■ 第23号 2003年7月号 ■
〈特集〉エルヴィス・コール、心優しきLAの探偵
 ・エルヴィス・コールの生みの親、ロバート・クレイスとは──
 ・わが愛しのエルヴィス・コール
 ・エルヴィス・コール・シリーズ 全作品レビュー

〈インタビュー〉      西崎憲さん    
〈注目の邦訳新刊〉 『半身』 『エンジェル・シティ・ブルース』  
〈スタンダードな1冊〉 『さらば愛しき女よ』──金で買えるもの、金では買えないもの
 
■特集── エルヴィス・コール、心優しきLAの探偵

 アル中、名無し、きざ、生まじめ……私立探偵にもいろいろいるが、なかでもジョ
ークとビールと依頼人助けが好きなのが、ロバート・クレイスの書く探偵シリーズの
主人公エルヴィス・コール。口だけじゃなく腕っぷしも達者なこの男の秘めた過去が、
今年刊行された最新作で明らかになった。今月は夏の風を受けながらビバリーヒルズ
の並木道を抜け、愛すべきナイスガイ、エルヴィス・コールに会いにいこう。(陽)
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●エルヴィス・コールの生みの親、ロバート・クレイスとは――

 ロバート・クレイスは1953年、ルイジアナ州生まれ。ブルーカラーの家庭に育ち、
エンジニアとして働いていた。作家を志して20代でハリウッドの世界に入り、《マイ
アミ・バイス》、《LA・ロー》などの人気テレビドラマの脚本を手がけた。《ヒル
ストリート・ブルース》の脚本でエミー賞にノミネートされたこともある。
 1987年に発表したデビュー長篇『モンキーズ・レインコート』はアンソニー、マカ
ヴィティ両最優秀処女長篇賞を受賞し、ほかにMWA、シェイマス両賞にもノミネー
トされるなど、好評をもって迎えられた。以後シリーズを書きつづけ、8作目 "L.A. 
REQUIEM" はMWA賞など主要各賞にノミネートされた。その後、シリーズを離れて
2000年に "DEMOLITION ANGEL"(邦訳『破壊天使』村上和久訳/講談社文庫、2002)、
2001年に "HOSTAGE" を発表。今年、ひさしぶりにエルヴィス・コールが登場する新
作 "THE LAST DETECTIVE" が刊行されると、その直後にニューヨーク・タイムズ、パ
ブリシャーズ・ウィークリーの双方でベストセラーリスト入りしており、本国ではす
っかり人気が定着した感がある。現在サンタモニカ在住。
▼ オフィシャルサイト
                                (影谷 陽)
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●わが愛しのエルヴィス・コール

