外国の書籍を日本で翻訳して出版するには、原則として翻訳権を取得する必要があ
る。翻訳権取得のために海外の著者や出版社と交渉し、仲介をするのが翻訳エージェ
ントだ。たとえば翻訳作品のタイトルの裏のページにある "Japanese translation
rights arranged with XXXX through YYYY" という表示の、XXXX が著者や出版社ま
たはそのエージェントで、YYYY がその作品の翻訳権を手配した翻訳エージェントと
いうことになる。では、具体的に翻訳エージェントの仕事はどういうものだろうか。
今月は大手翻訳エージェント、日本ユニエージェンシーと提携している翻訳学校ユ
ニカレッジ代表であり、エージェントの仕事にも詳しい沢田博さんに、翻訳エージェ
ントの仕事や翻訳出版の現状についてお話をうかがった。
――エージェントのお仕事は、どういうものでしょうか?
そもそもエージェントという仕事は、アメリカやイギリスで生まれたものです。は
じめは売れている作家が事務的な作業をするのが面倒なので、作家の代わりに事務処
理(マスコミとの交渉、仕事の選択やスケジュール調整、原稿料等の交渉、翻訳や映
画化の売り込みなど)を行う代理人ができました。それが普通リテラリーエージェン
ト(著作権代理業者)と呼ばれるものです。そのようなリテラリーエージェントのと
ころに作家が集まるようになり、そのうち、作家になりたい物書きの卵からも「本に
ならないでしょうか」と、原稿が送られてくるようになったので「じゃあ、売り込ん
であげよう」と新人を育てるという仕事もはじめるようになりました。ですから、あ
る程度名前のとおっているエージェントであれば、タイプ原稿が山ほど送られてくる
わけです。今ならメールで、テキストファイルがどさっと送られてくる。そういうも
のの中から有望そうな原稿を選んで、しかるべき出版社に紹介する、そして出版が決
まれば一定の手数料をとるというのが、リテラリーエージェントの基本的な仕事です。
ですがだんだんとそれだけではなく、最近はエージェントが自分で考えた企画を作家
に書いてみないかと提案して、一方で出版社にこんな本ができたら買わないかと企画
を持ち込むという、書き手を育てつつ、本全体をプロデュースするようなこともやっ
ています。
これに対して日本の翻訳エージェントは、言葉の壁があったために生まれたもので
す。アメリカの作家がフランス語で翻訳をだす場合は、著者のエージェントが直接フ
ランスの出版社と話ができる。ところが日本では、海外のエージェントが日本の出版
社と話をしたくても言葉が通じないとか、法的な仕組みが異なるとかの問題があり、
著者側のエージェントのほかに、日本側で英語が堪能な仲介者が必要になって、翻訳
エージェントが誕生したわけです。
通常海外の大手出版社やリテラリーエージェントは、日本での代理店としてそれぞ
れ特定の翻訳エージェントを指名していますが、翻訳エージェントが生まれた経緯か
ら、日本の場合、翻訳エージェントは日本の出版社の代理人という性格を強く残して
います。そこが、著者の代理人としてのリテラリーエージェントと決定的に違うとこ
ろです。
ただ最近では日本の翻訳エージェントも、翻訳家や日本の作家の代理人になったり
もしています。
――翻訳エージェントが翻訳家をマネージメントするのですか。
こういう売れ筋の原書があるが、うちの翻訳家とセットでどうでしょうと出版社に
提案するわけです。出版社が2カ月後には本にしたいとおっしゃれば、それを可能に
する翻訳者のグループを組織するとか。
――海外の本を日本の出版社に紹介する場合、海外のエージェントや出版社から送ら
れてくる情報を参考にするのですか。
それが1番多いですね。いわゆるレジュメしかない段階、ドラフト(草稿)の段階、
全体ができてプルーフ(本の体裁にはなっていない、校正刷りの状態)でくるケース、
だいたいそのあたりまでに話を決めないと商売になりません。売れ筋の本になれば2
年くらい前から情報がきはじめて、本がでる半年前までには日本で翻訳する出版社も
決まっているものです。
――海外の出版社から、いろんなジャンルの本の情報が大量に届くと思いますが。
ジャンルごとに担当がいますので、担当が情報を取捨選択します。ただ、あまり本
の中味にのめりこむようなことはしません。エージェントは売れるか売れないかとい
う判断が1番大事なので、「売れ筋ですが、あなたの出版社に合いますか」とふさわ
しいと思われる出版社に紹介して、そこから先は各出版社の編集長なりの判断にまか
せます。出版社側に判断の余地を残すのがエージェントのやり方ですね。
――ひとつの作品をいろんな出版社に持っていくのですか?
