■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■              月刊 海外ミステリ通信           第30号 2004年2月号(毎月15日配信) ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ★今月号の内容★ 〈特集〉        日本が舞台の翻訳ミステリ 〈注目の邦訳新刊〉   『シャッター・アイランド』『最期の声』ほか2点 〈黒猫フーダの散歩道〉 ケイ・スカーペッタになりそこねた日 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  ■特集 ―― 日本が舞台の翻訳ミステリ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  イチローやマツイといった野球選手が、アメリカの大リーグであたりまえのように 活躍し、ポケモンが多くの国で受け入れられ、『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞 の長編アニメ賞を受賞する。かつて「東洋の神秘の国」と呼ばれ、ふた昔ほど前には 「顔の見えないふしぎの国」と言われた日本だが、今では神秘でもふしぎでもなんで もない普通の国になったようだ。ミステリの世界でも、日本で暮らしたことのある海 外の作家が、あたりまえのように日本を舞台にした作品を書くようになってきている。 ということで、今月の特集のテーマは「日本を舞台にした翻訳ミステリ」だ。  毎年のように作品がアガサ賞にノミネートされる、スジャータ・マッシーのレイ・ シムラのシリーズ。バリー・アイスラーの、日米ハーフの殺し屋ジョン・レインが活 躍する、シリーズ2作目の『雨の影』。アイザック・アダムスンの、東京のアンダー ワールドを舞台にしたちょっと変わったハードボイルド、『東京サッカーパンチ』。 日本人女性とイギリス人男性の2人の視点から描いた、スザンナ・ジョーンズの『睡 蓮が散るとき』。今回はこの1つのシリーズと3つの作品を取りあげる。  今回は取り上げないが、他にも日本を舞台にしたちょっと変わったシリーズがある ので、紹介しておこう。Laura Joh Rowland のサノ・イチロー・シリーズは、与力の サノ・イチローが活躍する、元禄時代の江戸を舞台にしたミステリだ。ハメット賞に もノミネートされた、1994年のデビュー作 "SHINJU" から現在まで8作が出版されて いる。4月には9作目の "THE PERFUMED SLEEVE" が発売になるなど、本国アメリカ ではおおむね好評のようだ。作者の Rowland は大学でアジア史を勉強していたらし く、きっちり真面目に勉強して書いているので、名前や人への呼びかけ方などにやや 違和感があるかもしれないが、日本人でもそれほど抵抗なく読めるはずだ。  この記事を書いている間に、桐生夏生の『OUT』が、アメリカ探偵作家クラブ主 催のMWA賞最優秀長編小説賞にノミネートされた、というニュースが飛び込んでき た。野球やアニメや映画だけでなく、日本のミステリも海外できちんとした評価を受 けるようになったのは、本当にうれしいことだ。                               (かげやまみほ) ---------------------------------------------------------------------------- 『雨の影』 "HARD RAIN"  バリー・アイスラー/池田真紀子訳  ヴィレッジブックス/2004.1.20発行 800円(税別)  ISBN: 4789721825 《陰謀渦巻く魔都東京に暗躍する、孤独な殺し屋》  ちょうど2年前、世界に先駆けて日本で訳書が発売され話題になった『雨の牙』に 続く、シリーズ2作目である。日米ハーフの殺し屋ジョン・レインは、前作での事件 にけりをつけて大阪に潜伏していたが、腐敗した日本社会の改革を目指す警察庁部長 タツからある暴力団幹部の暗殺依頼を受け、東京に戻ってきた。与えられた指示は、 いつもどおり自然死に見せかけること。そんな彼の行方を、日本政界の裏の実力者と 関わりを持つCIAが追う。  レインは1952年生まれ。子ども時代を日本とアメリカで過ごし、自分の居場所はそ のどちらにもないと感じた彼は、高校卒業後まもなく自ら志願し従軍したベトナムで 心に深い傷を負い、いつ死んでもいいと思いながら傭兵として世界中を放浪する。戦 争を自分の行動すべての基盤にして生きてきた末、流れ着いたのが東京だった。  舞台が東京といっても、「外国人が描く日本」にありがちな不自然さはまったくな い。それどころか東京にそれほど詳しくない者にとっては、美しさも醜さも兼ね備え た東京の魅力満載で、次に訪れたときはここに行ってみよう、あそこにも行ってみよ うという気にさせられる。