日本で翻訳される、海外ミステリのほとんどは英米の作品で、それに次ぐのはフラ
ンスやイタリアだろう。では、そのほかの国々ではどんなミステリが読まれているの
だろうか。『海外ミステリ通信』では、これから英米以外の作品にも目を向けて、少
しずつ紹介していきたいと思っている。
今月は、日本でも人気の高いマルティン・ベック・シリーズや、コンスタントに邦
訳のでているヘニング・マンケルを生んだスウェーデンをはじめとする、北欧の作品
を読んでいこう。
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『テロリスト』 "THE TERRORIST"
ペール・ヴァールー&マイ・シューヴァル
高見浩訳
角川文庫/1983.04.25 発行 740円(税別)
ISBN: 4042520103
《スウェーデン警察小説の白眉――マルティン・ベック・シリーズ》
北欧スウェーデンといえば福祉国家、森と湖の国、エリクソン、ボルボ……いろい
ろ思い浮かぶが、個人的にはアースキン・コールドウェル(1903-1987 米国)の『ス
ウェーデン人だらけの土地』という短編で、アメリカの開拓地にある日、たくさんの
スウェーデン人がやってきた――っていうシュールな作品がおもしろかったのを思い
出す。あと音楽では、だんぜんABBA。高校生のときに流行ったダンシング・クイ
ーン(1976 全米1位)がなつかしい。
さて、本題にはいろう。スウェーデンミステリといえば、最近のものではリサ・マ
ークルンド『爆殺魔』(講談社文庫)とかホーカン・ネッセル『終止符』(講談社文
庫)とかヘニング・マンケル『白い雌ライオン』(創元推理文庫)などがあげられる。
しかし、ここはなんといっても、ストックホルム警視庁殺人課主任警視(はじめのこ
ろは警部)のマルティン・ベックが主人公のシリーズを推したい。今から40年ほど前
に、以下の10作品が毎年1作品のペースで上梓された。すべての作品が30章からなり、
全300章で'65〜'75のスウェーデン社会を活写して好評を博し、いまも読みつがれて
いる。1971年には『笑う警官』でMWA最優秀長篇賞も受賞している。
[1] ロゼアンナ("ROSEANNA" 1965)
[2] 蒸発した男("THE MAN WHO WENT UP IN SMOKE" 1966)
[3] バルコニーの男("THE MAN ON THE BALCONY" 1967)
[4] 笑う警官("THE LAUGHING POLICEMAN" 1968)
[5] 消えた消防車("THE FIRE ENGINE THAT DISAPPEARD" 1969)
[6] サボイ・ホテルの殺人("MURDER AT THE SAVOY" 1970)
[7] 唾棄すべき男("THE ABOMINABLE MAN" 1971)
[8] 密 室("THE LOCKED ROOM" 1972)
[9] 警官殺し("COP KILLER" 1974)
[10] テロリスト("THE TERRORIST" 1975)
* 年号はスウェーデンでの発表年
作者のペール・ヴァールー&マイ・シューヴァルは夫婦作家で、ひとつの作品を交
互に書いたことでつとに有名。一説では1章ごと交互に書いたというが、訳者の高見
浩氏が実際に面談してのインタビューで、綿密に章ごとのプロットを相談のうえ練り
上げて、あるていどまとめて数章ごとに交代で書き進めていた、と奥さんのM・シュ
ーヴァルが語っている。いずれにしても文体の統一など夫婦の連携なくしては、なか
なかまねのできることではない。
意外なことに、ある統計によれば日本の5倍以上の発生率といわれるスウェーデン
の犯罪。これに対して、ベックを中心にしたストックホルム警視庁殺人課の面々が敢
然と立ち向かう、というのがシリーズを通しての筋立て。いってみれば普通の警察小
説である。ところが、これがなかなか読ませるのだ。どこがなかなかなのかといえば、
まず情景描写がきわめて細密なところがひとつ。
『消えた消防車』(角川文庫版 p.67)にこんな描写があった。ちょうどベックは
