■ 第52号 2006年2月号 ■
〈特集〉
  HIBK派、ミニヨン・G・エバハートを読む
    "MURDER BY AN ARISTOCRAT"
    "WOLF IN MAN'S CLOTHING"
    "MAN MISSING"
    "ESCAPE THE NIGHT"
    "HUNT WITH THE HOUNDS"
    "JURY OF ONE"

〈注目の邦訳新刊レビュー〉
  『サム・ホーソーンの事件簿4』   
  『アイルランドの柩』   

〈お気に入り見つけた!
  〜1月のミステリから〜

〈速報〉
   MWA賞ノミネート作品発表
 
 ■特集 ―― HIBK派、ミニヨン・G・エバハートを読む

 謎めいた事件に巻き込まれたヒロインが、全てが終わったのちに事件を回想して、
「もし私が知ってさえいたら」と呟くような、心理描写に長けたミステリを、評論家
ハワード・ヘイクラフトはHIBK(Had I But Known)派と名づけた。この派の先
駆者として名前が上げられるのが、メアリー・ロバーツ・ラインハートとミニヨン・
G・エバハートである。
 そして今月は、ミニヨン・G・エバハートの未訳作品6作をご紹介する。
 ミニヨン・G・エバハートは1899年アメリカ中央部のネブラスカ州に生まれた。フ
リーのジャーナリストを経て、1929年に "THE PATIENT IN ROOM 18" によってデビ
ューする。この作品では後のエバハートの作品で活躍するシリーズキャラクター、看
護師セアラ・キートと警察官ランス・オリアリーが登場する。
 1996年に亡くなるまでに59冊の長篇と4冊の短篇集を発表し、アメリカ探偵作家ク
ラブ(MWA)の会長にも就任したことがあり、ミステリ界への長年の功績が認めら
れて、1971年にはMWAグランドマスター賞を受賞した。
 短篇、長篇ともに何作が邦訳されているミニヨン・G・エバハートだが、現在手に
入りやすいのは、ハヤカワ・ミステリからミニョン・エバハート名義で出ている『見
ざる聞かざる』と、論創社から出版されている『死を呼ぶスカーフ』の2作の長篇で
ある。
                                (柳田有里)
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"MURDER BY AN ARISTOCRAT" by Mignon G. Eberhart
 Popular Library/1960年

《上流階級の生活を看護師がのぞき見ると……》

 真夜中に電話で呼びだされた看護師セアラ・キートは、地方の名門サッチャー家を
訪れた。屋敷で銃の事故が起き、怪我をしたサッチャー家のいとこバヤードの看護に
あたるためだ。しかしサッチャー家の人間が事故についての話を避け、なにかを隠し
ているかのような様子に、セアラは不審を抱いた。そしてセアラとふたりきりになる
と、バヤードがそっと打ちあけた。「これは事故ではない。わたしは、一族の人間に
銃で撃たれたのだ」その晩、何者かがバヤードの病室に侵入して、白紙の紙を置いて
いく。
 セアラはサッチャー家にとって赤の他人にもかかわらず、看護師という職業柄、怪
しまれることなく屋敷の中を自由に出入りし、いつのまにか家族の秘密を立ち聞きし
てしまう。情緒不安定な長男、バヤードとそりのあわない銀行家の次男、長男の妻と
次男の義弟の不倫。どうやらバヤードは一族のだれかを脅迫しているらしい。数日後、
書斎でバヤードが銃で撃たれて死んでいるのが見つかる。ところが、殺害のあった時
間、関係者は全員外出していて屋敷に人はおらず、そのとき庭にいたセアラは屋敷に
近づく者を目撃せず、銃声も耳にしなかった。誰が、どのようにしてバヤードを殺害
したのだろうか。バヤードの死に関して、サッチャー家の人間たちは「泥棒の仕業だ」
と主張し、事件を穏便におさめようとする。
 本作は看護師セアラ・キートシリーズの5作目である。登場人物たちの個性が強く、
どちらかといえばセアラは事件の目撃者となって、客観的な語り手に徹している。ま
るでテレビのサスペンスドラマで登場する、雇い主の私生活をのぞき見る「家政婦」
のような設定だ。
 一族の保身と自らの醜聞を隠滅するため証拠を隠し、嘘をつく関係者たち。男女の
不倫というロマンス、真夜中の侵入者や脅迫というサスペンス、アリバイ崩しという
謎解きと、バランスよくエンターテイメント小説としての要素が詰まっている。また
最後の2ページまで犯人が明かされないので、緊張感がとぎれることもない。
 本作は1936年に映画化されているが、このことからもこの作品がいかにドラマとし
て優れているか分かるだろう。
                                (清野 泉)
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"WOLF IN MAN'S CLOTHING" by Mignon G. Eberhart
 Warner Books/1983/ISBN: 0446314706