3年ほど日本で暮らした経験を持つ作者ならではの、東京 への愛着や日本文化への深い理解を感じさせる描写があちこちに見られる。  常に自分なら自分をどこで待ち伏せるか、どうやって殺すかと考えて、しつこいほ ど周囲に目を光らせながら生活するレイン。他人との深い関わりはその鉄壁の防御の 綻びとなって、陰の世界で生きる彼の存在を敵に知らせかねない。それでもなお情を 交わした女性や協力者であるハッカーの友人への思いを断ち切れないという面が、彼 の欠点でもあり魅力でもある。物語の舞台が東京から世界各地へ移るという次作で、 ジャズとシングルモルトウイスキーの似合うレインに再会できる日が待ち遠しい。                                (花田美也子) ▽バリー・アイスラーの公式サイト http://www.barryeisler.com ▽アイスラーとミステリ評論家茶木則雄氏とのトークショー採録 http://www.webdokusho.com/kikaku/amekiba.htm ◇アマゾン・ジャパンへ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789721825/bookswhodunit-22/ref=nosim ◇bk1へ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-bkswhod00154&bibid=02401284 ---------------------------------------------------------------------------- 『睡蓮が散るとき』 "WATER LILY"  スザンナ・ジョーンズ/阿尾正子訳  早川書房/2003.11.30発行 1600円(税別)  ISBN: 4152085290 《じわじわと迫ってくる恐怖》  高校教師の留奈は、教え子とラブホテルから出てくる写真と共に「殺してやる」と いう脅迫状を何者かから受け取った。恐ろしくなった彼女は、昔の知り合いを頼りに 中国へ逃げようとする。一方理想の花嫁を求めて日本に来ていたイギリス人のラルフ は、紹介所で紹介されたどの女性にも満足できず、インターネットで知り合った女性 に会うため中国へ渡ろうとしていた。同じフェリーに乗り合わせた留奈とラルフは、 乗客同士の喧嘩に関わったことから言葉を交わすようになる。そしてフェリーという 非日常的な空間で顔を合わせるうち、2人は現実と妄想の境界へと入り込んでいく。  読み進むにつれて、背筋がぞくぞくとしてきた。恐ろしい犯罪が、表現力豊かに描 かれていたわけではない。反対に犯罪が起きたというはっきりとした記述は、最後ま で出てこない。語り手の断片的な話から、過去に起きただろう犯罪が、しだいに形を なしてくるだけだ。そのことでかえって想像力が働き、強い恐怖を感じたのだろう。 最近ではあまり使われなくなった「スリラー」という言葉が、しっくりとくる作品だ。  作者のジョーンズは、演劇を学んでいた大学時代に能などの伝統文化に触れ、日本 に興味を持つ。これまでに3度来日し、合計5年ほどの滞在期間中に英語教師などを して暮らしていた。その経験を元に書いたのが、東京を舞台としたデビュー作の『ア ースクエイク・バード』だ。2作目である本作も、後半は中国へ渡る船の中だが前半 は日本が舞台になる。2作品とも舞台となる日本の記述や日本人の人物設定などに違 和感がなく、読んでいくうちに作家がイギリス人ということを忘れるほどだった。そ してどちらからもジョーンズが日本で暮らしていた間、どれほどこの国に馴染んでい たかを窺い知ることができる。                               (かげやまみほ) ◇アマゾン・ジャパンへ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152085290/bookswhodunit-22/ref=nosim ◇bk1へ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-bkswhod00154&bibid=02384723 ---------------------------------------------------------------------------- 『東京サッカーパンチ』 "TOKYO SUCKERPUNCH"  アイザック・アダムスン/本間有訳  扶桑社ミステリー/2003.04.30発行 914円(税別)  ISBN: 4594039413 《不思議の国日本、クレイジーな街東京》  雑誌〈アジアの若者〉の記者で日本通のビリー・チャカが、身体障害者国際武術大 会の取材のためアメリカから東京にやってきた。取材の合間に友人の日本人映画監督 と会うために渋谷の居酒屋で待っていると、そこで暴力団員風の男たちに追われてい る美女と出会う。大の芸者好きで、一目でその美女を芸者と見抜いたチャカは、逃げ た美女の行方を追う。