■ 第18号 2003年2月号 ■
〈特集〉        テキサスからの新風、リック・リオーダン
              翻訳書・未訳書レビュー
〈インタビュー〉    伏見威蕃さん
〈注目の邦訳新刊〉   『バルカン超特急―消えた女』『石に刻まれた時間』
〈ミステリ雑学〉    グルメな猫が大好きなメキシコ料理
〈スタンダードな1冊〉 『脅迫』
〈速報〉        MWA賞ノミネート作品発表
 
■特集 ―― テキサスからの新風、リック・リオーダン
 今月は編集部強力プッシュのリック・リオーダンを特集する。先頃ついにデビュー
作が日本でも紹介された期待の作家だ。思わず「ついに」と力がはいるが、1作目か
ら複数のミステリの賞を受賞し、次作以降も本国で刊行されるたびに話題となってき
た注目の作家であっただけに、「待ってました!」の声が各方面からあがっているの
ではないだろうか。

 リオーダンはテキサス州サンアントニオを舞台にした私立探偵のシリーズを書き続
けている。主人公はジャクソン・“トレス(3世)”・ナヴァー、太極拳の使い手で、
チョーサーを愛読し、猫のロバート・ジョンソンと同居している。迷える青年として
登場するトレスはシリーズを追う毎にしっかり地面に根をおろしていく。このトレス
と周囲の人々が織りなす南部らしいしっとりした人間模様、南国のあざやかな花々に
囲まれた立地、メキシコとの国境が近いことを意識させる食文化といった地域性がこ
のシリーズのなによりの特徴だ。また、人物造型が巧みで印象的なキャラクターが多
い。ニューエイジかぶれの若々しい母親、車椅子に乗ったコンピュータおたくの兄、
探偵事務所の誇り高い女ボスなどがいい例だ。リオーダンは好きな作家としてジェイ
ムズ・リー・バーク、ロバート・B・パーカー、ジェイムズ・クラムリー、デニス・
レヘイン、ロバート・クレイス、マーシャ・マラーなどを挙げている。リオーダンの
作品を読めば、なるほど共通するものがあると納得できる。シリーズは現在4作まで
発表されており、それぞれの内容についてはのちほど紹介するとしよう。
 トレス・シリーズには、リオーダン自身の経歴が大きな影響となって表れている。
リオーダンは1964年、サンアントニオ生まれ。テキサス大学で国語と歴史を専攻、い
ったんサンフランシスコに移り、さらに国語と中世文学を研究。帰郷後は一貫教育校
の中等部で教壇に立ち、現在は歴史を教えている。同郷、中世文学への関心はまさに
トレスとシンクロするが、素顔のリオーダンには根無し草めいた部分はなく、いたっ
てまじめな教師のようだ。生徒たちには、自分の本はミドルスクールの生徒にはふさ
わしくないからと、読まないように勧めているそうだ。そのミドルスクールでの体験
が、今年5月に出版予定の新作に反映されている。トレスのシリーズを離れた単発作
品となる "COLD SPRINGS" は過去に苛まれる男を主人公にしたサスペンスだが、問題
児を対象にした矯正学校が登場する。これはリオーダンの教え子にまつわるエピソー
ドから膨らませて書いた話のようで、詳しいところは公式サイトで読める。トレス・
シリーズはその次の作品に予定されているとのこと。今後も探偵物を書き続けてくれ
るよう、期待のニューフェイスに声援を送りたい。

〈著者公式サイト〉http://www.rickriordan.com

〈長篇作品リスト〉

『ビッグ・レッド・テキーラ』   アンソニー賞PB賞・シェイマス賞新人賞受賞
"THE WIDOWER'S TWO-STEP" MWA賞PB賞受賞、シェイマス賞・アンソニー賞PB
             賞候補
"THE LAST KING OF TEXAS" 
"THE DEVIL WENT DOWN TO AUSTIN"  シェイマス賞・アンソニー賞最優秀長編賞候補
"COLD SPRINGS" (2003年4月出版予定、単発作品)