《獣より醜悪な殺人者》

 セアラとドリューの看護師2人は、医師に命じられ、富豪ブレント家へと向かった。
患者はブレント家の息子クレイグで、昨夜負ったひどい怪我のため意識が戻らないと
いう。ブレント家の主人コンラッド、そしてコンラッドとは親子ほど年齢の離れた妻
アレクシアはドリューを見て驚いている。ドリューはセアラに打ち明けた。ドリュー
はかつてクレイグの妻だった。しかしコンラッドの猛反対により、2人は1年前に離
婚していた。セイラの見たところ、ドリューはまだクレイグを愛しているようだった。
 クレイグが怪我を負ったときの状況について尋ねるセアラに対し、屋敷の人間達は
あまりにも不自然な答えを返した。クレイグは昨夜10時頃、自宅の庭で銃に撃たれて
傷を負った。だがそれは銃の手入れをしている際、クレイグ本人が引き起こした事故
だという。首を傾げつつ、セイラはドリューとともにクレイグの看護に勤しむ。クレ
イグはうわごとで、「これは殺人だ」と口走った。
 複雑な人間関係とクレイグの怪我の重さから、屋敷の中の空気は緊迫していた。真
夜中、猫を追いかけてたまたまコンラッドの書斎に足を踏み入れたセアラは、コンラ
ッドの死体と、その傍らに注射器を片手に呆然と立ち尽くすドリューの姿を見つける。
コンラッドが発作を起こしたから助けようとしたが、間に合わなかったとドリューは
主張する。しかし、警察の捜査によりコンラッドがジキタリス剤で毒殺されたことが
分かると殺人の容疑がドリューにかかった。持ち前の心の温かさからドリューの無実
を信じるセアラは独自の調査を開始する。
 コンラッドがしっかりと意識を取り戻し、皆が喜ぶのも束の間のことで、第2の殺
人が起きる。そしてセアラ自身も狙撃される。
 セアラ・キート看護師シリーズの第6作目だ。ロマンスの要素は薄いが、その分し
っかりと謎解きを楽しめる。またこの本が出版された1942年という時代が、物語全体
に大きな影を落としている。おそらく時代が違っていれば、犯人はまるで違った行動
をとっていただろう。真犯人の像は醜悪であるもののセアラのお人よしの性格が物語
に温かみを与えている。現代のコージーものの女性探偵に通じるタフさと優しさがセ
アラには感じられる。
                                (柳田有里)
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"MAN MISSING" by Mignon G. Eberhart
Detective Book Club/1953年

《海軍病院を徘徊する殺人鬼》

 セアラ・キートは代理看護師として海軍基地にある病院に勤めている。基地は砂漠
の中にあり、気楽に行き来できる町はワハナシティ1つきりという寂しさだった。ま
た基地内での人間関係も限られているが、セアラは基地の司令官サマーズとその妻キ
ティとの友情を育んでいた。
 夜勤についていたある晩、セアラは患者のいる病棟から軍服を着た大男が立ち去る
のを目にする。顔は見なかったが、3つのストライプが入った肩章から察して中佐の
うちの誰かだ。嫌な予感を覚えたセイラは病棟へと入る。そしてハンサムな大尉パー
リーが喉を切り裂かれて死んでいるのを発見する。彼はワハナシティへ遊びに行った
帰り、交通事故を起こしてあばら骨を折り、入院していたのだ。
 セアラはサマーズにこのことを知らせ、基地は騒然となる。サマーズは査問会議を
開いた。自分達でこの問題を解決できなければ、海軍情報局とFBIに連絡がいき、
サマーズ司令官は強く咎められることだろう。現在の地位も危うい。持ち前の好奇心
と司令官夫婦への友情からセアラは調査に乗り出す。
 快活で見栄えのするパーリーには裏の顔があった。彼は嘘つきの女たらしで素行に
大きな問題があり、そのためにサマーズは彼を決して昇進させなかった。パーリーが
海軍を追い出されなかったのは海軍省に地位の高い伯父がいるからだ。そして彼は自
分が出世できなかったことに大いに不満を持っていた。
 凶器とおぼしきナイフから指紋は発見されず、またセアラが見た人影と体格の一致
する中佐もいなかった。そのときセアラは同僚の若き看護師サリー・ウィルソンの夫
ジョニーがかつて海軍のパイロットだったことを知る。ジョニーは3年前、自分の操
縦していた飛行機が山中に墜落、そのまま命を失った。ただこの事故には奇妙な噂が
あった。ジョニーには自分以外の誰かを飛行機に乗せたらしい、だが実際に見つかっ
た死体は1つだけだと。この飛行機事故はパーリー殺しに関わりがあるのか。
 セアラ・キート看護師シリーズの第7作目で最終作である。作者はシリーズの完結
を特に意識しなかったのかセイラは実に生き生きと調査をし、恋人達が結ばれる手助
けをしている。ストーリー展開が比較的早く、真犯人もなかなか意外なものだ。サス
ペンスの部分が楽しく、またセイラの溌剌とした魅力もよく分かることから、ミニヨ
ン・G・エバハートをはじめて読む読者に薦めてみたくなる作品だ。
                                (柳田有里)
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"ESCAPE THE NIGHT" by Mignon G. Eberhart
 The Crime Club/1947年