 一目惚れならぬ一読惚れだった。エルヴィス・コール・シリーズとの出会いは、3
作目の『ララバイ・タウン』。ひとりの女性をめぐってマフィアと対決するというシ
リアスな内容ながら、随所にちりばめられたユーモアと爽やかな読後感が印象的で、
いっぺんでファンになった。以来、新作の翻訳を心待ちにし、ついには翻訳が待ちき
れずに原書を買って読むほどのめりこんだ。これを運命の出会いといわずしてなんと
いおう。
 今年2月に刊行された最新作 "THE LAST DETECTIVE" をのぞけば、物語はすべて、
私立探偵であるエルヴィス・コールのもとに人捜しあるいは物捜しの依頼が舞いこむ
ところからはじまる。調査が進むにつれ、なんらかの悪の存在が見え隠れし、依頼人
やエルヴィスの身に危険が迫る。それでもエルヴィスはもちまえの正義感を発揮して、
事件を解決に導いていく。なんだ、ハードボイルドの定石どおりの展開じゃんと思う
向きもあるだろう。たしかにそういえなくもないが、このシリーズがこれまでのハー
ドボイルドとは一味も二味も違うのは、主人公であるエルヴィス・コールのキャラク
ターによるところが大きい。みずから“世界一優秀な探偵”と豪語し、どんなときで
もユーモアの精神を忘れない、根っからのお調子者。だからといって軽薄なだけの男
じゃない。太極拳やテコンドーの心得があり、銃の腕前もなかなかのもの。ここぞと
いうときにはしっかり決めてくれる硬派な一面もあわせ持つ。相手がマフィアの首領
だろうが、世界で3番目に成功した映画監督だろうが、媚びたり、下手に出たりせず、
あくまで自分流を通すところもナイス。かっこいいという言葉は、この人のためにあ
るといっても過言じゃない。
 エルヴィスのもうひとつの、そして最大の魅力はやさしさだ。悩みをかかえた依頼
人や、調査の過程で知り合った弱い立場の人たちを憐れむのでもなく、蔑むのでもな
く、あくまで対等の立場から、あたたかく見守る姿にはぐっとくる。夫がいなければ
小切手1枚書くことができない主婦エレン、すべてが自分中心にまわってると勘違い
してる大物映画監督ピーター、ロサンゼルスでももっとも荒廃した地域に住む貧しい
黒人たち……。そんな彼らを見つめるエルヴィスのまなざしは、あたたかく愛情にあ
ふれている。そう、彼は18歳でヴェトナムに行き、数々の修羅場をくぐり抜けてきた
人間とは思えないほど、純な心の持ち主なのだ。
 おっと、ついつい主役のエルヴィスのことばかり書いてしまったが、大事な相棒ジ
ョー・パイクのことにも触れないわけにはいかない。海兵隊あがりで元警官、いまも
自分を兵士だと思っているパイクは、夜でもサングラスをはずさず、異様なほど無口
で、笑うことも微笑むこともない。所持品検査をした警官に「戦争でもおっぱじめよ
うってのか?」といわせるほど大量の武器を常に携行し、いざというときに頼りにな
る“世界一危険な男”。タフでクールなところが女心をくすぐるのか、筆者の周囲に
はパイクのファンという女性が多い。
 こんな正反対コンビがロサンゼルスを舞台に縦横無尽に活躍するこのシリーズ、ど
の作品もそれぞれ読みどころがあっておもしろいのだが、マイ・ベストは未訳の 
"INDIGO SLAM"。謎解きはシリーズ最高の出来だし、依頼人となる3人の子どもたち
とエルヴィスの交流が実にいい。訳書が出ているものでは、情景描写にすぐれた『死
者の河を渉る』がイチ押しだ。元気になれるミステリ、あるいはあたたかな気持ちに
なれるミステリを捜しているそこのあなた、だまされたと思ってエルヴィス・コール
・シリーズを読んでほしい。虜になること請け合いだ。
                               (山本さやか)
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●エルヴィス・コール・シリーズ 全作品レビュー

 エルヴィス・コールをはじめて知る読者のために、未訳書をふくめた全作品の内容
を発表順に紹介する。作品の多くがロスのハリウッド周辺を舞台としており、映画や
ショービジネス関係者が多く登場する。それだけに脇役も個性的で、芸能業界の舞台
裏をちらりとのぞく愉しみもある。巻を追うにしたがってコールの身辺に変化が出て
くるので、1作を読んで気に入ったら、ほかの作品も刊行順に手に取ってみよう。た
だし、シリーズ最初の2作は版元品切れとなっており、新刊書店では手に入らないた
め、図書館や古書店で探してほしい。                  (陽)

