『ビッグ・トラブル』 "BIG TROUBLE"
デイヴ・バリー/東江一紀訳
新潮文庫/2001.08.01発行 629円(税別)
ISBN: 4-10-222321-5
ホームレスのパギーはフロリダが気に入っていた。気候がいいのはもちろん、たま
にちょっとした力仕事を手伝うだけでいつでもビールを飲ませてくれるバーもある。
そのうえ、とある豪邸の庭にある木の上に、気持ちのいいねぐらまで見つけたのだ。
ところがある日、パギーがいつものように樹上のねぐらにいると、その豪邸に銃を
持ったふたりの男が忍び込んできた。しかもその直後にもうひと組、やはり銃を持っ
たふたりの男が忍び込んでくるではないか! はたして男たちの目的は? 食欲の塊
のような犬や図太いヒキガエル、果ては核爆弾まで登場して、事件はとほうもない方
向へ進んでいく。
著者のデイヴ・バリーは有名なユーモア・コラムニスト。彼のコラムは、一見事実
に即しているようで徐々に脱線し、どこまでが事実でどこからフィクションかわから
ない世界で読者を煙に巻いてしまう。そんな著者が初めて挑戦した100パーセントフィ
クションである本書では、「即する事実」がないぶん果てしなく脱線が続き、次々に
現れる人物を巻き込んで壮大なおおぶろしきが広がっていく。野放図に広がったスト
ーリーは最後できっちり辻褄が合っているのだが、それすら著者一流の手に乗って煙
に巻かれたのではないかと思ってしまう。冒頭の“謝辞と警告”から、笑いのスイッ
チがオンになること請け合いの痛快爆笑ノヴェル。
(中西和美)
「ペカン・パイは何といっても私の大好物で、冬場は思う存分食べることにしている
が――からだの線を隠してくれるバルキーセーターは何のためにあると思う?――ス
ーの店のパイはおいしいとはいっても、叔母のゼルのに比べたら、足元にもおよばな
い。それに、私は誰かほかの人間が作ったパイで、五百カロリーを余分に摂取したり
はしない。」
(『密造人の娘』マーガレット・マロン著/高瀬素子訳
/ミステリアス・プレス文庫 p.40より)
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海外ミステリ愛読者のみなさんなら、こんなふうに登場するペカンパイにお気づき
でしょう。ペカン(pecan、ピーカンとも)は北米原産のクルミ科の木で、おもに米中
部・南部からメキシコに見られます。クルミを細長くしたような赤茶色のペカンナッ
ツを使ったパイは、パンプキンパイなどと並ぶアメリカの母の味。ただし、日本人に
はかなり甘め。この甘さに挑戦したい方のために、レシピをご紹介しましょう。
《ペカンパイの材料》直径18cmのパイ皿用
パイ生地
(薄力粉 120g/無塩バター 85g/塩 2g/冷水 40cc)
フィリング
(卵 1個半/グラニュー糖 3分の1カップ/バニラビーンズ 少々/塩 少々
溶かしバター 40g/ペカンナッツ 1カップ/水飴 100g/ラム酒 少々)
《パイ生地の作り方》
(1)台の上に薄力粉と塩をふるう。
(2)この上に、よく冷やしておいたバターをサイコロ状に切って散らし、全体をよ
く切り混ぜる。さらさらになったら、台の中央に集め、少しずつ冷水を加えて
混ぜる。
(3)全体がしっとりしたら、ラップで包み、冷蔵庫で1時間ほどねかす。
(4)生地を打ち粉をした台の上で型よりも大きめにめん棒で伸ばしたあと、型に敷
き、はみ出た分は切り落とす。底面にフォークで空気穴を開けておく。
《フィリングの作り方と仕上げ》
(1)卵、グラニュー糖、バニラビーンズ、塩、バター、水飴をよく混ぜる。
(2)ピカンナッツを加えて混ぜてから、お好みでラム酒をたらし、パイ皿に流し入
れる。
(3)180度のオーヴンで40分程度焼く。途中で焦げてきたら、温度を低くするか、パ
イの上にアルミホイルをかぶせよう。
(4)きつね色に焼けたら、オーヴンから出す。よく冷ましてできあがり。
(片山奈緒美)
このコーナーでは、過去に出版された翻訳ミステリの中から、ぜひ読んで欲しい定
番の作品を紹介します。
今回取り上げる作品は……。
"THE DAUGHTER OF TIME" by Josephine Tey
『時の娘』ジョセフィン・テイ著 小泉喜美子訳 ハヤカワ文庫
出版から半世紀たった今も、日本や英米で読みつがれている『時の娘』を、故アン
ソニー・バウチャーは「全探偵小説におけるベストのひとつ」と評した。しかし半世
紀前の作品のため差別的な表現が見られるし、日本人に馴染みの薄いイギリス史を扱
っているので、とっつきにくいかもしれない。また翻訳も30年前のものなので、表現
の古さも否めない。だがそれを差し引いたとしても、お勧めしたい作品である。面白
さの秘密は2つ。1つめは主人公の設定。主人公のグラント警部が事故で足を骨折し、
ベッドから動くことができない究極の安楽椅子探偵として登場することだ。2つめは
シェークスピアが戯曲化し、日本人でさえ知っている歴史的事実に疑問を呈したこと
だ。リチャード3世といえば、兄王の2人の王子をロンドン塔に幽閉して殺害し、王
位を奪った悪名高き人物である。だがグラントはそれに疑問を抱く。
グラントは顔を見れば、その人物が悪人かどうかすぐに区別がつくという才能の持
ち主だった。暇つぶしに肖像画を見ていた彼の目には、リチャード3世が悪人には映
らなかった。そして疑問が膨らんだ彼は入院中の退屈しのぎに、ロンドン塔の事件の
調査をしようと考える。彼は助手となったキャラダイン青年に当時の資料を探すよう
依頼し、それを元に事件を洗いなおす。はたしてグラントが出した結論は? それは
実際、本を手にとって確かめてもらいたい。
【ミニ情報】
埋もれた古典ミステリを翻訳する最近のブームの中で、ジョセフィン・テイの初期
作品『ロウソクのために一シリングを』が、今夏ハヤカワ・ミステリから発売された。
(かげやまみほ)
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■編集後記■
創刊号はいかがでしたか。編集部では、今年のバウチャーコン新人賞ノミネート作
家のうち、Bob Truluck や Chris Larsgaard が有力株と予想しています。受賞作の発
表をお楽しみに! 来月号ではデニス・レヘインを特集します。 (片)