"THE BRIDGE OF SIGHS" by Olen Steinhauer
St. Martin's Minotaur/2003.02/ISBN: 0312302452
《希望の見えない街で、もがく、22歳の若者》
第2次大戦終了から3年たった、1948年の東欧。エミールは殺人課の刑事として勤
務するため人民軍に赴く。初日から職場の雰囲気は最悪だった。同僚に話しかけても
無視されて、同じ部屋で仕事をしている公安担当者はエミールのことを見ようともし
ない。上司からは「やっかいごとを持ち込むな」と警告される。どうして自分がこん
な目にあうのか、エミールにはわからなかった。初日はただ机に座っていただけ、2
日目はファイルをアルファベット順に並べる仕事をして、3日目ようやく事件の捜査
を指示される。有名な歌手が自宅で殺されたのだ。歌手の住む高級アパートには、被
害者が国の書記長と親しげに握手している写真が飾られていた。これは罠だ、もし捜
査をしくじれば自分の首があぶない。エミールに重圧がのしかかる。翌日死体の第1
発見者だったアパートの管理人も殺害され、管理人の部屋から2人の男が写った写真
が見つかる。写真の男は、戦争中の英雄として評判の高い政治家だった。エミールは
単身、政治家の自宅に向かう。
このあと着任1週間目でエミールは刑事を辞職するのだが、ここから事件は大きく
動いて、舞台を、ルーマニアとの国境近くの村、そして東西ベルリンへと移していく。
とにかく物語の雰囲気がいい。街はいまだに戦争の傷が癒えず、ドイツ軍とソ連軍
の爆撃で破壊された建物と王制時代の建造物が混在している。街中をドナウ川の支流
が流れていて、水辺のシーンも多い。通りは、ソ連兵、復員兵、外国人労働者、娼婦
らがあふれている。読者は自らが、50年以上前の雑然とした東欧の街の路傍に立って
いるような錯覚をおこすだろう。
人民軍内は混乱していて、賄賂、密告、横領が横行し、エミールの前任者はソ連兵
に射殺されていた。両親を戦争でなくし、年老いた祖父母と暮らすエミールは、希望
のない街から逃げだしたい気持ちになりながらも、何とか前にすすんでいく。22歳の
若者の内面の葛藤と、ナチス・ドイツまでからんでくる事件のコントラストがおもし
ろい。またラストがなかなか味わいがあるのだ。
本作は2003年CWAエリス・ピーターズ・ヒストリカル・ダガー/最優秀歴史ミス
テリ賞にもノミネートされていた。今年3月に刊行された2作目 "THE CONFESSION"
も第2次大戦後の東欧が舞台で、エミールも登場し、こちらも評判がいい。
(清野 泉)
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"DEATH OF A NATIONALIST" by Rebecca Pawel
Soho Press, Inc/2004.02.01/ISBN: 1569473447
(hardcover/2003.02.28)
《戦争の混乱がひきおこした2つの悲劇、そして希望》
【スペイン内戦】−1936年7月スペインの人民戦線(共和国)政府とドイツ・イタリ
ア両国の支援を受けたフランコ将軍派との間に起こった内戦。2年8か月余を経て、
39年3月後者の勝利に帰した。スペイン内乱。(『広辞苑 第5版』より)
スペイン内戦終結前夜のマドリードで、フランコ将軍側の治安警備隊員の他殺体が
見つかる。現場に駆けつけた軍曹のテハーダは、死体の側にいた女性ヴィヴィアナを
共和国側の人間で、犯人だと思い撃ち殺した。だが彼女が、同居している少女の落と
したノートを、かわりに拾いに来ただけだったことを後で知り、テハーダは罪の意識
を感じる。そして殺人事件の真相をつきとめようと決意し、いったんは共和国軍側の
ゲリラ行為として片づけた事件の再調査を始める。
上記のあらすじは主人公テハーダを中心としたものだが、この小説にはもう1人語
り手がいる。ヴィヴィアナの恋人で、元共和国軍兵士、そして戦争に負けた側の人間
として今はお尋ね者になっているゴンザロだ。彼は恋人のヴィヴィアナを殺した治安
警備隊員、つまりテハーダを探し出して復讐しようと調査をはじめる。荒っぽい場面
もあるがテハーダの部分は割合オーソドックスな犯人捜しで、ゴンザロの部分は彼が
様々なことに巻き込まれていくサスペンス、と1つの作品の中で味わいの違う2つの
話が別個に進行する。読みはじめの頃は、最後まで話が平行線をたどり、結局2人が
出会うことなく結末を迎えるように思えた。だがノートを落とした少女で、ゴンザロ
の姪アレハンドラを接点にして、しだいに2つの事件は交錯し、テハーダとゴンザロ
が相対することになる。
やや拍子抜けした2人の出会いの場面から、その後の意外な展開と決着には驚きも
したが、作品の中でもっとも気に入ったエピソードの1つでもある。