1.『モンキーズ・レインコート』田村義進訳/新潮文庫 ISBN: 4102282017
 友人に伴われ、行方不明の夫と息子を探してほしいと依頼にきたエレン・ラング。
おそらく浮気だろうと高をくくりながら調査を始めたコールだったが、夫が射殺体で
発見され、エレンも誘拐されるに及んで、事件には危険な匂いがただよいはじめる。
自立できない女エレンが、子どもを取り戻すため静かな闘士に変身していくさまが印
象的な第1作。励ましながら、それを見守るコールとパイクの姿がいい。  (愛)
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2.『追いつめられた天使』田村義進訳/新潮文庫 ISBN: 4102282025 
 コールは、盗まれた日本のブシドー精神に関する書物〈ハガクレ〉を取り戻してほ
しいという依頼を受けた。ところがそばについていながら依頼人の娘ミミの誘拐を防
げなかったことで解雇され、独自の捜査によって日系ヤクザとの関連性とミミ誘拐劇
の意外な真相を知る。心に深い傷を負ったミミを思い、悪党が死んでも事件の結末に
は少しも満足していないコール。読後にせつない後味の残る作品だ。    (花)
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3.『ララバイ・タウン』高橋恭美子訳/扶桑社ミステリー ISBN: 4594014887
 超有名映画監督のピーターから、行方不明の別れた妻カレンを捜してほしいと依頼
されたコール。だが捜し当てたカレンはピーターなど知らないと言い張り、周囲には
マフィアの影がちらつく。ピーターの大人子どもっぷりがなかなか笑え、かつ考えさ
せられるが、本作で秀逸なのは自分の生き方を貫こうと苦闘するカレン。女性キャラ
クターを生き生きと描き出す著者クレイスの本領が発揮されている。    (陽)
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4.『ぬきさしならない依頼』高橋恭美子訳/扶桑社ミステリー ISBN: 4594021026
 年若い女ジェニファーが、市警に勤める恋人の行動がおかしいので調べてほしいと
コールのもとへやってきた。浮気かと思われたが、調査を進めるにつれて不審な点が
次々に明らかになる。全米を震撼させた92年のロドニー・キング殴打事件を下敷きに
書かれた作品。悪意と憎悪と欺瞞に彩られた事件で、おまけにコールに殺人容疑がか
かるという展開ながら、随所に希望がにじむところがこのシリーズらしい。 (陽)
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5.『死者の河を渉る』高橋恭美子訳/扶桑社ミステリー ISBN: 4594028454 
 舞台はルイジアナの田舎町。生まれてすぐ養子に出された人気女優ジョディ・テイ
ラーから、生みの親のことを知りたいという依頼を受けてやってきたコールは、36年
前に起こった殺人事件と依頼人との関係を知ることになる。南部特有の風景やおいし
そうなケイジャン料理の描写、そしてコールがこの土地でついに理想の女性と出会い
恋に落ちていく様子など、たっぷり楽しめる1冊。            (花)
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6.『サンセット大通りの疑惑』
              高橋恭美子訳/扶桑社ミステリー ISBN: 4594028705
 エルヴィス・コール、テレビ出演でヒーローに――。辣腕弁護士グリーンに雇われ
たコールは、妻殺しの疑いをかけられた実業家の無実を証明するため調査を開始。真
犯人の存在を示す情報をつかんでLAで最も優秀&有名な私立探偵になる。でも、こ
れって策士グリーンの仕掛けた罠なんだよね。もちろんミスター・誠実、コールはき
ちんと落とし前をつけます。ルーシーとの恋の進展も期待してよし。    (板)
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"INDIGO SLAM" by Robert Crais
 Hyperion/1997.06/ISBN: 0786862610

《クレイスの魅力が凝縮された傑作》

 シリーズの7作目、そして最高傑作。コールの事務所に、失踪した父親を捜してく
れという3人の子供が札束持参でやってきた。母親はすでに他界しており、子供だけ
で暮らしているという。長女が15歳でほか2人も幼児ではないけれど、それにしても
問題だ。警察か福祉局に、当然そんな言葉がコールの頭を駆けめぐるが、すったもん
だのあげく、依頼を引き受けることに。子供から金を取るなどコールにはできないの
で結局はタダ働き。子供たちには気の毒なれど、ごくありきたりな失踪事件と考えた
コールだったが、背後には大きなからくりが潜んでいた――シリーズの特色のひとつ
である温かさが最大限に発揮された作品で、そこが最高傑作だと思う所以。子供の描
写も等身大でばっちり。邦訳が出ていないのはあまりにも残念だ。これほど、だれか
れ勧めてまわりたくなる作品はめったにないのだが。
                                (三角和代)

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"L.A. REQUIEM" by Robert Crais
 Bantam/1999.06/ISBN: 0385495838

《試練の時――ロサンジェルスに響く鎮魂歌》

 この作品からシリアスな面が強調されるようになった8作目。これまでの完全1人
称から、3人称も交えた語りへと変化している。なんといっても、本書で注目すべき
はパイクの過去があきらかにされること。きっかけは、トルティーヤ販売があたって
地位を築いた元ギャング、ガルシアが一人娘の行方を捜すよう依頼してきたことだっ
た。この娘カレン、じつはパイクの元恋人。こうしてパイクは過去に引き戻されてい
く。安っぽく聞こえるのは本望ではないけれど、これは涙なくしては読めない。また、
コールも今回はしんどい。これまでにない危険に晒され、恋人ルーシーとのあいだも
不安定に。しかし、地上でどれほど醜いことが行われようとも、ロサンジェルスとい
う街はコールを勇気づけてくれる。秀逸なラストが待っているこの作品は、おもだっ
たミステリ賞のほぼすべてにノミネートされた。
                                (三角和代)