〈短篇作品リスト〉

"A Small Silver Gun" in Mary Higgins Clark Mystery Magazine(1998 SUMMER)
                    1999年度アンソニー賞最優秀短篇賞候補
"The Prized Gentleman" in Ellery Queen's Mystery Magazine(2001 Jul.)
                                (三角和代)
----------------------------------------------------------------------------
『ビッグ・レッド・テキーラ』 "BIG RED TEQUILA"
 リック・リオーダン/伏見威蕃訳
 SHOGAKUKAN MYSTERY/2002.12.20発行 1810円(税別)
 ISBN: 4093562725

《10年ぶりの帰郷はせつなくほろ苦く》

 7月の暑いある日、ジャクソン・ナヴァー、通称トレスは、サンフランシスコでの
調査員の仕事を辞め、生まれ故郷のテキサス州サンアントニオに帰ってきた。大学1
年だった10年前に目の前で父を殺されて以来、一度も足を踏み入れることのなかった
故郷に。
 トレスが帰郷した直接の理由は、かつて結婚まで誓い合った元恋人リリアンから連
絡があったためだが、同時に父の事件の真相を突きとめたいという気持ちもあった。
保安官だった父の射殺事件は、ギャングによる犯行だとか個人的な恨みによるものだ
とかいろいろ取り沙汰され、市警、保安官事務所、FBIが捜査にあたったものの、
その甲斐もなく未解決のままだ。トレスは父のかつての部下の協力を得て体当たりの
調査を開始する。しかし、それと前後してリリアンの行方がわからなくなってしまう。
はからずもふたつの事件を追うことになるトレスだが――。
 冒頭での太極拳の大立ち回りや、トレスのへらず口と下手なジョークは、オーソド
ックスなハードボイルドを予感させるが、本書はそこに、ねっとりした人間関係をか
らめたところに魅力がある。ひさしぶりに戻った故郷で、トレスはなぜか方々から敵
意を持たれ、調査も困難をきわめる。そんな状況でも孤軍奮闘するのでなく、昔の
“ダチ”が手を貸してくれたり、父を慕っていた部下がなにくれとなく面倒を見てく
れたりする。そういう人情に厚いところが、いかにも南部を感じさせ、都会派ハード
ボイルドとは一線を画している。
 タイトルの“ビッグ・レッド・テキーラ”とは、テキーラを甘味の強いビッグ・レ
ッドという炭酸飲料で割る、あるいはそれをチェイサーにするという若者の飲み方だ
そうだ。トレスが「もう二度とあんなものは飲めないだろうと思うが、飲んでみても
いい」(本書p.19)と言っているところを見ると、けっしておいしいものではないら
しい。事件を解明するなかで、トレスは故郷を離れていた10年間の空白を埋め、折り
合いをつけていく。その過程はときに心がちくりと痛み、せつない気持ちにさせられ
る。彼にとってビッグ・レッド・テキーラとは、10年前に一度捨てた故郷の味なのか
もしれない。
                               (山本さやか)
◇アマゾン・ジャパンへ  ◇bk1へ
----------------------------------------------------------------------------
"THE WIDOWER'S TWO-STEP" by Rick Riordan
Bantam Books/1998.05/ISBN: 0553576453

《いまは亡き妻との哀しいラストダンス》

 私立探偵のライセンスを取得するため、トレスは探偵事務所で見習いとして働き始
めていた。その日、フィドル・プレイヤーのジュリーという女性を尾行していたとこ
ろ、ジュリーは何者かに射殺される。トレスはボスにこの件から手を引くよう命じら
れるが、途中で放り出すことを嫌い、独自に事件を調べはじめる。ジュリーは新進カ
ントリー歌手ミランダのバンドメンバーで、ミランダが大手レコード会社との契約の
ために用意したデモテープを盗んだ疑いをかけられていた。また、ミランダのマネー
ジメントを巡って大物エージェントのレスと地元の業界有力者の間で諍いがあり、レ
スの行方が2週間前からわからなくなっていることを知る。ミランダを巡って起きた
と思われたふたつの事件だったが、その裏には大がかりな犯罪が隠されており――。