いわゆる「決め打ち」もあるけれど、5社から10社くらいに持っていきます。
――シリーズものは同じ出版社からでるケースが多いですが。
その作品の先行出版社にオプション(優先選択権)を与えることが多いです。です
がエージェントが売れると思った本は、オプションもファーストからサードくらいま
で設定して、最後はビット(入札)になります。
最近ではシリーズもののオプションを先行出版社に与える代わりに、次作以降3冊
は絶対に翻訳権を買い取るようにという条件をつけることもあります。4、5年前ま
ではビットで値段をつりあげることが多かったのですが、このところそれは少し押さ
え気味になっていますね。
――ブックフェア(国際書籍見本市)で取引をしてきたという話を聞きますが。
ブックフェアは、フランクフルト、ロンドン、アメリカの各都市などで開催されて
います。完成本も並んでいますが、実際に展示会場でそれを見ているのは地元の人く
らいですね。外国の業者には別に会場が用意されていて、そこで商談をするのがほと
んどです。実際の商品は完成本ではなく、プルーフであったり、ドラフトであったり、
タイトルだけだったりするわけです。日本の出版社や翻訳エージェントがブックフェ
アに行く目的は、欧米の出版社やエージェントと個別に会って話をして、商談をした
り、情報を得たりすることです。エージェントは展示してあるものを見ている時間の
余裕はないですね。たまにすごくまじめな編集者は会場も丁寧に見て、いわゆる掘り
出し物を探す人もいますが、欧米のエージェントから話を聞いて情報をもらうほうが、
商売になる確率は高いです。
――海外の出版社やエージェントから情報をもらって、それを日本の出版社に提案す
るというのは新刊だけを追うということになると思うのですが、そこから漏れた作品
はどうなるのですか。
最近のエージェントには、次々に新しいものを狙う傾向があります。ですが、それ
ではいけないという反省もあって、バックリスト(既刊書目録)から本を探すという
こともやっています。新刊ばかりでは、アタリはずれが多すぎるからです。出版社が
バックリストからあるテーマに沿っていくつか本を選び出して、翻訳権がどうなって
いるのかと問い合わせてくることもありますね。また古典的な作品をもう1度新訳で
だそうということで、50年くらい前の本の翻訳権がどうなっているのか調べてくれと
出版社から頼まれたり、逆にエージェントのほうでクラシックな作品で翻訳権が空い
ているものや翻訳権が切れているもののリストをつくって出版社に持ち込んだりする
ケースもあります。今の新訳ブームはそれです。著者は亡くなっていても以前に翻訳
したときの権利が生きていたり、遺族が翻訳権を管理していたりと、出版社だけでは
権利関係がわからないケースも多いので、エージェントが活躍するわけです。翻訳権
が切れているものでもそれを確認するためにエージェントが動きますし、単なる事務
的な仲介者ではなくなりつつあります。
――翻訳権が切れているときに、翻訳エージェントの報酬はどのように計算するので
すか。
翻訳エージェントの報酬は、日本の出版社が原著者側に支払う印税の10パーセント
というのが原則です。翻訳権が切れているときなどは企画料という形で、たとえば売
上げの何パーセントというように、報酬が決まってきます。最近のエージェントは、
仲介業務だけではなくて、多様な商品やサービスの企画を提供するパッケージャーと
しての仕事もやっています。パッケージをつくって、それを売り込むほうが利益があ
がりますから。その場合は売上げの10パーセントが報酬になることもあります。
――企画をゼロから作成して提案するとなると、専門性が要求されるのではないです
か。
ロマンス系で、ハーレクインで10冊以上書いていて、その後独立して単行本を3冊
以上だしている作家の、翻訳権が空いている作品をリストにして出版社に提案するく
らいならエージェントにもできますし、内容が専門的になる場合は翻訳家やその分野
の専門家をエージェント側に入ってもらって企画します。ものすごい専門性は持って
いないが、専門家を知っている、専門家とつきあえるのがエージェントです。それが
エージェントに求められる資質でしょうね。
――編集者とも似ていますね。
確かに似ています。ですが、編集者は自分のところで本をださないといけないので、
リスクはすごく大きい。もちろん得るものも大きい。エージェントはリスクもないで