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"THE LAST DETECTIVE" by Robert Crais
 Doubleday/2003.02/ISBN: 0385504268

《エルヴィス・コールの封印された過去》

 エルヴィス・コールは恋人ルーシーの留守に息子のベンを預かった。しかし目を離
した隙にベンは誘拐されてしまう。いたたまれないコールは、現場の様子から犯人が
軍の特殊訓練をつんでいると知りさらに不安になる。そこに犯人から電話がはいり、
事件はコールがベトナムでやっていたことの報いであるという。一方、かけつけたベ
ンの父親でルーシーの元夫リチャードは、コールの少年時代の犯罪歴を持ちだす。ベ
トナムと少年時代、封印した過去を突きつけられて戸惑うコール。コールのことを信
じているというルーシーだが、犯人の狙いがコールである以上、やはりこの事件から
は手をひいてほしいと口にする。それでもじっとしていられないコールは、気力、体
力をすり減らして犯人を追うが、ようやく事件の首謀者を見つけたとき、事件の主導
権は、実行犯でかつて特殊部隊員だった男の手にうつっていた。
 誘拐されてから時間を区切って語られる捜査状況とベン自身の様子、ベトナムでコ
ールが体験した悲劇、そして相棒パイクの視点からの描写などがめまぐるしく転換し、
緊迫した場面の連続に息をつく暇もない。さらに、自分の存在が愛するものを傷つけ、
助けてやりたいという気持ちが拒絶されている現在の状況、そこに呼応して挿入され
るコールの子ども時代のエピソードも切なく、その孤独が胸に迫る。
 前作のジョー・パイクに続き、シリーズ最新の本作でエルヴィス・コールの内面や
過去が明らかになったことで、シリーズがひとつの区切りを迎えたように感じられる。
また、コールを助ける女性刑事として、ノンシリーズの『破壊天使』(講談社文庫)
で活躍したキャロル・スターキーが登場することもあり、クレイス作品のファンなら
必読の1冊といえるだろう。
                                (唐澤涼子)

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■インタビュー ―― 西崎憲さん →こちらへ

■注目の邦訳新刊レビュー
『半身』 "AFFINITY"
 サラ・ウォーターズ/中村有希訳
 創元推理文庫/2003.05.23発行 1060円(税別)
 ISBN: 4488254020

《監獄で出逢った貴婦人と霊媒。ふたりの秘密がもたらす謎に満ちた物語》

 読み終えて一息ついたあともなお、作中の場面にあれこれと思いをめぐらす――す
ぐれた小説を読む愉しみのひとつは、そんなところにもあるだろう。『半身』は、そ
うした愉しみを味わえる小説である。

 1874年のロンドン、テムズ河畔に建つミルバンク監獄。開いた花弁のような六角形
を描くこの巨大な監獄を女囚の慰問のために訪れた貴婦人のマーガレットは、ひとり
の若く美しい女囚、シライナに出逢う。シライナは死者の霊を呼び出すとされる霊媒
で、交霊会のさなかに客に暴力をふるった罪で収監されていた。ほかの女囚とはまっ
たく異なる深い静寂と近づきがたい雰囲気を漂わせるシライナ。彼女に引き寄せられ
るかのように、マーガレットはそれからたびたび監獄を訪れることになる。
 このふたりの出逢いはやがて思いもよらぬ事態へと発展していくのだが、本作の魅
力はストーリーよりもむしろ、ひとつひとつの場面の細やかな描き方にある。たとえ
ば、マーガレットがはじめてシライナの姿をかいまみる場面。菫の花を手にしたシラ
イナの姿は一枚の絵画のようで、冷たい獄舎のなかで異彩を放つ。その姿がマーガレ
ットの眼にいかに神秘的に映ったかをたくみに描くことで、読者もまたシライナへの
興味をかきたてられ、物語のなかへはいりこんでゆく。
 本作は、マーガレットの書く日記と事件前のシライナの日記とが交互におかれる形
をとる。マーガレットの日記のなかでは慰問のようすとあわせて家庭での暮らしぶり
も綴られ、母や妹、死んだ父などの家族のあいだでマーガレットの心が不安定に揺ら
いでいたことがわかる。だが過去のすべてが明るみになることはない。著者ウォータ
ーズは繊細かつ周到な語りを駆使して、いくつかの秘密を残したまま、シライナにひ
かれるうちにマーガレットの心中におきる変化を描き、物語を動かしてみせる。
 この作品では、謎の答えは提示されるものではなく、読者が読みとるもの。最後ま
で物語に身をゆだね、読み終えたら題名の〈半身〉の意味に思いをめぐらす。そんな
ふうに愉しみたい。
                                (影谷 陽)