非番で妻も子供たちもでかけていて、ひとり自宅で好きなことをして過ごすのだが、
これがちょっと面白い。ベック主任警視オフの1日の過ごし方――。
まず買い物にでかける。「グレンスティック・モノポール・コニャック1びんとビ
ール半ダース」を仕入れ、昼から「カティ・サーク号の模型の甲板部分」をつくる。
夕食時には「妻が作り置いてくれた、コールドミートボール、魚の白子、ライ麦パン
にカマンベールチーズ、ビール2本、コニャック入りのコーヒー」を食したあと「テ
レビで古いアメリカのギャング映画」をみてからバスタイム。「手近の便器の上に置
いたコニャックをちびりちびり飲りながらレイモンド・チャンドラーの『湖中の女』
に読みふけった」――。
どうです、けっこう細かいでしょう? こんな感じで、街のようすや仕事場や事件
現場などの情景描写がじつに細密。ハメットなんかもそうだけれども、頭のなかに映
像を生起させてリアリティを感じさせるのがうまい。情景の客観描写で作者のいいた
いことを伝えるという、なかなか高度なテクニックである。こうした筆致で描かれた
このシリーズを、スウェーデン社会の10年にわたる移り変わりの記録として評価する
むきもあることもつけくわえておきたい。
もうひとつは人物造型が際立っていること。抜群の記憶力を武器に捜査で活躍、い
ないときは必ず便所で見つかるフレデリック・メランデル。傲岸不遜だが一本筋が通
った野武士のようなグンヴァルト・ラーソン、ベック唯一の親友といえるレンナルト
・コルベリなど、個性的な登場人物がときに主人公ベックを差し置いて、ときには笑
いをともないつつ、ストーリーをひっぱってゆく。
今回、『蒸発した男』『消えた消防車』『テロリスト』を読んだ。いずれもミステ
リとしての謎解きの面白さもさることながら、これらの登場人物が事件解決に奮闘す
るさまなど、甲乙をつけがたい秀作ぞろいだった。ただ、個人的には『テロリスト』
がよかった。30年もまえの作品とはまったく思えない。こういうものを読むと、新し
いものばかり追いかけていてはだめだとつくづく思う。
アメリカの上院議員がストックホルムを訪問、その警護にベックらがあたることに
なる。一方、国際テロ組織ULAGがストックホルム入りして、議員の暗殺を企てて
いることが判明、スウェーデン警察の威信にかけてこれを阻止しなければならぬ――
といった展開に。ところがこの作品、プロットにちょっとした仕掛けがあるのだ。ど
んな仕掛けだといわれても、読んでいただくしかないのだが、シリーズの掉尾を飾る
作品にふさわしく、完成度の高い警察小説にしあがっている、とだけ申し添えておく。
なお「本書『テロリスト』をもって、マルティン・ベック・シリーズ全10巻は完結
した」の1文ではじまる、訳者高見浩氏の思いのこもったあとがきもまた必読である。
(板村英樹)
◇bk1へ
◇『笑う警官』のレビューはこちら
http://www.litrans.net/whodunit/mag/html/0206.htm#standard
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"BETRAYAL" by Karin Alvtegen
Translated from the Swedish by Stephen T. Murray
Canongate Books/2005.06.09/ISBN: 1841956104
《繰り返される裏切り――その果てにあるものは?》
ストックホルム郊外の閑静な住宅街。マネジメント・コンサルタントのエーヴァは、
夫ヘンリク、保育所に通う6歳の息子アクセルと暮らしていた。一家は幸せそのもの
に見えたが、夫の心は妻から離れていた。エーヴァは夫の愛を取り戻そうとするが、
ふとしたことから、夫の愛人の存在に気づく。しかも、その愛人とはアクセルの通う
保育所の保育士リンダだった。夫の裏切りに傷つき、ひとり夜の町をさまようエーヴ
ァは、酒場で出会った気の弱そうな青年ジョナスと一夜をともにする。
