ハマースミスのうじ虫』を新訳で読みました。幻
といわれた作品を、新たな形で読めるというのは幸せですね。 (清)