物語の背景となっているスペイン内戦の知識もなく、軍隊でありながら警察活動を
行う、テハーダが所属する治安警備隊のことも知らなかったので、理解しにくい部分
もあった。とはいえ楽しめなかったわけではない。2つの大戦に挟まれて国内が混乱
し、犯罪が横行していたこの時代のスペインが、ミステリの舞台としては魅力的であ
り、治安警備隊の隊員がその物語の主人公となるのにふさわしい職業であることを教
えてもらった。
2月には、テハーダが主人公のシリーズ2作目 "LAW OF RETURN" が、発表された。
(かげやまみほ)
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『ディープサウス・ブルース』"DARK END OF THE STREET"
エース・アトキンス/小林宏明訳
小学館文庫/2004.04.01発行 695円(税別)
ISBN: 4094054413
《ブルース――痛みの数だけ味わい深くなる音楽》
エース・アトキンスは、ニューオーリンズを中心としたアメリカの深南部を舞台に、
ブルース・マインドあふれるシリーズで独特な世界を展開している。彼が生みだした
主人公ニック・トラヴァーズは、大学でブルース史の教鞭を執るかたわら、過去のミ
ュージシャンに関する情報を集めているブルース史研究家だ。そのニックが、フィー
ルドワークの過程で音楽がらみの事件に巻き込まれ、命の危険にさらされながらも真
相を究明していく。設定からわかるように、ページのそこかしこからブルースのフレ
ーズが流れ、南部特有のディープな雰囲気が伝わってくる。日本でも2000年にデビュ
ー作の『クロスロード・ブルース』(峯村利哉訳/角川文庫)が紹介され、伝説のブ
ルースマン、ロバート・ジョンソンの死にまつわる蘊蓄を堪能させてくれた。本書は
そのシリーズ第3作で、日本での紹介はこれが2作目となる。
今回のニックは、養母ロレッタの弟クライドの消息をたずねる旅に出る。クライド
は1960年代に活躍したブルース歌手で、《ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート》
のヒットで全国的な注目を集めた。しかし、身重の妻を殺されて以来、情緒面に問題
をかかえるようになり、70年代初めに人前に姿を見せたのを最後に行方がわからなく
なった。クライドは死んだ。姉のロレッタでさえそう信じていた。妙な男たちにクラ
イドの居場所をしつこく訊かれるまでは。メンフィスで手がかりを追うニックだが、
別の事件に巻き込まれ、おまけに男女ふたりの殺し屋に命を狙われるはめになり――。
危険な場面も持ち前のタフさとへらず口で乗り切る、およそ大学の先生とは思えな
いニックのキャラクターも冴えているし、個性豊かな脇役陣もいい味を出している。
前作と違ってブルースに関する蘊蓄はさほど多くなく、音楽に興味がなくともミステ
リとして充分楽しめる。だが、ブルースやメンフィス・ソウルが好きな人ならば、2
倍も3倍も楽しめるにちがいない。なにげなく出てくるミュージシャンの名や曲名が、
この作品に独特の雰囲気を与え、音楽好きの心を心地よく刺激する。オーティス・レ
ディングやウィルソン・ピケットを聴きながら、ディープなソウルの世界にどっぷり
浸かりたい、そんな気分にさせてくれる。
「この暗い路地裏で/おれたちはいつも会っている/よその土地で影に隠れて/暗が
りでこそこそ生きている」(本書より)
冒頭で効果的に使われているこの《ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート》は実
在の曲で、メンフィス出身のジェイムズ・カーというブルース歌手が1967年に歌った
ものだ。小説とは違ってセールス的には小ヒット止まりだったが、人目を忍ぶ恋人た
ちを歌った隠れた名曲として、いまも評価が高い。ひさしぶりにカーのバージョンを
聴きながら、クライドのモデルはカーなのだろうかと、ふと思った。
※ジェイムズ・カーの歌声を聴いてみたいという方には、ケントから出ているベスト
盤 "Complete Goldwax Singles" がおすすめだ。
(山本さやか)
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『迷宮の暗殺者』 "THE DISCRETE CHARM OF CHARLIE MONK"
デイヴィッド・アンブローズ/鎌田三平訳
ヴィレッジブックス/2004.02.20発行 840円(税別)
ISBN: 4789721973
足元のおぼつかないような不安――読み終わったあと、そんな居心地の悪い思いを
させられるのが本書だ。
アメリカ政府と関係があるらしい秘密の組織に所属する特殊工作員のチャーリー・