 カントリーの聖地といえばナッシュビルかもしれないが、テキサスもまごうかたな
きカントリーの本場だろう。そのため、テキサスを舞台とするこのシリーズには、カ
ントリーのアーティストや曲名が随所に現れるが、本作ではその音楽業界自体が事件
の鍵となっている。カントリーは、元々スコットランドやアイルランドからの移民た
ちのあいだで広まった音楽をルーツに持つアメリカの伝統音楽のひとつで、その曲に
は故郷や失われた恋を歌った切なく哀しいものが多いそうだ。作中ミランダの歌う
"THE WIDOWER'S TWO-STEP" も、ミランダの兄ブレントが亡き妻と息子を偲んで作っ
たものだった。その曲をブレント自身が牧場の一角で歌っているのを、トレスが横で
聴いているシーンがある。その歌声がこちらに聞こえないのがもどかしいほど、心に
残る場面だ。
 テキサスほどカントリーの似合う土地はない、とは言い過ぎかもしれないが、この
作品を読むとついそんな風に感じられ、かの地の突き抜けるような蒼い空を思い浮か
べながら、古いアルバムを聴いてみたくなる。ラストには意外な驚きが隠されていて、
ミステリとしての完成度も高く、MWA賞受賞も納得の作品だ。
                                (松本依子)
◇アマゾン・ジャパンへ
----------------------------------------------------------------------------
"THE LAST KING OF TEXAS" by Rick Riordan
Bantam Books/2000.01/ISBN: 0553801562

《教授探偵トレス誕生》

 サンアントニオの街は一大行事である4月のフィエスタを終え、落ち着きを取りも
どそうとしていた。しかし、市内のテキサス大学では騒ぎがもちあがっていた。教授
が射殺死体となって発見されたからだ。奇しくも、同じ中世英文学研究室の前任者が
半年ほどまえに心臓発作で亡くなっている。いずれも死亡のまえに、大学の人種差別
対策への不満を訴えた脅迫状が届いていたため、大学側と市警は次の新任教授にも危
険が迫るのではないかと不安を抱いていた。そこでトレスに白羽の矢が立つ。晴れて
正式の探偵免許を取得しており、英文学の博士号もある。多少の危険があってもうま
いことなにか探りだせる適任者だと考えられたのだ――僕に呪われた教授の椅子に座
れと? トレスは引っかかるものを感じはしたが、もともと教職に関心があったため、
結局依頼を受けて週に数コマの講座をこなしながら事件を調べることになった。当初
は象牙の塔で起こった思想がらみと考えられた事件だが、テキサス南部一帯を牛耳る
カーニバル設備会社との関連も捜査線上に浮かびあがり、トレスに研究室と暗黒街と
を行き来する日々が訪れる。

 中世英文学をやるマッチョな探偵とはなんたる変わり種だと思っていたが、トレス
はとうとう教壇に立つことになった。ミステリ界には、詩人のダルグリッシュ警視
(P・D・ジェイムズ)や、スモレットの論文執筆中の院生探偵ニールくん(ドン・
ウィンズロウ)など、文学の香りがする主人公たちは他にも存在するものの、トレス
は特に意外性に満ちた存在だ。
 唯一、賞とは無縁な作品だが、ミステリとしての仕掛けはシリーズ随一。前作に引
きつづき登場の上司エレイニアを始めとする探偵事務所のメンバーは、トレスの第2
の家族といっても過言ではなく、しっかり脇を固め、アメリカ南部らしい人情味あふ
れる雰囲気を醸し出している。新しいキャラクターも登場し、心に響くせつないセリ
フを残す。本書からハードカバー作家となったリオーダンの円熟味が随所に感じられ
る好作品だ。愉快な兄ギャレットが姿を見せないことは寂しいが、次の作品で弾けた
お兄ちゃんを堪能できる。それにしても、トレスは女運がないようである。やはり君
のパートナーはロバート・ジョンソンしかいなのかも?
                                (三角和代)
◇アマゾン・ジャパンへ
----------------------------------------------------------------------------
"THE DEVIL WENT DOWN TO AUSTIN" by Rick Riordan
Bantam Books/2002.07/ISBN: 0553579940