すが、入ってくるのも10パーセントです。
――エージェントとしては出版点数を増やしたいのですか。
どちらかといえばロングセラーを持ちたいですね。日本の出版社からだしている翻
訳書を4つか5つの翻訳エージェントで仲介しているわけですからそもそも数は多い
のですが、ロングセラーに依存している割合が出版社より大きいと思います。最近、
出版社はロングセラーより半年で全部売り切るというのが好きですけれど、翻訳エー
ジェントは少額でも毎年コンスタントに何十年も続けて売れる作品を好みます。基本
の収入が安定するからです。ですから古典的な作品を大事にしますね。
――翻訳が決まっても、自分で売ることができないというのはつらくないですか。
エージェントはリスクは負いません。そこがまさにエージェントなんです。出版社
という本体があって、エージェントがあり、リスクを負わないから、個人でもはじめ
ることができる。いろんな作品を読んで、情報を扱い、身軽に動いて、大きな出版社
に話を持ち込む、そういうことに喜びを見いだせる人がエージェントに向いています。
その過程で、ものを作りたくなった人は編集者になるだろうし、自分で翻訳したほう
がいいと思う人は翻訳家になるでしょうね。
――英語圏以外の本、たとえば中国、北欧、アジア、アラブなどの本はどうやって見
つけるのですか。
ヨーロッパ、北欧、東欧、ロシアの書籍についてはほとんど、イギリスのエージェ
ントが扱っています。アラブやアフリカもほぼイギリス、オーストラリアもほぼイギ
リスですね。中国は国が著作権事務所を運営していて、そこから日本の翻訳エージェ
ントに持ち込まれるケースが多いです。
――中国は市場が大きいですね。
日本ユニエージェンシーなどでは、中国から著作権の勉強をする実務留学生を受け
入れています。留学生たちが一人前になって本国で開業してくれればいいですね。日
本側は、ここ10年くらいずっと中国や韓国で、著作権ビジネスの講座も開いています。
――英語圏以外の本は、英訳されたものをチェックするのですか。
英語圏以外の本はロンドンのエージェントが英語で情報を発信しています。それで
英語に翻訳する権利が売れるかもしれないし、日本側としては英語になるのを待って
から翻訳権をとるかもしれないし、ダイレクトにとるかもしれない。
このところロンドンのブックフェアがにぎやかになってきているのは、いろんな国
のいろんな言語の本の情報が英語で集まるからです。フランクフルトのブックフェア
は原語のままなんです。ロンドンでは情報が集まってしかも英語で発信されるので、
注目を集めています。
――「国際共同出版」とはなんですか。
商業的にはそれほど成功を期待できないが、学術的・文化的な価値がある本を、何
カ国かでお金を出し合い、費用を分担して行う出版のことです。過去の国際共同出版
としては『アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成』(岩波書店)や『地球を救え』
(岩波書店)などがあります。
どこかで発掘された古文書を原色で複製して、解読した本をだすとします。古文書
を複製するとなるとその複製作業だけでも莫大な金がかかるわけで、その費用を1社
では負担しきれない。そこでエージェントに、そのような企画に応えてくれる出版社
はないか問い合わせがきて、仲介することになります。翻訳なら著者側は本をだすこ
とは決まっているのですが、国際共同出版は本をだすこと自体何社かが手をあげれば
やるというわけです。だいたい出版社は各国1社ということになるので、古代ローマ
がテーマであればイタリアがオリジナルの中心になって、英語版と日本語版がでて3
カ国で共同出版となります。
コストの計算方法はいろいろですが、基本的には出版経費全体を等分するか、発行
部数で割り振るかします。
――翻訳より高くつきますね。
そうですね。ですが、利益だけでははかれないものがあります。また国際共同出版
だと、日本の出版社が負担する額に応じてエージェントの手数料も決まるわけですか
ら、大きな金額が動きます。
――翻訳エージェントは、日本の著作を海外に売り込むこともやっているのですか。
大手の翻訳エージェントには専門の部署がありますし、海外への売り込みだけをや
っているエージェントもあります。ビジネスとしてなりたっているのは、マンガとア