モンクは、金もあり、仕事も順調で、何不自由のない生活を送っていた。だが、チャ
ーリーにはひとつだけ気にかかることがあった。それは、子供のころはじめて愛した
少女のことだった。彼女を忘れたことはないのに、なぜか顔だけが思い出せないのだ
……。
精神科医のスーザン・フレミングは、ロシアの研究所からその日戻ってくるはずの
夫が事故で死亡したことを知らされる。幼い息子とともにそのつらい現実に耐えてい
こうとしていたスーザンだったが、とつぜん見知らぬ男にスーザンの夫の死は事故で
はないと告げられる。
まるで関係のなさそうなふたりが出会ったとき、ストーリーはまるで予想もしない
方向へと転回し、チャーリーだけでなく読者をも悪夢のような迷宮に引きずり込んで
いく。
著者デイヴィッド・アンブローズは『そして人類は沈黙する』(鎌田三平訳/角川
文庫)では人工知能を、『覚醒するアダム』(務台夏子訳/角川文庫)では超常現象
を題材に、読者の不安を掻き立てるような作品を書いてきた。そして本書でのテーマ
は“記憶”である。驚愕の結末を読み終えて本を閉じたあと、あなたの頭にはこんな
考えが浮かんでくるだろう……記憶とは何か? ここにいる自分は、自分で思い込ん
でいるとおりの人間なのだろうか?
(松本依子)
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『雲母の光る道』 "MICA HIGHWAYS"
ウィリアム・エリオット・ヘイゼルグローブ/原田勝訳
創元推理文庫/2004.03.12発行 1000円(税別)
ISBN: 448829202X
南北戦争、KKK、大邸宅と広大なタバコ畑。じっとりとした独特の湿気が肌にま
とわりつく南部では、いまも歴史の時計が止まったままだ。家庭も仕事も失った主人
公は、人生の再出発を前にひとり暮らしの祖父を訪ねる。30年前の母の死の真相を探
るが、暗い歴史の濁流に翻弄された人々は過去を語ろうとしない。孤独だった幼い日。
雲母がきらきらと輝く道を見つめた祖父との思い出が、あまりに切なく物悲しい。
(片山奈緒美)
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『チムニーズ館の秘密』"THE SECRET OF CHIMNEYS"
アガサ・クリスティー/高橋豊訳
早川書房(クリスティー文庫)/2004.02.20発行 800円(税別)
ISBN: 4151300732
《クリスティーの大冒険!》
毎月ガンガン出ているクリスティー文庫。最近、海外文庫の棚で真っ赤な背表紙が
よく目立つ。ちょっとサイズも大きいし、中を見ると大きな活字で読みやすい。なん
でも新訳の採用や、全点に新しく詳細な解説がついているとのこと。特にファンでも
コレクターでもなかったのだが、ひょいと手に取ったこの作品、解説によると冒険小
説らしい。さらに、クリスティーは生涯に8冊の冒険小説を書いたとあるではないか。
冒険小説好きの虫が疼き、どれどれと読み始めた。
これがおもしろかった。1925年の作品といえばデビュー長編『スタイルズ荘の怪事
件』が20年だから、彼女にとってごく初期の作品に属する。お話は英国名士の社交場
チムニーズ館を舞台に、国際的な石油利権争奪を背景にして起こった殺人事件と、そ
の真相解明にまつわる大活劇。こりゃたまらんと、つづけて同じチムニーズ館を舞台
にした『七つの時計』(1929)も読んでみた。これがもっと面白かった。さらにこれ
でもかと『秘密機関』(1922)に手を出した。あまりのおもしろさに一晩で読んでし
まった。
クリスティーの冒険もののよさをひとことでいうと、明るい冒険活劇ということに
つきる。あくまで好奇心に満ちあふれ、大胆で才知に長けた主人公たちの大活躍が読
みどころだ。これに彼女ならではの謎の見事な種明かしが加わるのだからたまらない。
80年も前の小説だとは思えないし、リアリズム一辺倒で複雑かつ深刻なテーマのもの
ばかり読んでいた疲労感も手伝ってか、さっぱりした読後感が心地よい。
クリスティーに限らずこの時代のミステリを読むと、なんだかとてものどかな気分
になる。最後までわくわくしながらページを繰る歓びが、本来のエンタテインメント
小説の醍醐味のはず。「あの『オリエント急行殺人事件』のクリスティー? 本格も
のはどうも……」なぁんていっている人にもぜひ読んでいただきたい作品だ。
(板村英樹)
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《ミステリと色彩の愉しい関係》
さて、質問です。1)淡いブルーのフランネルの楽屋着 2)レモン色のサテンの
楽屋着 3)冴えた緋色のシルクの楽屋着 4)シルバーグレイの襟付き黒のコート
この中で薄暗い所で見ると、黒く見える色の服はどれでしょう?