《兄ギャレットが殺人の容疑者に》

 両足を列車に轢かれて以来の車椅子生活とはいえ、VWの改造ヴァンでジミー・バ
フェットの全米ツアーの追っかけをするトレスの兄ギャレットは、腕のいいコンピュ
ーターソフトのプログラマーだ。久々に兄ギャレットをオーストゥンに訪ねたトレス
は、兄がひと儲けを狙って会社を辞め、友人のジミーとその妻ルビーとともに独立し
たと聞かされる。そんなさなか、ジミーが何者かに射殺され、ギャレットが容疑者と
して逮捕される。トレスは兄の無実を証明するために真犯人を追う。
 といった出だしで、じわじわと真相に迫るいつものリオーダン節も健在。ミステリ
としての面白さも太鼓判なのだが、今回はオーストゥンのトラヴィス湖が舞台になり、
その風光明媚な景観、そしておいしそうなメキシコ料理もたくさん出てきて、そっち
のほうでも楽しませてくれる。そんなわけで、ここでちょっぴり付録を。この作品の
中でメキシコ料理のファヒータをつくるシーンがあったのだが、リオーダンのサイト
でこのファヒータのレシピを公開していたのでご紹介しておく。

+………………………【Garret Navarre's Macho Fajitas】…………………………+
: テキーラを1カップとこのシリーズの定番ビール、シャイナー・ボック1本、:
:ハラペーニョ(瓶か缶のものを汁ごと)4分の1カップ、黒胡椒大さじ1に醤油:
:を4分の1カップとライムジュース4分の1カップを合わせてよく混ぜる。これ:
:でマリネ用の漬け汁のできあがり。(1)牛わき腹肉の切り身を叩いて柔らかく:
:し、先ほどの漬け汁に浸して冷蔵庫でたっぷり2時間以上寝かせる。待っている:
:間はジミー・バフェットのヴィンテージものをかけるとよい。(2)ビールを飲:
:んで待つ。(3)肉をメスキート材の薪でバーベキューにする。(4)ビールを:
:もう1本飲んで待つ。(5)できあがったファヒータを細切りにして、トルティ:
:ーヤに、お好みでグアカモーレ、チーズ、サワークリーム、ピコ・デ・ガヨ(ガ:
:ロまたはガリョとも)などといっしょに乗せる。(6)“男のファヒータ”を食:
:しながらしこたまビールを飲む。そして、テキサスの夜は更ける――。    :
+………………………………………………………………………………………………+

※文中地名 "Austin"(オースティン)は同シリーズの訳書『ビッグ・レッド・テキ
ーラ』に準拠し、「オーストゥン」と表記しました。
                                (板村英樹)
◇アマゾン・ジャパンへ
■インタビュー ―― 伏見威蕃さん →こちらへ

■注目の邦訳新刊レビュー
『バルカン超特急―消えた女』 "THE WHEEL SPINS"
 エセル・リナ・ホワイト/近藤三峰訳
 SHOGAKUKAN MYSTERY/2003.01.10発行 1619円(税別)
 ISBN: 4093564116