ニメ、それに絵本ですね。文学作品を売り込むことももやっていますが、英語でシノ
プシスを書くだけでも大変です。
――日本の読者や翻訳家が翻訳して本をだしたいと思った場合、どうすればいいので
しょう。
自分が読んだ原書を翻訳したいと思う場合、たいていの人は出版社に持ちこむので
しょうが、まず翻訳エージェントに持ち込んで、その本の翻訳権がどうなっているの
か、確認してもらうのがいいと思います。すでにどこかの出版社が翻訳権を買ってい
れば、どうあがいても無駄ですから。翻訳権が空いていればエージェントから出版社
に売り込んでもらうこともできます。エージェントは売り込みのプロですので、翻訳
家が自分で出版社を1社、1社まわって売り込むより効率がいいです。ひとりで10社
もまわったら大変ですが、エージェントならそれなりにやってくれます。
ユニカレッジにも本をだしたいと持ち込んでくる人がいますが、そのときはエージ
ェントで翻訳権の状態を確かめて、翻訳権が空いている本であればエージェントの担
当者を紹介します。最初は事務的な必要性からできた翻訳エージェントですけれど、
エージェントも日本の出版社に売れそうな本を一生懸命探しているわけですし、エー
ジェントはマルチに全部やる人たちであって決して専門家ではないので、専門に読ん
でいる人からきた話を無視したりしません。
翻訳エージェントの仕事で1番多いのは、外国のエージェントや出版社から送られ
てくる情報をもとにしたもので全体の7、8割を占めますが、日本の出版社からのリ
クエストや翻訳家や学者からの持ち込みも1、2割あります。
――翻訳出版について、エージェントの立場から将来的に危惧なさっていることはあ
りますか。
もう10年以上アドバンス(前払金)の高騰が問題だと言われています。実際に何部
売れるかは別として、最低でもこれだけは払え、といのがアドバンスです。原書自体
のアドバンスが高騰しているのでそれにつられて翻訳権のアドバンスもあがっている
わけです。
本当に困るのは、出版社の吸収合併ですね。本の背表紙に載っているインプリント
(発行者名)はそんなに減っていませんが、その背後でビジネスを管理している出版
社はどんどん減っています。アメリカでは、すでに大手は4社くらいにしぼられてき
ています。
――なにが困るのですか?
多様な本、多彩な本がでなくなる可能性があります。大きな出版社は売れる本をだ
して、売れない本、売れそうもない本、たとえば新人の本などはどんどん出版されに
くくなる。それで、そういう本は小さな出版社からでる。でも小さな出版社が新人を
育てて出版すると、2作目からは高いアドバンスで大手に持っていかれる。そうなっ
てくると出版文化というか、出版物の多様性というのがどんどんなくなっていくと思
います。出版社の数が減りつつあり、その一方でばかでかい出版社ができているとい
うのが、とても危ない気がしますね。
著作権という概念がどうなるかというのも、エージェントにとっては問題です。電
子書籍ができたときに、著作権の課金をどうするのかということです。それによって
仕事の中味がだいぶ変わるのではないでしょうか。そうなると10パーセントの手数料
だけではなくて、企画を売るとかパッケージを売るとか、海外のリテラリーエージェ
ントのようにならないといけないでしょうね。
将来的に楽しみなこともあります。まず中国や韓国の市場が活発なことです。中国
も韓国も英語から訳すより、日本語から訳すほうが訳しやすいようですし、また日本
で売れないものがやたら売れることがあるんです。たとえば向こうのほうが英語熱が
高いので、日本人が書いた英語関係の実用書が予想以上に売れたりしています。
個人的には、アジア諸国、たとえばインド、バングラッシュ、タイなどで、おもし
ろい本をみつけることができればと思っています。アジアの作家は英語で書くことも
多いので、そのなかにおもしろい本がきっとあると考えています。
▼翻訳エージェントの仕事や翻訳権については、下記の図書にも詳しく載っている。
興味のある方は、こちらも合わせてお読みいただきたい。
宮田昇『新版翻訳出版の実務』(日本エディタースクール出版部)
宮田昇『新・翻訳出版事情』(日本エディタースクール出版部)
宮田昇『翻訳権の戦後史』(みすず書房)
宮田昇『戦後「翻訳」風雲録』(本の雑誌社)
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