ジョナスは約2年半前の事故以来昏睡状態にある恋人アンナの病室に泊まり込んで
介護を続けていた。エーヴァにとっては一夜の過ちに過ぎなかったが、ジョナスはエ
ーヴァこそ運命の女性と決め込む。かつてのアンナの裏切りを思い起こして死期の迫
った恋人に見切りをつけ、ジョナスはエーヴァとの新たな生活を夢見て、エーヴァに
つきまとう。
離婚して、ひとりで息子を育てようと決意するエーヴァだが、心の中には夫とリン
ダに対する憎しみがたぎっていた。やり場のない怒りに駆られてエーヴァがとった行
動は、思いもかけない結果を引き起こす。
裏切られ、傷つきながらも必死で自分と子どもの生活を建て直そうとするエーヴァ
が痛々しい。追い詰められていくエーヴァの心の動きと並行して、母の面影を求め続
けるジョナスの屈折した心理が緻密に描かれている。物語の結末はやり切れないもの
であるが、これでよかったのかもしれないという安らぎめいたものが漂う。
カーリン・アルヴテーゲンは、スウェーデンのみならず、日本を含む20か国で翻訳
されて幅広い読者を得ている。パニック発作に苦しむ男が謎の女の仕掛けた罠にはま
っていくデビュー作『罪』、裕福な家庭の出身でありながらホームレス生活を続ける
女が連続殺人犯を追う『喪失』に続き、本作は3作目となる。前2作と同様に本作も
また、息をもつかせぬサスペンスであると同時に、疎外された者の心の痛みや動きを
丁寧に描いた心理小説であり、心弱き者への熱い思いが込められている。
『罪』の訳者あとがきによると、既に本作の翻訳権は取得されているとのこと。著者
の作品は4作目 "SKAM" が既に出版されており、英訳 "SHAME" は今年8月出版予定
である。
高負担高福祉の国で、人は何を思い、何を求めて生きるのか。スウェーデンの現在
を鮮やかに切り取る著者の手腕にこれからも注目したい。
(中島由美)
◇著者のサイトはこちら
http://www.karinalvtegen.com/
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▽本メルマガ2005年2月号にて『喪失』のレビューをお読みいただける。
http://www.litrans.net/whodunit/mag/html/0502.htm#SAKNAD
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"BEFORE THE FROST" by Henning Mankell
Translated from the Swedish by Ebba Segerberg
Vintage Crime/2006/ISBN: 1400095816
《父のあとを追う娘》
日本でも順調に翻訳が続いているスウェーデンの警察小説、クルト・ヴァランダー
・シリーズ。2002年に本国で発表された "BEFORE THE FROST" は、その番外編である。
クルトも登場するが、主人公はクルトの娘リンダだ。
警察学校の訓練を終えたリンダ。クルトと同じイースタ署で働くことになったが、
正式に配属されるまでにあと2か月ほど猶予があった。リンダはそれを利用して、幼
なじみたちと旧交をあたためる。そんなある日、親友のひとりアナが、幼い頃に家を
出た父親を見かけた話をした後に行方をくらます。アナは父の顔をはっきりと覚えて
いない。なのに一目見て父に絶対間違いないと確信したのは、自分がおかしくなった
からではないかとパニックを起こしていた。心配したリンダはアナを探しはじめる。
だがアナは嘘をいくつもつき、秘密を抱えていた。
一方イースタ署の管内では、動物が焼き殺されたり、2か所の教会が同時に放火さ
れたり、行方不明になった女性の頭と腕だけが見つかったりといった、謎めいた事件
がつづいていた。誰がなんのために事件を起こしているのか、これらの事件につなが
りはあるのか、イースタ署の刑事たちは地道な捜査を続けていた。
ストックホルムで仕事をしたかったリンダは、クルトが裏から手を回してイースタ
署勤務になったことに不満を持っていた。しかし実地研修として、クルトとともに事