《疾走する列車から消えた女性は何処に? ヒッチコック名画の原作》

 国際列車の旅は面白い。言葉も国籍も違う人間が同じ車両に乗り合わせ、つかのま
同じ空間をわかちあう。わくわくするような時間。心ときめく車窓の風景。出逢い。
危険。なんだかスリリングな匂いもする。
 イギリス人の金持ち娘アイリスは、ヨーロッパでのバカンス帰り、ひとり大陸横断
特急に乗り込んだ。向かいの席に座っていたのはミス・フロイと名のる女性。お茶に
誘われ、アイリスは彼女と親しくなる。だが、うたた寝からさめると、ミス・フロイ
は消えていた!
 驚いたことに、同室の乗客たちは、そんな女性は最初からいなかったと言う。車内
の人間も誰一人彼女の存在を信じようとしない。周囲は言葉も通じない外国人ばかり
だ。孤立無縁の中、必死でミス・フロイを捜すアイリスだが――。
 もう10年ほど前の話だ。スイスとドイツとの国境を走る国際列車にひとり乗ってい
た私は忘れられない体験をした。突然警官たちが乗り込んできたかと思うと、目の前
で乗客の男が発砲したのだ。ドイツ語がわからない私は事情がのみこめず、恐怖で生
きた心地もしなかった(後で悪質な密輸者だったと知ったのだけれど)。幸い、隣の
車両にいた日本人が心配して助けにきてくれた時は、本当に嬉しかったものだ。
 だが、アイリスの場合はそうはいかない。頼みの綱のイギリス人たちは口をそろえ
てミス・フロイなどいない、と言うのだ。失踪前の彼女を目にしているというのに。
 本書の面白さは、乗客たち一人一人の勝手な思惑が、皮肉にも謎を深めてしまうと
ころだ。不倫関係のカップル、他人の厄介事に関わりたくない姉妹、病気の息子に早
く逢いたい母親。自分の都合のために嘘をつく乗客たちは、車内で行われている恐る
べき陰謀に荷担しているとも知らず、アイリスとミス・フロイをじわじわと危険に追
いやってゆく。疾走する特急列車の中、果たして二人の運命は?
 ご存じヒッチコックの有名な映画の原作。1930年代の香りとサスペンスにみちた鉄
道ミステリの名作である。ミス・フロイをめぐる謎の真相が映画と同じかどうか?
それは読んでのお愉しみとしておこう。
                               (山田あきこ)
◇アマゾン・ジャパンへ  ◇bk1へ
----------------------------------------------------------------------------
『石に刻まれた時間』 "SET IN STONE"
 ロバート・ゴダード/越前敏弥訳
 創元推理文庫/2003.01.31発行 1000円(税別)
 ISBN: 4488298079