また待ち合わせ場所に来なかった映画監督は自宅で起きた火事 で焼死していて、その死にも不審をいだいたチャカは、死ぬ直前の監督の行動につい ても調べはじめる。  本書ではいかにもありそうな日本と、絶対にあり得なさそうなハチャメチャな日本 とが描かれている。京都のお茶屋のおかみ、原宿にたむろする暴走族、街頭でうるさ いほど演説を繰り返している右翼など伝統的な日本と現代日本の描写があったと思っ たら、アメリカ人俳優の看板が秘密の出入り口になっている自動車メーカーYOTA YOの経営する接待用ラブホテルや、薄い壁のなかに用心棒3人を隠している恵比寿 の探偵事務所が登場したりして、「こんなの日本じゃないぞ」と茶々を入れたくなる 場面も多数でてくる。  また、登場人物はみな「典型的な日本人」という概念をひっくり返すほど個性豊か で、それぞれについて別の物語が書けるのではないかと思えるほどしっかりしたキャ ラクターが作られている。成田闘争で有罪になった元過激派で爆弾物の専門家、YO TAYOのラブホテルで用心棒をしている元相撲取り、地震が大嫌いで地震が起きそ うな時間はヘリで空中を浮遊している暴力団組長など、数えあげるときりがない。  とにかく、ひとつひとつの場面や細かいネタがあまりにくだらなすぎて、だからか えっておもしろく、安っぽいB級映画を見ているような楽しさがある。本書の続編と して "HOKKAIDO POPSICLE" と "DREAMING PACHINKO" がすでに刊行されている。今度 はどんな大風呂敷をひろげているのか、こちらも読むのが楽しみだ。 (清野 泉) ▽著者アイザック・アダムスンの公式サイトはこちら。 http://billychaka.com/                                  ◇アマゾン・ジャパンへ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4594039413/bookswhodunit-22/ref=nosim ◇bk1へ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-bkswhod00154&bibid=02317457 ---------------------------------------------------------------------------- 『雪 殺人事件』 "THE SALARYMAN'S WIFE"  スジャータ・マッシー/矢沢聖子訳  講談社文庫/2000.07.15発行 895円(税別)  ISBN: 4062649063 『月 殺人事件』 "ZEN ATTITUDE"  スジャータ・マッシー/矢沢聖子訳  講談社文庫/2003.10.15発行 733円(税別)  ISBN: 4062738716 《人も美術品もちょっと見ただけでは、本当のところはわかりません》  日本で英会話講師の経験もあるスジャータ・マッシーが書くレイ・シムラのシリー ズ。最初の2作は邦訳されている。  日系アメリカ女性レイ・シムラは父の故郷である日本の美術品に惚れこんで日本に やってきた。美術館への就職はかなわなかったが、英会話クラスの講師をして慎まし く暮らしながら、民芸品や古美術を収集して楽しんでいた。外見は日本人にもかかわ らず、漢字がほとんど読めないというシムラの経済事情は厳しい。白人で金髪の友人 がモデルの仕事で大金を稼ぐ様子を横目で見ながら、地道に漢字の勉強を続けていた。 そんな彼女の生活が、休暇で訪れた温泉宿で大きく変わる。殺人事件に巻きこまれ、 大企業の顧問弁護士であるヒュー・グレンディニングと恋に落ち、記念に買った民芸 品が後に大金をもたらしたのだ。これを元手にしてシムラはフリーで骨董美術のディ ーラーとして仕事をはじめることとなる。事件の顛末とヒューとの衝撃の出会いは第 1作の『雪 殺人事件』をご覧いただきたい。 『月 殺人事件』の冒頭、骨董ディーラーとなったシムラが依頼された佐渡箪笥を探 しあぐねていた。ようやく見つけた代物も、届けられてみれば、金具が取り替えられ た偽造品とわかる。すでに代金は現金で支払い済み、悪徳業者は姿を消し、依頼主に 引き渡せない箪笥が手元に残った。ヒューが箪笥を買いとろうと申し出てくれるが、 ずっと経済的に厄介になっている自分が許せず、素直に応じることができない。何も かもうまくいかないと落ちこむシムラの周囲で、さらに妙なことが起こりはじめた。  シムラは見た目も話す言葉もまるで日本人のようだが、中身は独立心が強く、恋人 ヒューに対してあらゆる面で対等でありたいとするアメリカ女性である。昨年夏に発 表された第6作 "THE SAMURAI'S DAUGHTER" でもヒューが活躍するらしいが、ふたり の関係がこれからどう変わるのかと興味深い。そしてそんなアメリカ女性の視点で語 られる日本は、わたしたちの知るこの日本とは少し違うような気がする。「ちょっと 違うよね」と苦笑いしたいところもあるが、「こんなこともあるのだなぁ」と教えら れることも多い。