《喜びの再会が、悲劇の幕開け》

 ニューヨークで暮らすサリーナは、数年ぶりに休暇をとって故郷のモントレーに帰
る。姉のアマンダや友人たちとの久しぶりの再会。だが喜びもつかの間、翌日アマン
ダの夫サットンの伯母ルイーザが、散歩の途中に崖から落ちて死ぬ。そしてその翌日、
ルイーザがどのようにして殺されたのか分かったと、サリーナに連絡してきた友人も
殺される。警察の目はどちらの現場にもいて、第1発見者となったサリーナに向けら
れる。それに殺人事件が起こったのは、彼女が戻ってきてからではないかと。それに
追い打ちをかけるように、アマンダの口から言われもない非難の言葉が飛び出し、サ
リーナは絶体絶命の危機に陥る。
 心密かに思っている男性に会いたい一心で、故郷に戻ってきたサリーナ。しかし運
命のいたずらで殺人事件の目撃者となり容疑者にされ、さらにとんでもない悪女にし
たてあげられそうになって、どんどんと追いつめられていく。そんな緊迫感のあるシ
ーンは、ページをめくる手が思わずはやくなった。現在の作品であれば、やはりサリ
ーナが犯人だったのかという結末もあるかもしれないが、60年前のHIBK派のサス
ペンスではそれは考えられないにもかかわらずだ。
 今回の特集にあたり、エバハートの中期の作品を2つ読んだが、どちらも古くささ
をまったく感じることがなかった。もし著者の名前を伏せた状態でこの作品を読んだ
ら、第二次世界大戦を舞台にした、よくできたロマンチック・サスペンスだと思った
かもしれない。また活字を追っているのに、その場面の映像が鮮やかに浮かんでくる
ことも多かった。小説として読むのもいいが映像化して、たとえば舞台や小道具を変
えて日本の2時間ミステリ・ドラマに仕立ててもおもしろいかもしれない。読み終わ
ったあと、ふとそんなことを思ってしまった。
                              (かげやまみほ)
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"HUNT WITH THE HOUNDS" by Mignon G. Eberhart
 Warner Books/1983年

《誰がアーネスティンを殺したのか?》

「夫に撃たれました」そう警察に電話した後、アーネスティンは息を引き取った。だ
が裁判で夫のジェドは無罪とされる。銃声がした時、ジェドはたしかに外の車の中に
いたというスーの目撃証言が決め手だった。スーはアーネスティン殺害の第1発見者
でありジェドの愛人だったが、陪審員は彼女の証言を受け入れたのだ。それではいっ
たい誰がアーネスティンを殺したのか? 警察はさっそく捜査を再開し、動機も機会
も十分にあったスーに容疑をかける。そして第2の殺人が起こり、またしても第1発
見者となったスーは窮地に立たされる。
 HIBK派の代表といわれるエバハートの、面目躍如たる作品だ。最後の最後で判
明する真相に、もしそれを知ってさえいたら……と、思わずつぶやいてしまった。
 読み終わってみて、今回とりあげた2つ作品のヒロインは似たような立場に置かれ
ていたことに気がついた。舞台はヒロインが生まれ育った場所で、被害者もよく知っ
ている人物。そして容疑者となりうる人たちも、やはり知り合いである。だが2人の
ヒロインは、どちらもしばらく生まれ故郷を離れて暮らし、久しぶりに帰ってきた矢
先に事件に巻き込まれ、容疑をかけられて逮捕寸前にまでおいやられる。
 もちろん、犯人像も事件の真相もそれにいたる過程もまったく違うので、似たよう
な話という印象はまるでない。1つの素材を幾通りにも自在に調理する料理人のよう
に、エバハートもさまざまな形のサスペンスを読者に提供しているということだ。
 エバハートを読むまで、HIBK派のサスペンスはゴシック・ロマンにミステリの
味付けを少々くわえた程度としか思っていなかったが、それは読まず嫌いの偏見であ
ったと分かり、現在反省の日々を送っている。
                              (かげやまみほ)
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"JURY OF ONE" by Mignon G. Eberhart
 Detective Book Club/1960年