《石造りの家に秘められた謎が、未来の悲劇を呼びおこす》

 愛する妻が崖から転落死するという突然の悲劇にみまわれ、トニー・シェリダンは
茫然自失していた。見かねた妻の妹ルーシーとその夫マットは、しばらくふたりの自
宅に滞在するよう勧める。誘いにしたがって訪れたトニーが目にしたものは、外壁か
ら室内まですべてが円を基調として設計され、見るものに異様な印象をあたえる家だ
った。アザウェイズと呼ばれるこの家で暮らすうちに、トニーは暗い人影や不思議な
夢を見るようになる。やがてこの家で起きた過去の事件を知ったことから、トニーは
ルーシーとマットもろとも、新たな悲劇へと進んでゆく。
 60年前、アザウェイズに住んでいた人々の多くは数奇な運命をたどっていた。夫が
妻を射殺し、その夫の弟はのちに核兵器開発者としてスパイの容疑をかけられ、亡命
という道を歩んだ。こうした過去のエピソードを新聞記事や書籍からの引用というか
たちで巧みに現在の時間に織りこむ手法は、著者ゴダードの得意とするところだ。ま
た、トニーがふと過去の謎に興味をいだいたことからその謎を解明するために行動を
起こさざるをえなくなるという筋書きにも、入り組み、もつれながら先へと読者をひ
っぱっていく、ゴダードならではのストーリーテリングの味わいがある。
 だが本作で他を圧する存在感を放っているのは、ルーシー夫婦の居宅アザウェイズ
である。トニーをはじめアザウェイズにかかわった人々は例外なく、この家での尋常
ならざる体験を口にする。その重く真に迫った描写にはこれまでのゴダード作品にみ
られなかったほの暗さが漂い、思わずこちらまで呑まれてしまいそうな心地がする。
この家を契機として、トニーは自分のもっとも知りたかったひとつの謎の核心へと進
む。そして物語のすべての謎は、アザウェイズを起点としてはじまり、終わる。
 住人の運命は、果たしてほんとうにアザウェイズによって狂わされたのか。むしろ、
人それぞれが内にもつ漠然とした欲望や迷いがはっきりとかたちづくられ、行動に移
される最後のひと押しに、アザウェイズが手を貸しただけなのではないか。過去は変
えられないが、未来にはいくつもの選択肢がある。枝分かれした道筋の岐路に立った
ときにいずれの道をとるか選ぶのは、とどのつまり人でしかない。Otherways という
名が、沈黙のうちにそう語っているように思えてならない。
                                (影谷 陽)
◇アマゾン・ジャパンへ  ◇bk1へ
■ミステリ雑学 ―― グルメな猫が大好きなメキシコ料理
 エンチラーダに関し、ロバート・ジョンソンには一つの手順がある。まず、足で叩
いてトルティーヤをひらく。先に具を食べて、それからトルティーヤにとりかかる。
チーズは最後までとっておく。      (『ビッグ・レッド・テキーラ』p.34)
----------------------------------------------------------------------------
 ロバート・ジョンソンは主人公トレスの愛猫で、メキシコ料理のエンチラーダが好
物だ。もちろん、飼い主のトレスの好物でもあり、久しぶりのガールフレンドとのデ
ートには人気メキシコ料理店にテーブルをとろうと奮闘する。この店、手作りのトル
ティーヤがバスケットに入って出てくるぐらいだから、きっと本格的なメキシコ料理
が味わえるのだろうが、実はアメリカで出されるメキシコ料理は、本来のメキシコ料
理とは違うことが多い。テキサスで生み出されたこの料理は、TEX-MEX(テックス・
メックス)と呼ばれたりもする。
 メキシコ料理というと、頭に浮かぶのは、タコスやブリトー、それにチリ・コン・
カン。アメリカではとても身近なメキシコ料理なのだが、実は TEX-MEX なのだ。た
とえば TEX-MEX のタコスは油でシェル型にぱりぱりに揚げたトルティーヤにチリパ
ウダーで味付けした肉や生野菜を詰めるが、メキシコでタコスというと柔らかいトル
ティーヤにさまざまな具をはさみ、ソースをかけて食べる軽食をさす。チリ・コン・
カンは Chile con Carne を英語読みした料理で、もとは唐辛子と肉の煮込み料理だ
ったはずだが、今では一般的には豆料理として知られている。テキサスの伝統的なレ
シピには豆は使われないのだが、たぶん19世紀に缶詰になりアメリカ全土に普及した
とき、豆を入れるようになったのだろうか。
  TEX-MEX 料理の最大の特徴は、チリパウダーを多用するところにある。チリパウ
ダーはレッドペッパーやチレ・アンチョを主体に、オレガノ、クミン、ディル、ガー
リックなどを配合した調味料だが、メキシコにはないものだ。各種のスパイスをブレ
ンドしたカレー粉が日本独特のもので、本場にはないのと同じことなのだろうか。 
 さてロバート・ジョンソンの好物のエンチラーダの作り方。とうもろこしをひいて
作ったマサという生地を円く薄く伸ばして焼いたトルティーヤを、さっと熱いラード
にくぐらせ柔らかくし、具をはさみ、たっぷりのソースをかけ、チーズや玉ねぎをの
せる。ソースの種類により、さまざまな名前のエンチラーダになる。
 ソースといえば、サルサ・ソースが日本では有名だが、実はサルサというのはスペ
イン語でソースの意なので、これではソース・ソースとなってしまう。いわゆるサル
サ・ソースは、トマト、玉ねぎ、緑唐辛子、シラントロ(香菜)という赤・白・緑の
材料がメキシコ国旗を思わせるところからサルサ・メヒカーナと呼ばれる。またサル
サ・モーレ(モーレソース)は、唐辛子、ごま、アーモンド、各種香辛料、そしてチ
ョコレートと、さまざまな材料が織りなすコクのある複雑な味わいが楽しめる。メキ
シコ料理の奥深さを味わいたいむきには、ぜひ一度お試しあれ。
                               (小佐田愛子)