とくに日本の美術品については教えられることばかりだ。事件の謎 解きもさることながら、忘れがちな日本の美に触れる。そんなことも楽しみたい。                                 (唐澤涼子) ◇アマゾン・ジャパンへ 『雪 殺人事件』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062649063/bookswhodunit-22/ref=nosim 『月 殺人事件』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062738716/bookswhodunit-22/ref=nosim ◇bk1へ 『雪 殺人事件』 http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-bkswhod00154&bibid=01905451 『月 殺人事件』 http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-bkswhod00154&bibid=02372353 ---------------------------------------------------------------------------- "THE FLOWER MASTER" by SUJATA MASSEY HarperCollins Publishers/1999/ISBN: 0061097349 "THE FLOATING GIRL" by SUJATA MASSEY HarperCollins Publishers/2000/ISBN: 0061097357 "THE BRIDE'S KIMONO" by SUJATA MASSEY HarperCollins Publishers/2001/ISBN: 0061031151 《古くて新しい国、ニッポン》 「私は向かいの席に座る、“日比谷線タイプ”と名づけた20代の素敵なビジネスマン に目を奪われた。だが、彼が最新号の『ジャンプ』を広げたとたん、幻想は崩れ去っ た」("THE FLOWER MASTER" より)  かつて外国人に日本語を教えていたとき、一人の学生が「面白いからぜひ読んでみ て」と一冊の本を見せてくれた。"THE SALARYMAN'S WIFE" という印象的なタイトル の本、それがレイ・シムラシリーズとの出逢いだった。その後、『雪 殺人事件』と して出版された邦訳を読み、なんだか2時間サスペンスドラマみたいだなあ、と思い ながらもユニークな日本の描写が長く心に残った。  そして、今回、未邦訳の3作品を読んだ。すっかり惹きこまれてしまった。ミステ リとしても面白かったが、それ以上に主人公レイの魅力と日本の描写に魅せられた。  レイは日本人の父とアメリカ人の母をもつ日系ハーフだ。東京の下町、谷中に住み ながら、フリーの骨董ディーラーとしてなんとか自活している。外見は普通の日本女 性、生け花を嗜み和服だって着こなす。日本での生活は戸惑うこともしばしばだが、 持ち前の陽気さと負けん気で乗り越えてしまう。そして、ひとたび事件に巻き込まれ るや、素人ながら、英米の女探偵も顔負けの行動力とタフさで立ち向かう。華道界が 舞台の第3作 "THE FLOWER MASTER" では、カリスマ生け花講師殺害の容疑をかけら れた伯母ノリエの無実を証明しようと犯人捜しに奔走する。第4作 "THE FLOATING GIRL" では、アニメの同人誌作家の死の謎を追って、マンガ喫茶やコミケ、ホストク ラブにも単身潜入し、事件を見事解決に導く。ときに突っ走りすぎて危険な目に遭っ たりもするのだが、不思議な強運の持ち主なのだ。  そんなレイの眼を通して描かれる現代日本と日本人の姿は、等身大でリアルだ。電 車内でマンガに読みふけるサラリーマン、携帯片手に六本木や渋谷の街に集う若者た ち。バスで乗り合わせた“オバタリアン”や、アニメのコスプレに興ずるオタクの姿。  一方、花見や骨董市、下町といった昔ながらの日本の情景や、レイが扱う昭和初期 の着物や花器についての魅力的な描写は、日本人でありながら忘れかけていたわが国 の美しさを再認識させてくれる。古き良き時代と混沌の現代の間をさまよう日本、作 者マッシーは、そんな日本の姿に、二つの祖国のはざまで常に行きまどうレイの姿を 重ねあわせているのかもしれない。  第5作 "THE BRIDE'S KIMONO" では、舞台はレイの故郷アメリカに移る。ワシント ンの美術館から江戸時代の花嫁衣裳のレクチャーの依頼を受けたレイ。彼女のキャリ アに転機が訪れるかと思われたが――。かつての恋人ヒューと再会し、現在の恋人タ ケオとの間で揺れ動くレイの女心も読みどころだ。  本を閉じた今、このシリーズの存在を教えてくれた日系ハーフの学生が、レイの姿 に重なって懐かしく思い出される。今はもうアメリカに帰ってしまった彼女はどうし ているのだろう。                                (山田亜樹子) ◇アマゾン・ジャパンへ "THE FLOWER MASTER" http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0061097349/bookswhodunit-22 "THE FLOATING GIRL" http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0061097357/bookswhodunit-22 "THE BRIDE'S KIMONO" http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0061031151/bookswhodunit-22 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  ■注目の邦訳新刊レビュー ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『シャッター・アイランド』"SHUTTER ISLAND"  デニス・ルヘイン/加賀山卓朗訳  早川書房/2003.12.15発行 1900円(税別)  ISBN: 4152085339 《袋とじの中には、まさに「衝撃の結末」が隠されている》  ボストン沖のシャッター島にあるアッシュクリフ病院には、精神を病んだ凶悪犯が 収容されている。そこからひとりの女性患者が失踪したため、連邦捜査官のテディ・ ダニエルズは新しくパートナーになったばかりのチャック・オールとともに島へ向か った。  問題の女性患者は、施錠された病室と警備の厳しい病棟からどうやって抜けだした のか? 女性が病室に残した謎めいた暗号の意味は? 非協力的な病院スタッフの不 可解な言動のわけは? おりしも島には嵐がせまり、外界との通信手段もとだえてし まう。数々の難局に直面しながら女性の行方をさがすテディだが、実は彼にはこの島 を訪れたもうひとつの理由があったのだ……。  なにせ〈袋とじ〉である。そこまでして隠したかった〈衝撃の結末〉とはなんなの か。それなりの覚悟を固めて読んだにも関わらず、このラストには仰天した。  孤島、密室、暗号と、あたかも本格ミステリを思わせるような要素が次から次へと 登場し、パトリック&アンジー・シリーズ(角川文庫/鎌田三平訳)や『ミスティッ ク・リバー』(早川書房/加賀山卓朗訳)との雰囲気のちがいに戸惑うことしきり。 しかも、本格ミステリのつもりで推理をめぐらせながら読んでいると、妙に煙に巻か れているような居心地の悪さがあるのだ。だが、あっと驚く結末を迎えたとたん、そ れまでの胸のつかえが一気に解消し、もう一度最初から読みなおしたくなる。結末を 知ってから読むと、著者がこの作品にこめた意図がそこここに垣間見え、あたかも別 の作品を読んでいるように新たな楽しみ方ができるだろう。  心の闇を描かせたら第一人者のルヘインが編みだした挑戦的な新機軸。著者自身が 「悪評を期待している」と述べている本書に、あなたはどんな判定をくだしますか?                                 (中西和美) ◇アマゾン・ジャパンへ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152085339/bookswhodunit-22/ref=nosim ◇bk1へ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-bkswhod00154&bibid=02392133 ---------------------------------------------------------------------------- 『最期の声』 "DIAMOND DUST"  ピーター・ラヴゼイ/山本やよい訳  早川書房/2004.01.15発行 1900円(税別)  ISBN: 4152085401 《妻を殺された男の悲しみと怒り、そして犯人追跡へ執念の物語》  3年ぶりにでたダイヤモンド警視シリーズ7作目の本書で、最悪の事件が起きる。 ダイヤモンドの妻ステファニーが殺されるのだ。  上司と対立して警察を退職し、ロンドンでデパートの警備やスーパーのカートを片 づける仕事も経験したダイヤモンドだったが、バースに戻って復職してからは充実し た日々を送っていた。精力的に働いてすばらしい推理力で難事件を次々と解決し、警 察官としての確固たる地位を築いていた。昔気質で頑固、短気で気むずかしい性格は 相変わらずだが、周りからは一目おかれていた。そしてダイヤモンドが逮捕した町の マフィアに対し終身刑の判決が下された翌日、ステファニーが何者かに銃殺される。 茫然自失になり深い悲しみに沈んだダイヤモンドだったが、自分が警官だったために ステファニーの命が奪われたのだと信じ、何としてもステファニーを殺した犯人を見 つけだそうと決意する。