《カヌー遊びは死の遊び》

 若き看護師マギーは幼馴染みの実業家カークとの婚約が決まり、うきうきとした気
分でいた。カークは祖父が興した会社を受け継ぎ、素晴らしい業績をあげている。そ
んなとき、兵役のため2年間町を離れていたジョシュが帰ってくる。ジョシュもマ
ギーの幼馴染みの1人であり、マギーのかつてのボーイフレンドだった。ジョシュは
マギーがカークと結婚しようとしていることを知ると大反対する。
 マギーとカークの結婚式の準備は順調に進んでいた。カークの姉クレアとその夫
アーロイ、カークの弁護士ジョージとその妻リディア、そして町に事務所を構える弁
護士ラルフが集まった日、彼らはカヌー遊びをすることになった。
 友人同士の楽しいひとときが悪夢に変わったのは、彼らの漕いでいたカヌーが転覆
したときだった。リディアが溺れ、助けようと川に飛び込んだラルフの姿が見えなく
なった。ラルフは泳ぎの達人だからと信頼し、彼らはとりあえずリディアから助ける。
息も絶え絶えのリディアは、誰かが自分を殺そうとした証言する。しかし皆はにわか
には信じられなかった。ジョシュの父である医師メイソンが呼ばれ、リディアは手当
てされる。また警察が呼ばれ、川でのラルフの捜索が始まった。
 マギーはリディアを手厚く看護する。しかしマギーが目を離したすきに、リディア
は殺された。チアノーゼを引き起こしており、また枕に口紅のあとが残っていること
からして、うつぶせに頭を抑えつけられ、窒息死させられたと分かった。さらに犯人
はマギーの部屋から睡眠薬を持ち出し、リディアの飲み物に混ぜていたようだ。
 ジョシュは殺人まで起きたのだから結婚は延期するように言うが、嫉妬のためのく
だらぬ戯言だとカークは切り捨てる。しかしジョシュとともに殺人事件の調査をする
うち、マギーの心はカークとジョシュの間で揺れる。ラルフはなかなか見つからない。
そしてクレアとアーロイ、ジョージとリディアの2組の夫婦がうまくいっていなかっ
たことを知る。
 ミニヨン・G・エバハートのノンシリーズものだ。ミステリとしてはあまりに単純
すぎる謎と解決が気になるものの、ヒロインのマギーは愛らしく、ジョシュとマギー
のやり取りなど作品全体を覆う雰囲気はユーモラスなもので、ロマンティック・コメ
ディとして楽しめる。肩の力を抜いて楽しみたい作品。
                                (柳田有里)
◇アマゾン・ジャパンで本をお買い求めの場合は「BOOKS WHODUNIT」
 ■注目の邦訳新刊レビュー

『サム・ホーソーンの事件簿4』 "DIAGNOSIS:IMPOSSIBLE 4"
 エドワード・D・ホック/木村二郎訳
 創元推理文庫/2006.01.27発行 940円(税別)
 ISBN: 4488201067

 ニュー・イングランドに住む老医師サム・ホーソーンが若き日に遭遇した不可能犯
罪を語るシリーズ第4集。1935年から1937年に起こった12の事件が収録されている。
サム先生の緻密な頭脳が次々起こる事件の謎を解く! ボーナス作品の「フロンティ
ア・ストリート」では、開拓時代の西部の雰囲気が味わえる。不可能犯罪を解明する
痛快さと、その時代のアメリカ人の生活をかいま見る楽しさを堪能させてくれる本シ
リーズ、サム先生が勧めてくれる「御神酒(おみき)」片手にお楽しみいただきたい。
                                (中島由美)
◇bk1へ
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『アイルランドの柩』 "HAUNTED GROUND"
 エリン・ハート/宇丹貴代実訳
 ランダムハウス講談社文庫/2006.01.20発行 950円(税別)
 ISBN: 4270100249