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『エンジェル・シティ・ブルース』 "INNER CITY BLUES"
 ポーラ・L・ウッズ/猪俣美江子訳
 ハヤカワ・ミステリ文庫/2003.06.30発行 940円(税別)
 ISBN: 4151741011

《新しい警察小説のヒロイン誕生。(盛大な拍手)》

 シャーロット・ジャスティス、38歳、アフリカ系アメリカ人の裕福な家に育つ。兄
の親友への初恋に破れ、傷心をまぎらす猛勉強が幸いし16歳で大学に入学。そこで犯
罪学の教授に恋をし、愛をはぐくみつつ大学院へ進み、結婚。ふたりで研究とフィー
ルドワークに打ち込みつつ、娘をもうける。幸せな生活を切り裂いたのは、シンケ・
ルイスというギャングの放った銃弾だった。夫と娘を同時に失い抜け殻のようになっ
たシャーロットだったが、自分のような不幸な人間を作らせないと奮起し、ロス市警
に入り、やがて市警本部強盗殺人課に抜擢される。そんな中、ロス暴動が勃発する。
 現場へ応援要員としてかりだされたシャーロットは、不審者と揉みあいになり住民
と衝突寸前の警官たちの手から、不審者とされた黒人医師を救出し、ともに医療セン
ターに避難する。最悪の事態を回避したかにみえたが、衝突の現場近くで死体が発見
され、その体の下で医師の財布が見つかる。しかも死体はシンケ・ルイスだった。

 夫と娘をギャングに殺されたというトラウマを抱えながら、排他的、差別的なロス
市警の中でけなげにがんばる主人公。感傷的になりすぎず、毅然と前向きに生きてい
るところがいい。暗いトーンにならないのは、よき理解者に恵まれているからか。励
ましを送る家族、世話好きの隣人、変わらぬ親友、そして再登場する初恋の彼。この
男ゴージャスすぎはしないかとつっこみを入れたくなるのはこちらのひがみだろうが、
恋の行方にも注目させながら、物語はときにお洒落に、ときに深刻に展開していく。

 作者ポーラ・L・ウッズはこの作品で、2000年度のマカヴィティ賞最優秀新人賞を
獲得した。作者のウェブサイトhttp://www.woodsontheweb.com/private/index.htm
には、本の紹介、作者の経歴以外にも、〈Scenes of the Crimes〉というコーナーで
小説に出てくる実在の建物のほか、シャーロットの寝室を飾るコラージュ、ジャカラ
ンダの花などのモチーフも写真で紹介しているので、覗いてみてはいかが。どこに出
てきたか探しながら再読するのも楽しいだろう。
                               (小佐田愛子)

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 ■スタンダードな1冊 ―― 金で買えるもの、金では買えないもの

「…マリオはぼくに百ドル払っている。そして用心棒の義務を果たさなかった…」
(p.140)

『さらば愛しき女よ』 "FAREWELL, MY LOVELY"
 レイモンド・チャンドラー/清水俊二訳
 ハヤカワ・ミステリ文庫/1976.04.30初版 680円(税別)
 ISBN: 415070452X