参考図書
『魅力のメキシコ料理――メキシコ料理の調理技術のすべて』渡辺庸生著 旭屋出版
◇アマゾン・ジャパンへ  ◇bk1へ
『地球の歩き方 メキシコ』ダイヤモンド・ビッグ社
◇アマゾン・ジャパンへ  ◇bk1へ
『竹内海南江のワールドクッキング 中南米編 ダイナミックにメキシカン』ZEST
◇アマゾン・ジャパンへ
『メキシコのわが家へようこそ』黒沼ユリ子著 主婦と生活社
『メキシコ料理 胸さわぎ・腕さばき』佐伯アリシア喜久子著 PMC出版
■スタンダードな1冊 ――
  50歳を過ぎたけど、おじさんは一匹狼でがんばる
『脅迫』ビル・プロンジーニ/高見浩訳/新潮文庫(絶版)
 "HOODWINK" by Bill Pronzini

 ハメットやチャンドラーの次世代であり、等身大の探偵を描くネオ・ハードボイル
ド派の作家プロンジーニ。その代表作《名無しの探偵》シリーズははじめ普通の私立
探偵ものだったが、作品を重ねるごとにプロットが複雑になっておもしろくなり、ど
んどん変貌している。シリーズ6作目で第1回シェイマス賞を受賞した本作は、私立
探偵小説でありかつ密室殺人をあつかった本格ミステリだ。
 警察で15年勤務したあと、パルプマガジンの主人公たちにあこがれて私立探偵業を
はじめた「私」は、もう53歳。大好きなビールの飲みすぎで腹はでているし、最近は
女性にも縁がない。かつてはヘビースモーカーだったが、肺に腫瘍がみつかったので
たばこだけはやめた。仕事にはいつも不自由していて、唯一の趣味、パルプマガジン
の収集だけが楽しみだ。いつものように事務所でパルプマガジンのページをめくって
いると、その作者で友人のダンサーが訪ねてきた。ダンサーはパルプマガジンファン
の大会へ出席するためサン・フランシスコにきたが、盗作をタネにした脅迫状を受け
取ったので調査をしてほしいという。大会会場のホテルにはパルプマガジンのかつて
の人気作家が集まっていて、全員が同じ脅迫状を受け取っていた。ホテル内で「私」
が調査をしていると、内側から鍵のかかった部屋で死体を発見する。密室状態の部屋
の中には死体のほかに、凶器の銃を握りしめている泥酔したダンサーがいた。酔った
いきおいでダンサーは人を殺したのか? 盗作事件の真相は? 密室の謎は? パル
プマガジン全盛期のころの作家たちの人間関係に謎をとく鍵がありそうだ。
 主人公、名無しの探偵「私」は、まじめで律儀だ。不正ははたらかず、依頼人に対
して誠実で、警察への仁義も忘れない。お腹のでた50過ぎのおじさんながら犯人に命
を狙われてもがんばり、この作品では自分より10歳以上年下の女性にときめいたりす
る。脇役たちも主人公と同じだけ年をとりくたびれてきてはいるが、つい応援したく
なるような人物ばかりだ。長年の友人である警官は20年以上連れ添った妻に家出され
て夜も眠れなくてへろへろだし、昔あこがれた女性に再会したダンサーは今でも思い
を断ち切れずに飲んだくれる。何だか情けなくてかっこ悪いが、人間味にあふれた根
がいい人たちだから憎めない。
 作品内にでてくる2つの密室殺人の謎はなかなか手ごわい。作者プロンジーニ自身
がミステリガイドブックを執筆するほどの筋金入りのミステリ・マニアで、その豊富
な知識から生まれた密室トリックだけに、アイディアがよい。そしてこの謎が、物語
を私立探偵小説の枠におさまらないものに仕立てあげている。
 本作以降、《名無しの探偵》シリーズは密室や監禁をテーマにして一段と変貌し、
原作は今も1年に1作程度のペースで出版されている。作品ごとに年を重ねる「私」
はすでに60歳を越え、パソコンが使える助手を雇い現在は一匹狼ではない。
                                (清野 泉)
■速報 ―― MWA賞ノミネート作品発表
 アメリカ探偵作家クラブ(MWA)主催による第57回MWA賞のノミネート作品が
発表された。最優秀長篇賞ほか3部門のノミネートは以下のとおり。受賞作の発表は
5月1日(現地時間)、ニューヨークの〈グランド・ハイアット・ホテル〉における
晩餐会の席上でおこなわれる。