 アイルランドの湿原の泥炭層で赤毛の娘の頭部が発見され、考古学者コーマックと
解剖学者ノーラが調査に向かった。現場となった町では2年前に母子が失踪し、さま
ざまな憶測が飛び交っていた。17世紀のものと判明した遺体の調査を進めつつ、母子
の行方を追うコーマックとノーラがたどりついた真相とは? アイルランドの風土を
背景に過去と現在が交錯し、人々の思いが絡み合う。やがて迎えた結末に息を呑む。
2004年アガサ賞、アンソニー賞最優秀処女長篇賞ノミネート作品。
                                (中島由美)
◇bk1へ
▽本メルマガ2004年バウチャーコン関連新人賞ノミネート作特集で、原書レビューが
お読みいただける。
http://www.litrans.net/whodunit/mag/html/0409.htm#HAUNTED

 ■お気に入り見つけた! 〜1月のミステリから〜

 今月はジョン・リカーズのデビュー作『聖ヴァレンタインの劫火』と、アリス・キ
ンバリーの『ミステリ書店1 幽霊探偵からのメッセージ』を紹介する。どちらの作
品も本国で好評を博し、シリーズ化されている。

『聖ヴァレンタインの劫火』は、元FBI捜査官でボストンの私立探偵アレックス・
ロークが主人公のシリーズ1作目で、舞台はアメリカ東部のメイン州にある小さな町、
ウィンターズ・エンドだ。
 どしゃぶりの雨が降る夜、町はずれで郡の保安官が女性の刺殺体を見つける。ナイ
フを持ってその場に立っている男を容疑者として逮捕したものの、容疑者は名前を言
うことさえ拒否した。州警察の力を借りずに事件を解決しようとする保安官だったが、
証拠になりそうなものは雨で洗い流され捜査に行き詰まる。そこで保安官は幼なじみ
の私立探偵アレックスに協力を求める。容疑者はアレックスが来るのを待っていた。
だが具体的なことは何ひとつ語ろうとしない。断片的な情報から捜査を進めるうちに、
アレックスは過去の悪夢へと引きずり込まれていく。
 もし保安官が自分で事件を解決しようとはせずに、州警察に捜査を依頼していたら
物語が成立しなくなるという構成に、やや無理があるようにも思える。だが容疑者が
何者で、アレックスに何をさせようとしているのかまったく分からない状態から、パ
ズルが完成していくように、少しずつ事件の全容が見え、容疑者の正体が分かってい
く過程は見事だ。
 シリーズ1作目であり、事件も主人公のアレックスに密接に関係するものなので、
過去やバックグラウンドなど、スポットライトはアレックス1人にあてられている。
だが他にも、ホテルの受付の老人や父親の親友の老人など、出番はあまりないが印象
的な登場人物も少なくないので、次回作以降に期待が持てる。
 作品はアメリカ的なハードボイルド・タッチのサスペンスなのだが、驚いたことに
著者のリカーズは、ロンドン出身のイギリス人ということだ。

『幽霊探偵からのメッセージ』は、ハードボイルドな幽霊の私立探偵と、ミステリ書
店を経営するコージーな素人探偵が協力して、事件を解決するシリーズの1作目だ。
 亡くなった夫の、大金持ちの親戚たちから逃れるのと、経営が傾いた伯母の書店を
建て直すためにニューヨークからロードアイランド州キンディコットへと、息子のス
ペンサーを連れて引っ越してきたペネロピー。普通の町の本屋をミステリ専門書店と
してリニューアルし、はじめての企画として大ベストセラー作家のブレナンを招く。
だがあろうことか、彼はイベントの最中に死んでしまう。ベストセラー作家が死んだ
書店として、ミステリ・ファンが押しかける中、ペネロピーはこの建物の地縛霊とな
っている私立探偵の幽霊ジャックの助けを借り、ブレナンの死の謎に挑戦する。
 幽霊探偵のジャックは、ブレナンが書く人気シリーズの主人公のモデルともなって
いる1940年代に活躍した私立探偵。ある事件でキンディコットにやってきて、建物に
入ったとたん襲われ、死後の世界に行くことも建物の外に出ることもできなくなった。
そんなジャックのひまつぶしは、建物の住人を驚かせて追い出すことだったが、新た
な住人ペネロピーが魅力的な女性で、しかも彼と自由に会話できることがわかり、さ
らに作家の死を目の前にして探偵の本能がくすぐられ、事件のことや好き勝手なこと
をしゃべりはじめる。ペネロピーのほうは当初、幽霊の存在を信じることができなか
ったが、結局は信じざるを得なくなり、しだいにジャックに好感を持つようになる。
 ハードボイルドを地でいくような優秀な私立探偵が幽霊で、舞台がミステリ専門書
店という設定だけで、わたしのお気に入りシリーズになるには十分だ。幽霊探偵なん
てあまりにも非現実的すぎると思う人もいるかもしれないが、所詮はフィクションと、
細かいことは気にせず楽しんでほしい。
                              (かげやまみほ)