件現場などをまわるうち、学校で学ばなかった現実の仕事の厳しさを知ることになる。
共通点が見えない複数の事件、そしてアナの失踪。それらがしだいにつながり、ひ
とつになっていく過程はみごと。これまで父親のクルトの視点からでしか語られなか
ったリンダのことを本人に語らせ、娘から見たクルトを描くと、ふたりの関係も違っ
て見えてくる。リンダが刑事になって共に事件に当たるのは企画としてはいいが、作
品としてはどうなのだろうと思っていたが、杞憂だったようだ。ふたりが活躍するこ
とで事件の流れが複雑になり、より面白くなった。
いくつもの回り道をして警官になったリンダが、これからどんな警官になっていく
のだろうか気になるところだし、またふたりが共演する作品も読んでみたい。だが、
残念ながらいまのところ、そのチャンスはなさそうだ。
(かげやまみほ)
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"THE STONE MURDERS" by Matti Joensuu
Translated from the Finnish by Raili Taylor
St Martin's Press/1987/ISBN: 0312006896
《少年たちは、どうして罪をおかすようになったのだろうか》
「森と湖の国」フィンランドはそれまで農業や林業中心だったのが1980年代に入って
急速に工業化がすすみ、社会は大きく変化した。この物語は、その経済発展期のフィ
ンランドが舞台だ。
ヘルシンキの警察は、少年犯罪の増加に頭を悩ませていた。10代の少年少女が飲酒
にふけり、いつまでも沈まない太陽の下、深夜まで町なかをたむろしている。警察が
取り締まりをするものの、少年たちは集団で行動して警官に対しても威嚇してくる。
そんななか酔っぱらいが、何者かに殴り殺されるという事件が相次いで発生する。目
撃者の証言から、事件にレオとミカエルというふたりの少年が関与していることがわ
かった。
物語は、少年ふたりとヘルシンキ警察の刑事ハージャンパーを中心にすすんでいく。
少年たちはそれぞれ複雑な家庭環境のもと、少しずつ道を踏みはずす。はじめは親に
反抗していただけの彼らが、どのようして犯罪をおかすようになったのかが、淡々と
描かれる。一方、家族思いで酒も飲まない実直な刑事ハージャンパーは、相棒の女性
刑事とともに捜査にたずさわっていた。作者が元警察官なので、警察の描写は事実に
近いだろう。意識不明の被害者を死体と誤認して救助が遅れたり、警察官たちの連携
ミスで逃走中の犯人を取り逃がしたり、警察組織内の人間関係に頭を悩ませたりする
刑事たちは、プロ意識には欠けるものの、その分人間臭い。
本作は、普通の人間による犯罪を普通の刑事が追う物語であり、等身大の登場人物
たちに読者は共感し、そしてその行動の結果には考えさせられる。フィンランドに対
して「森と湖の国」とか「ムーミンの故郷」というのどかなイメージを持っていたの
で、最初から最後まで暗く重苦しい本作の雰囲気には驚いた。
作者のヨエンスーは1943年生まれで、1982年にはフィンランドの文学賞を受賞して
いる。今年5月には、ハージャンパー刑事シリーズの英訳最新作 "THE PRIEST OF
EVIL" が出版された。まじめ一方で欧米のミステリの主人公たちとはひと味違う、こ
の刑事の物語を待ちのぞんている読者が多いのだろう。
(清野 泉)
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"LIME'S PHOTOGRAPH" by Leif Davidsen
Translated from the Danish by Gaye Kynoch
Vintage/2002.12/ISBN: 1860469884
《デンマークのほろ苦いポリティカル・スリラー》
デンマーク国籍でスペイン在住、スペイン人の妻と愛娘をもち、平凡で幸せな家庭
生活を送るピーター・ライム。だが、その職業は平凡ではなかった。世界をまたに駆