ミステリを読む愉しみはいろいろだと思うが、最近、ミステリと色の愉しい関係に
ハマッている。ミステリと色? 一見何の関係もなさそうなこの2つ。だが、海外ミ
ステリには、色と密接に結びついた登場人物や場面が意外に多く、色彩や服飾に興味
のある私は、それらの描写を読むのが愉しくて仕方がない。なかでも色彩が重要な手
がかりを握る、そんなミステリを3作、ご紹介しよう。
まずはヘレン・マクロイの『家蝿とカナリア』。ご存知だろうか? この作品、色
に興味のある読者なら、なんと66頁目で犯人がわかってしまうのだ(以下ネタバレ
有)。
殺人が起きた夜、探偵のベイジルは、劇場の非常階段を上る怪しい人影を目撃する。
顔は見えないものの、濃い藍色の闇を背景に黒っぽい服を着ていたこの人影の正体を
突きとめるべくベイジルは容疑者たちの服を捜す。さて、冒頭にあげたのが、容疑者
たちが着ていた服装の色。あなたにはどれかおわかりだろうか?
ジョン・スラデックの『見えないグリーン』は、スペクトルの7色が謎の手がかり
を握る面白いミステリだ。ミステリ愛好家「素人探偵7人会」の面々が数十年ぶりに
集まることになった。が、その直前、会員の1人が完全な密室のトイレで謎の死を遂
げる。実は彼は生前、グリーンという人物に脅されていたらしい。やがて残りの会員
それぞれにスペクトルの7色(赤・橙・黄・緑・青・藍・菫)に関係した謎の手がか
りがばらまかれ、グリーンという名が緑色を意味することが明らかになる。色彩にこ
だわりをもつ犯人グリーンとは何者なのか? メンバーがそれぞれスペクトルの7色
で色わけされるという趣向の面白さもさることながら、あっと驚く密室や猫の通り穴
を利用した殺人のトリックがユニークで素晴らしく、本格好きにはたまらない。小さ
な換気孔が1つだけのトイレの中で犯人は一体どんなトリックを使ったと思います?
最後に色彩の使い方が見事で忘れがたいミステリを紹介しよう。「西の空は紅を刷
いたように赤い」5月の宵、燃えるようなオレンジ色の帽子の女に出逢った主人公は
彼女とひとときをともにする。まさにその時刻、自宅で妻が彼の青いネクタイで首を
絞められ、殺されていた。女を捜すものの、彼女は幻のように姿を消してしまい、し
かも、その宵出会った人々は口をそろえてそんな女は見なかったと証言、彼のアリバ
イは崩れてゆく。それまで赤を主調に鮮やかに染めあげられていた色彩が一転、色を
失い、モノクロームの世界へ変貌、悪夢のような展開を暗示する。サスペンスの名手
ウィリアム・アイリッシュによる名作『幻の女』だ。
(山田亜樹子)
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☆★「月刊児童文学翻訳」☆★
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■編集後記■
さくら前線が北上を続け、借り物を着ているみたいに、様にならないスーツを着て、
ぎこちなく街を歩く新入社員たちに出会うピカピカの4月。今月の特集では、ピカピ
カの新人ミステリ作家の作品を紹介しましたが、みなさんのお気に入りになりそうな
作家はいましたでしょうか?
なお来月号からは、特集の掲載は不定期となります。ご了承下さい。今後とも『海
外ミステリ通信』をよろしくお願いします。 (か)