『聖ヴァレンタインの劫火』 "WINTER'S END"
 ジョン・リカーズ/玉木亨訳
 ヴィレッジブックス/2006.1.20発行 870円(税別)
 ISBN: 4789727556
◇bk1へ

『幽霊探偵からのメッセージ』 "THE GHOST AND MRS. McCLURE"
 アリス・キンバリー著/新井ひろみ訳
 ランダムハウス講談社文庫/2006.1.20発行 780円(税別)
 ISBN: 4270100273
◇bk1へ

 ■速報 ―― MWA賞ノミネート作品発表

 アメリカ探偵作家クラブは、第60回MWA賞のノミネート作品を発表した。最優秀
長篇賞をはじめ、主要4部門のノミネートは以下のとおり。
 受賞作の発表は現地時間の4月27日、ニューヨークの〈グランド・ハイアット・ホ
テル〉にておこなわれる。

●最優秀長篇賞
"THE LINCOLN LAWYER"        マイクル・コナリー
"RED LEAVES"            トマス・H・クック
"VANISH"              テス・ジェリッツェン
"DRAMA CITY"            ジョージ・P・ペレケーノス
"CITIZEN VINCE"           ジェス・ウォルター

●最優秀処女長篇賞
"DIE A LITTLE"           by Megan Abbott 
"IMMORAL"              by Brian Freeman 
"RUN THE RISK"           by Scott Frost 
"HIDE YOUR EYES"          by Alison Gaylin 
"OFFICER DOWN"           by Theresa Schwegel 

●最優秀ペイパーバック賞
"HOMICIDE MY OWN"          by Anne Argula
"THE JAMES DEANS"          リード・ファレル・コールマン
"GIRL IN THE GLASS"         by Jeffrey Ford
"KISS HER GOODBYE"         by Allan Guthrie 
"SIX BAD THINGS"          by Charlie Huston

●最優秀短篇賞
"Born Bad"          ジェフリー・ディーヴァー(DANGEROUS WOMEN)
"The Catch"          ジェイムズ・W・ホール(GREATEST HITS)
"Her Lord and Master"     アンドリュー・クラヴァン(DANGEROUS WOMEN)
"Misdirection"        by Barbara Seranella (GREATEST HITS)
"Welcome to Monroe"      by Daniel Wallace (A KUDZU CHRISTMAS)

上記4部門以外のノミネートについては、MWAの公式サイトでご覧いただきたい。
http://www.mysterywriters.org/pages/awards/nominees06.htm
                              (かげやまみほ)

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■編集後記■
 今月特集でとりあげたエバハートの作品を読んで、おもしろいミステリはいつの時
代に読んでも楽しめるということを感じました。現代のミステリで、50年後読んでも
楽しめる作品はどのくらいあるでしょうか。               (清)


********************************************************************  海外ミステリ通信 第53号 2006年2月号  発 行:フーダニット翻訳倶楽部  発行人:うさぎ堂(フーダニット翻訳倶楽部 会長)  編集人:清野 泉  企 画:板村英樹、かげやまみほ、片山奈緒美、唐澤涼子、崎浜祐子、      佐藤枝美子、中島由美、中西和美、花田美也子、松本依子、      三浦真司、森まり、柳田有里、矢野真弓、山田亜樹子  協 力:出版翻訳ネットワーク 小野仙内      西洋冒険譚翻訳倶楽部  本メルマガへのご意見・ご感想、及びフーダニット翻訳倶楽部の連絡先   e-mail: mwmag@litrans.net   掲示板: http://www.litrans.jp/c-board/c-board.cgi?id=15  配信申し込み・解除/バックナンバー:  http://www.litrans.net/whodunit/mag/index.htm  ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2006 Whodunit Honyaku Club ********************************************************************
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