ける“パパラッチ”、そう、有名人のスキャンダラスな写真を撮る、アレである。
スペインのある大臣が愛人と密会している現場を写真に収めたピーター。そのとき
は、自分の人生がその後大きく変わることになろうとは思いもしなかった。同じころ、
コペンハーゲンの国家安全保障局の女性が接触してきた。昔、ピーターが撮った写真
の女性について教えて欲しいという。だが、協力するかどうか心を決める前に、彼は
逮捕・拘留されてしまう。大臣が手を回したらしい。写真とネガを渡す裏取引をして
釈放にこぎつけたピーターだったが、その矢先、仕事仲間で友人でもあるオスカーと
グロリアの夫婦から恐ろしい事実を聞かされることとなった。ピーターの自宅がガス
爆発で焼け落ちたというのだ。
最初は事故かと思われたが、警察はETA(バスク地方の過激派組織)の仕業と断
定した。ピーターは真相を確かめようと、バスク地方の旧友を訪ねる。それが、過去
の闇を掘り起こす旅の始まりになるとは知らずに……。
舞台のほとんどは夏のスペインだ。シエスタで閉まる店や独特の軽食&居酒屋バル、
マドリッドの喧騒や闘牛など、スペインの町並み、風情、見所などが存分に語られる。
後半にはコペンハーゲン、ベルリン、モスクワも舞台となり、ヨーロッパの都市を体
感できるのがこの小説の魅力のひとつである。また、街の魅力にととどまらず、歴史
的・政治的に踏み込んだストーリー展開がこの作者の持ち味で、フランコ政権下の治
安警察、ベルリンの壁の崩壊、旧東ドイツの秘密警察などをキーにして、ヨーロッパ
の現代史を生きたフォトジャーナリストとしての主人公の姿を浮かび上がらせている。
アクションあり、裏切りあり、その上、テロリストやらスパイやらが登場するが、
その割には殺伐とした感じはなく、逆に、舞台がスペインだけにテンポはのんびりと
しており、ピーターの周りには人情も友情もあり、安心して読める作品となっている。
一人称で淡々と語られるハードボイルド・タッチではあるが、感情を抑えるでもなく、
地の文ではかなりおしゃべりなところもまた、親しみのもてる主人公といえる。
著者は、東・中ヨーロッパ問題に詳しい元特派員で、モスクワやスペインに滞在し
ていた。本書(原題 "LIMES BILLEDE")は、北欧でもっとも権威のあるミステリ賞、
グラス・キー賞を受賞している。
(矢野真弓)
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"SILENCE OF THE GRAVE" by Arnaldur Indridason
Translated from the Icelandic by Bernard Scudder
The Harvill Press/2005/ISBN: 1843431858
《白骨は何を語る》
北欧5か国の中でも、おそらく日本では最もなじみがないだろうアイスランド。
"SILENCE OF THE GRAVE" は、そのアイスランドで2002年に発表された、首都レイキ
ャビークの警官たちの活躍を描いた警察小説だ。
レイキャビーク近郊の住宅建設予定地の基礎部分から、人骨が見つかる。現場や骨
の状況からその骨は第二次世界大戦中のものらしく、骨の主は殺された可能性があっ
た。だが半世紀以上前の戦争中のことで、残された資料も少なく当時のその付近のこ
とを覚えている関係者もほとんど亡くなっている。わずかな手がかりと数少ない関係
者の証言などから、レイキャビーク警察のエトレンドゥルと2人の部下は、骨の身元
とその人物に何が起こったのかを捜査する。
エトレンドゥルにはこの事件と同時に、個人的な問題がおこる。麻薬中毒患者で妊
娠していた娘のエヴァ・レンドが流産し、意識不明になったのだ。話しかけてやるの
がいいと、医者から言われたエトレンドゥル。だが娘が幼い頃に妻と離婚し、ほとん
ど行き来がなかったために、何を話せばいいのか全く分からない。それでも何日か通
ううち、エトレドゥルは白骨死体の事件の話や、自分の幼い頃の話を語りはじめる。
本作品は、3つの話が並行して語られていく。白骨死体事件の捜査。エトレンドゥ