しかし被害者の夫ということで捜査の担当からはずされ、お まけに凶器と思われる銃がダイヤモンド家の敷地内で発見されると、有力な容疑者と して取り調べを受けることになってしまう。ダイヤモンドがこれまでに扱った事件、 そしてステファニーの過去を調べるうちに意外な真実が見えてくる。  ステファニーの突然の死は、本シリーズを愛している読者にとってもつらい設定だ。 トラブルメーカーで自分勝手ではあるが、まがったことが大嫌いなダイヤモンドとい う人間の価値を認め、どんなときも夫をささえ励まし、明るく誰からも愛されていた ステファニーが、一体なぜ殺されなければならなかったのか。仲むつまじく見えた夫 婦だったのに、ダイヤモンドも気がつかなかった問題があったのだろうか。「なぜス テファニーは殺されたのか」という謎が、読者を惹きつける一番の魅力だろう。  さて今月の特集との関係でいうとダイヤモンドも日本を訪れたことがある。シリー ズ2作目の『単独捜査』で犯人を追って来日し両国や横浜に行っているのだ。相撲部 屋をたずねたり、横須賀線に乗って移動したり、相撲の力士と一緒に犯人を逮捕した りしていろいろな日本の光景を見せてくれている。                                 (清野 泉) ◇アマゾン・ジャパンへ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152085401/bookswhodunit-22/ref=nosim ◇bk1へ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-bkswhod00154&bibid=02399542 ---------------------------------------------------------------------------- 『雨が降りつづく夜』 "UNQUIET NIGHT"  パトリシア・カーロン/沢万里子訳  扶桑社ミステリー/2003.12.20発行 857円(税別)  ISBN: 4594042422  マートはついかっとなって若い娘の首を絞め、湖に投げ捨てた。誰も見ていないは ずだった。だが、帰りぎわ、現場に子連れの女がいたことに気づき、マートはパニッ クに陥った。あの女を見つけて始末しなくては。降りしきる雨の中、ずぶぬれになり ながら女の行方を追うマート。彼がじわりじわりと標的に近づいていく様には背筋が 凍り、先の読めない展開が、いっそう恐怖を煽る。これぞ正統派サスペンス!                                (山本さやか) ◇bk1へ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-bkswhod00154&bibid=02395790 ---------------------------------------------------------------------------- 『探偵家族/冬の事件簿』 "FAMILY PLANNING"  マイクル・Z・リューイン/田口俊樹訳  ハヤカワ・ミステリ/2004.01.10発行 1100円(税別)  ISBN: 4150017468  3世代の家族で探偵業を営むルンギ家は、家族崩壊が叫ばれて久しい現代にあって も、硬い結束で事件を解決。きょうものどかに(?)ブティックの営業妨害やポケベ ルにはいる謎の脅迫といった事件を調べていたところへ、次男夫婦の娘が警察に補導 されたという知らせが飛び込んでくる。そこに10年ぶりかという殺人事件の調査の依 頼まで舞い込んで……。ほのぼの探偵家族シリーズ第2弾はひと味違う……かも?                                 (松本依子) ◇bk1へ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?aid=p-bkswhod00154&bibid=02399544 ______________________________________                                   ΛΛ οοΟ○οο。。。黒猫フーダの散歩道。。。οοΟ○οο。。。   ミ・.・ミ                                   (m m)/γ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄           《ケイ・スカーペッタになりそこねた日》  警察の捜査に協力したことがある――と言うと、素人探偵が活躍するミステリの世 界を連想する方もいるだろうが、わたしが関わったのはご近所の聞きこみとか情報提 供とかじゃなく、科学捜査の分野だった……。  繊維関係の試験研究機関の技師になって3年目のある日のこと。上司から「明日、 ○×署の刑事さんが事件の捜査でおいでになるので、対応してほしい」と言われ、わ たしは自分の耳を疑った。