 ミステリは読んでなくても「タフでなければ生きていけない。優しくないと生きて
いく資格がない」というセリフは、どこかで耳にしたことがあるかもしれない。こん
なキザなセリフをさらりと言ってのける男は、レイモンド・チャンドラーが創造した
ロサンジェルスの私立探偵、フィリップ・マーロウだ。ダシール・ハメットのサム・
スペードと共に、ハードボイルド探偵の代表として、名前が挙げられるフィリップ・
マーロウ。今回は1940年に発表された『さらば愛しき女よ』を紹介する。
 大鹿マロイという男が殺人を犯して逃げ去る場面に、マーロウが偶然居合わすこと
から、物語は始まる。マロイは銀行強盗の罪で8年間服役し、出所したばかりだった。
そして“愛しき女”ヴェルマを探していた。成り行きで、やはりヴェルマの行方を追
うことになったマーロウは、探し当てた彼女の知り合いから、数年前に死んだと教え
られる。その直後リンゼイ・マリオというジゴロ風の男から、マーロウは仕事の依頼
を受ける。しばらく前に奪われた、マリオの愛人の高価な翡翠の首飾りを、強盗団か
ら買い戻すことになったので、ついてきて欲しいというものだった。ところが取引場
所でマーロウは頭を殴られて気を失い、その間にマリオが殺されてしまう。マリオを
守りきれなかったという自責の念から、マーロウは独自に捜査を開始する。
 マーロウという男は、何があってもへこたれず、どんな時でも減らず口をたたくの
をやめない。そして一度行動を始めたら、真相に突き当たるまで追及の手をゆるめる
ことをしない。この姿勢は、現在のハードボイルド系の探偵たちに受け継がれている。
現在の探偵たちと違うのは、頼りになる超法規的な行動を取る相棒がいないことだ。
相棒がいなくても、マーロウは1人で十分戦えるほど強い男だったのかもしれないが、
社会が今より単純だったのも確かだ。
 とはいえマーロウに相棒がいなかったわけではない。『さらば愛しき女よ』には、
鳶色の髪をした魅力的な相棒が登場する。作品の主な舞台となるベイ・シティの元警
察署長の娘、アン・リアードンだ。体に流れる猟犬の血が騒ぎ、頼まれもしないのに、
あちこち首をつっこんでマーロウに情報を持ちこんだり、キスをせがんだりするよう
な現代風の女性だ。もちろん満身創痍で薬漬けにされたマーロウを介抱する、という
優しさも持ち合わせている。最後の方で思わせぶりな場面もあったが、結局2人が友
人以上の関係にはならなかったのは残念だ。
 この本の感想を書くのは難しい。この作品が単にハードボイルドの古典の名作とい
うだけで、21世紀の現在読むと時代遅れでおもしろさのかけらもない、という理由か
らでは、もちろんない。60年以上前の物語であるにもかかわらず、人間の愛と欲望と
いう普遍的なテーマを扱っているために、言葉の問題はともかく、それほど古くささ
を感じることはない。難しさの原因は、最も書きたいと思う場面が事件の結末になっ
ているせいだ。だからここで言えることはあまりない。実際読んでみて、哀切感漂う
ラスト・シーンをぜひ自分自身で味わってみてほしい。
                              (かげやまみほ)

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注:本文冒頭のフィリップ・マーロウのセリフ「タフでなければ……」は、『プレイ
バック』中のセリフを生島治郎氏が訳したもので、誤訳としても有名。参考のために
原文とハヤカワ・ミステリ文庫版の清水俊二訳も紹介しておく。

原文−"If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever gentle, 
I wouldn't deserve to be alive." 

清水俊二訳−「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかっ
たら、生きている資格がない」

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■編集後記■
 関東地方で電力不足が懸念されている今年の夏。突然の停電でパソコンの作業中の
データが消えたら……と考えただけでもぞっとします。停電対策機器を使用するとい
う手もありますが、このためだけに購入するのも躊躇われるし、こまめにバックアッ
プをとり、電力需要ピークの平日午後1時から4時はパソコンの電源を切る、くらい
の消極的な対策でしのぐべきかと頭を悩ませています。
 ▽参考(WPC ARENA/停電対策はどうすればいい? )
http://arena.nikkeibp.co.jp/qa/parts/20030703/105197/

 来月号は夏休みの特別編成により新刊レビューのみのお届けとなります。今年の夏
はできるだけテレビやパソコンから離れ、静かに読書を楽しんで節電に協力するのも
いいかもしれません。                         (ま)



********************************************************************  海外ミステリ通信 第23号 2003年7月号  発 行:フーダニット翻訳倶楽部  発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)  編集人:松本依子  企 画:板村英樹、影谷 陽、かげやまみほ、片山奈緒美、唐澤涼子、      小佐田愛子、清野 泉、中西和美、花田美也子、水島和美、      三角和代、山田亜樹子、山本さやか  協 力:出版翻訳ネットワーク      小野仙内  本メルマガへのご意見・ご感想:  whodmag@office-ono.com http://www.litrans.net/whodunit/bbs/wdlight01/light.cgi  フーダニット翻訳倶楽部の連絡先:whodunit@mba.nifty.ne.jp  http://www.litrans.net/whodunit/index.htm  配信申し込み・解除/バックナンバー:  http://www.litrans.net/whodunit/mag/index.htm  ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2003 Whodunit Honyaku Club ********************************************************************
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