ルと娘のエヴァ・レンドの話。事件当時に現場で暮らしていたある家族の物語だ。
現代から次第に過去にさかのぼっていくエトレンドゥルたち。反対に家族の物語は
現代に向かって進んでいく。そしてその2つが重なりあった時に、事件の真相があき
らかになる。2つの話が絶妙のタイミングで入れ替わるのと、骨の発掘に時間がかか
り、掘り出されてからも紆余曲折があるので、骨の身元がなかなかわからないように
工夫されているのがおもしろい。そして娘に語りかけるエトレンドゥル自身の話や、
2人の部下のエピソードもいいアクセントになっていて、深みのあるしっとりとした、
読後もしばらく余韻ののこる作品となっている。
(かげやまみほ)
(注:作者の名字 Indridason の2つめの「d」は、実際には縦棒の部分に「-」が組
み合わさって十字状になっている「エーズ」と呼ばれるアイスランドの文字)
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《魔術的な結末》
イアン・ソフトリー監督『スケルトン・キー』は、ミステリとして作られたわけで
はないのに、結果として優れたミステリとなった、そういう映画である。ジャンルと
してはホラー映画なのだが、最後に待ち受ける「意外な真相」を知った観客は巧みに
張られた伏線に驚嘆し、そして戦慄の結末に寒気を感じるはずだ。
介護士キャロラインは、孤独な患者の死を契機に勤めていた病院を辞めた。そして
たまたま新聞で見つけた住み込みの介護士の仕事に応募した。キャロラインの新しい
勤め先は、ルイジアナ州の沼沢地に囲まれた大邸宅だった。雇い主はヴァイオレット
という初老の婦人で、患者は夫のベンだ。ベンはひと月ほど前、屋根裏部屋で脳卒中
のため倒れ、それ以来身体も動かせず、口もきけないという。しかもベンに残された
時間はあとひと月ほどということだ。
夫妻の屋敷はとても美しかったが、奇妙なところがあった。鏡がまるで見当たらな
いのだ。ヴァイオレットに尋ねてもはっきりとしたことは教えてくれず、ただ手鏡を
持つことのみを許可された。
そしてキャロラインにはもう1つ気になることがあった。屋根裏部屋である。この
屋敷で働き始めてから、キャロラインは夫人から鍵を渡された。それは30以上もある
どの部屋でも自由に出入りできる合鍵ということだった。だが屋根裏部屋の奥にはこ
の鍵でも開くことのない扉があった。このドアはどうしても開かず、夫人ですら足を
踏み入れたことがないという。だがベンが倒れたのは、この屋根裏部屋のはずだ。
ある嵐の晩、ベンが窓から出て、そこから屋根を這って家を脱出しようとした。む
ろん中途でベンは屋根から落ち、キャロラインとヴァイオレットに助けられた。残さ
れた洗濯物には「助けて」という言葉が。ベンは明らかになにかに怯えていた。この
屋敷になにか秘密が隠されていると考えたキャロラインはヘアピンを使い、屋根裏部
屋の扉の鍵を開けた。中にあったものは黒人夫婦の写真、魔術書らしき本、蛇を象っ
た指輪、そして呪文を吹き込んだと書かれたレコード、そしてかつては屋敷のあちこ
ちに掛けられていたと思しき鏡だった。
写真の黒人夫婦は、かつてこの屋敷で働いていた奴隷であり、そしてヴードゥーの
呪術師だった。主人達のリンチで生命を失った彼らは、今も恨みある亡霊としてこの
家をさ迷っているのだと夫人は主張する。そして亡霊が映ることが恐ろしいため、鏡
を掛けないのだと。
結末を見た瞬間、思わず初めから巻き戻して最初から見直したくなる作品だ。序盤
の何気ない会話の中に張られた伏線が絶妙。蒸し暑い夏の夜が少し涼しいものになる。
(柳田有里)
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☆★「月刊児童文学翻訳」☆★
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■編集後記■
フィンランドが舞台の『かもめ食堂』を観にいきたいのですが、なかなか時間がと
れません。このままではDVD鑑賞になりそうです。 (清)