というのも勤め先の仕事は、地元企業が持ちこんでくる繊 維製品を検査したり、技術的な相談に応じたりすることで、警察とはおよそ無縁の世 界だったからだ。聞けば、証拠品の中に鑑別してほしいサンプルがあるとのこと。警 察が調べてわからないものを、技術者として未熟なわたしに鑑別できるのだろうか。 そんな不安がちらりと頭をよぎったものの、本物の刑事さんに会える、警察の捜査に 協力できるという興奮のほうが上だった。わたしの分析で事件が解決したりして、な んておバカなことまで考えていた。  翌日、やって来た刑事さんを見て、期待に膨らんでいたわたしの胸は一気にしぼん だ。なんだ、普通のおじさんじゃん。別にジーパン刑事(古い?)みたいな人を想像 してたわけじゃないが、コロコロとした背の低いその刑事さんは、わたしが思い描い ていたどんな刑事さんとも違っていた。眼光鋭いとか、一度食らいついたらスッポン みたいに離れないとか、そんな印象もまったくなかった。でも、警察の捜査に協力で きることに変わりないと気を取り直し、実験室に案内した。  そこで刑事さんが取り出したものを見て、わたしは愕然となった。まさか、それが 鑑別してほしいサンプルじゃないわよね。だが、無情にも刑事さんは言った。「これ がなんという繊維か調べてください」そしてサンプルを差し出した――女性もののス トッキングを。ストッキングは絹かナイロンに決まってるし、刑事さんの手の中にあ るそれは、どう見ても絹とは思えない。さわってみる。特別な知識などなくとも、女 性なら誰でもナイロンとわかる感触。「ナイロンですよね?」と言うと、「ええ、で もちゃんと調べて書類を書いてほしいんです」  ええ、やりましたとも。顕微鏡で見て繊維が1種類であると確認し、ピンセットで 繊維を数本抜いて顕微鏡で見る。少量を燃やして匂いを嗅ぐ。薬品に溶かしてみる。 やっぱりナイロン以外のなにものでもない。ナイロン100パーセントである旨の書類 を書き、刑事さんに渡す。わずか1時間足らずの出来事だった。  そう言えば、あまりに落胆したせいで訊くのを忘れたけれど、あのストッキングは なんだったのか。殺人事件の捜査とは聞いていたが、凶器なのか、被害者が穿いてい たものなのか、単に現場に落ちていただけのものなのか、それとも犯人がかぶってい たのか。そもそも、わたしの分析は役に立ったのだろうか。永遠の謎である。                                (山本さやか) =- PR -=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=             ☆★「月刊児童文学翻訳」☆★  インタビュー、最新情報、レビューなど、児童文学翻訳に関する記事が満載の情報 誌。詳細&購読申し込みはこちらから(↓)。                   http://www.yamaneko.org/mgzn/index.htm 毎月15日配信(1月と8月は休刊)。申し込み手続きは前日までにおすませください。 =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=- PR -= ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ■編集後記■  特集「日本が舞台の翻訳ミステリ」はいかがでしたか? 桐野夏生の『OUT』が MWA賞最優秀長篇賞にノミネートされたというニュースが今月初旬に飛び込んでき たときは、その偶然に驚きました。来月号の特集は警察小説です。     (ま) ********************************************************************  海外ミステリ通信 第30号 2004年2月号  発 行:フーダニット翻訳倶楽部  発行人:うさぎ堂 (フーダニット翻訳倶楽部 会長)  編集人:松本依子  企 画:板村英樹、かげやまみほ、片山奈緒美、唐澤涼子、清野 泉、      中西和美、花田美也子、山田亜樹子、山本さやか  協 力:出版翻訳ネットワーク 小野仙内  本メルマガへのご意見・ご感想:  whodmag@office-ono.com  http://www.litrans.jp/c-board/c-board.cgi?id=15  フーダニット翻訳倶楽部の連絡先: whodunit@mba.nifty.ne.jp  http://www.litrans.net/whodunit/  配信申し込み・解除/バックナンバー:  http://www.litrans.net/whodunit/mag/  ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2004 Whodunit Honyaku Club ********************************************************************