●最優秀長篇賞
 "SAVANNAH BLUES"      Mary Kay Andrews
 "JOLIE BLON'S BOUNCE"    ジェイムズ・リー・バーク
 『シティ・オブ・ボーンズ』 マイクル・コナリー/古沢嘉通訳/早川書房
 "WINTER AND NIGHT"     S・J・ローザン
 "NO GOOD DEED"       マンダ・スコット

●最優秀処女長篇賞
 "SOUTHERN LATITUDES"    Stephen J. Clark
 "THE BLUE EDGE OF MIDNIGHT" Jonathon King
 『ジェットスター緊急飛行』 カム・マージ/戸田裕之訳/ヴィレッジブックス
 "BUCK FEVER"        Ben Rehder
 "OPEN AND SHUT"       David Rosenfelt

●最優秀ペイパーバック賞
 "BLACK JACK POINT"     ジェフ・アボット
 "THE NIGHT WATCHER"     ジョン・ラッツ
 "OUT OF SIGHT"       T・J・マグレガー
 『黒蝶』          グレアム・マスタートン/
                        務台夏子訳/ハヤカワ文庫NV
 "PRISON BLUES"       Anna Salter

●最優秀短篇賞
 "The Murder Ballads"     ダグ・アリン (EQMM/March 2002)
 "To Live and Die in Midland, Texas"
               クラーク・ハワード (EQMM/Sept-Oct 2002)
 "Rumpole and the Primrose Path"
               ジョン・モーティマー (The Strand)
 "Angel of Wrath"      ジョイス・キャロル・オーツ (EQMM/June 2002)
 "Mexican Gatsby"      Raymond Steiber (EQMM/March 2002)

 その他の部門については以下のサイトを参照してほしい。
 http://www.mysterywriters.org/awards/2003_edgar_nominees.html
                                (影谷 陽)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
■編集後記■
 わがフーダニット翻訳倶楽部が待ち望んでいたリック・リオーダンの邦訳がとうと
う刊行されました。未訳の最新作までどーんとご紹介しましたので、テキサスの香り
たっぷりの新鮮なハードボイルドをぜひご堪能ください。3月号では、特集「ミステ
リと街」シリーズ・ニューヨーク編をお届けします。           (片)


********************************************************************  海外ミステリ通信 第18号 2003年2月号  発 行:フーダニット翻訳倶楽部  発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)  編集人:片山奈緒美  企 画:板村英樹、大越博子、影谷 陽、かげやまみほ、唐澤涼子、      小佐田愛子、清野 泉、中西和美、松本依子、水島和美      三角和代、山田あきこ、山本さやか  協 力:出版翻訳ネットワーク      小野仙内  本メルマガへのご意見・ご感想:whodmag@office-ono.com  フーダニット翻訳倶楽部の連絡先:whodunit@mba.nifty.ne.jp  http://www.litrans.net/whodunit/  配信申し込み・解除/バックナンバー:  http://www.litrans.net/whodunit/mag/  ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2003 Whodunit Honyaku Club ********************************************************************
2003年目次へ戻る

海外ミステリ通信  フーダニット翻訳倶楽部
 


Copyright (c) 2003 Whodunit Honyaku Club. All rights reserved.