昨年11月から毎月3冊という驚異的なペースで、翻訳ミステリを出版している小出
版社がある。神田神保町に本社をおく論創社だ。大量出版の秘密と今後の展開につい
て、編集部の鈴木武道さん、蜂谷伸一郎さん、《論創海外ミステリ》の解説を書いて
いらっしゃるミステリ評論家の横井司さんから、お話をうかがった。
――論創社がミステリを出版したのは、おととしの《論創ミステリ叢書》が最初です
ね。
鈴木:もともと論創社は人文社会系を中心に、文芸のゾラなどの翻訳ものを出してい
ましたが、本格的にエンターテイメントに参入したのは《論創ミステリ叢書》が最初
です。ミステリをやりたいという気持ちは以前からあって、ミステリ評論家の横井さ
んと知り合い、しばらく編集部と横井さんとで勉強会を続けていたのですが、日本の
ラインナップがおもしろいんじゃないかと横井さんから提案をいただいてはじまりま
した。《論創ミステリ叢書》はすべて横井さんに選んでいただいた作品で、不思議な
ラインナップと言われています。
――不思議なラインナップは、どのようにして決めたのですか。
横井:論創社は小出版なので、版権があるものはコストがきつく、まずは著作権が切
れているものを選び、そしてあまり知られていないもの、戦前有名だったけれども今
では忘れられているような作家を中心にセレクトしました。人文社会系の出版社なの
で、プロレタリア文学者の平林初之輔を初めに出しました。叢書の出版作業をすすめ
ているうちに意外な発見もあって、松本恵子は初め予定に入っていなかったのですが、
松本泰を出すことになったとき、奥様の恵子さんの作品が1冊分くらいにあることが
わかったんです。「じゃあ、『松本恵子小説集』もだしましょう」と編集部の方が鷹
揚に言ってくれて。また「作品が多いですから2巻にしましょう」と提案すると、す
ぐ2巻にしていただいたりしています。《論創ミステリ叢書》については、ちょっと
マニアックなレベルでミステリ界に貢献しているのではないかと思っています。この
流れで、「翻訳ミステリも」となったわけです。
――翻訳ミステリの《論創海外ミステリ叢書》を作るきっかけを教えてください。
鈴木:《論創ミステリ叢書》の準備をしている頃から、翻訳ミステリもやろうと思っ
ていました。ただやるからには、うちは新興なのでちょこちょこ出しているとどうし
ても埋もれてしまうから、大量に出さなくてはいけない。評判になることが大事だか
ら、やるなら一気にやろうと思って、それで1年半くらいずっと仕掛けを考えていま
した。大量に出版するには、なにより翻訳者がポイントだと思うんです。北海道の翻
訳学校〈インターカレッジ札幌〉の卒業生で優秀な方たちを紹介していただいて、翻
訳をお願いしていますが、信頼のおける、いい訳者にめぐりあえました。納期はしっ
かり守っていただけますし、あがってくる訳もひっかかりがなく、編集者の負担が少
ない訳なのでスムーズに仕事がすすんでいます。ターゲットを中学生、高校生の若い
層においているので、読みやすい翻訳を心がけていて、ルビも常用漢字以外は全部ふ
ったりとか細かい配慮をしています。若い層に読書に戻ってきてもらいたいのです。
横井:国内ミステリの《論創ミステリ叢書》のターゲットはどちらかといえば年配層
ですが、常用漢字以外で読みにくい漢字はひらくなど、読みやすさという点では両方
とも共通していますね。
鈴木:それと1年半のあいだには仕掛けのほかに、本はソフトカバーにするか、ハー
ドカバーにするか、紙質はどうするかなど、コストにかかわることも十分練りました。
――《論創海外ミステリ叢書》の作品は、どのようにして選んでいるのですか。
鈴木:月に出す3冊のうち、例えば1冊は本格、1冊はサスペンス、そしてもう1冊
はハードボイルドといろいろな種類を混ぜるようにしています。クラシックミステリ
ではあるのですが、晶文社や国書刊行会、原書房のやっていることをただ踏襲するの
ではなくて、B級ハードボイルドを中心に、サスペンス系などいろいろ織り交ぜて、
他社との差別化をはかろうと思っています。出版する本は、まず横井さんのお好きな
アリンガムやテイなどの〈新本格派〉、編集部が『世界ミステリ作家事典』を参考に
して選んだ本、それとニューヨークにいる本買い付けの担当者が選んだ本です。
横井:イギリスのミステリが多くなったのは偶然ですね。今はロマンティックミステ
リがたくさん訳されていますけれど、その源流があまり出ていないので、エバハート
も出そうということになりました。
――これまで出版された本のなかには『世界ミステリ作家事典』にも載っていない作
家の作品もありますね。
鈴木:モリス・ハーシュマンやジョン・ウェルカムですね。それはニューヨークにい
る担当者が「これはおもしろい」と送ってきたものです。
横井:他の出版社ではリーダーがいたり、アドバイザーがいて選定しているのですが、
論創社はニューヨークから届いた本のなかから未訳本を選んで、札幌に送って訳して
もらっています。ですからわたしもアドバイザーにはなっていますが、訳ができあが
るまで本の内容がわからないんです。できあがってはじめて、海のものとも山のもの
ともしれないものを読む。けれど訳された作品を読むとどれも面白いので、意外とい
いシステムなんじゃないかと思います。
鈴木:横井さんには巻頭の〈読書の栞〉で、その作家のミステリ界全体のなかでの位
置づけや関連書について書いていただいているのですが、日本では知られていない作
家が多くてご苦労をおかけしています。
横井:日本に資料がない作家は "TWENTIETH-CENTURY CRIME & MYSTERY WRITERS" や
ネットで調べています。
鈴木:ジョン・ウェルカムについては訳者の知人がイギリスにいて、その方に力を借
りました。日本では全く知られていない作家を紹介するのも意義があると思っていま
す。
――〈ラッフルズとバニー〉シリーズは『二人で泥棒を』『またまた二人で泥棒を』
『最後に二人で泥棒と』と3作も出ますが、編集部の一押しなんでしょうか。
横井:ラッフルズは70年代に東京創元社でも出版する企画があったらしいのですが、
残念ながら出なかったので、発掘に近いです。
鈴木:3月下旬にでる『最後に二人で泥棒を』には、奈良在住の《ルパン研究会》の
住田忠久さんが作ったラッフルズの研究書を参考にした、シリーズの
解題を資料として巻末につけます。ラッフルズを出すときには、当社の社長が東京創
元社の戸川安宣さんにも「こんなことやります」と報告したのですが、戸川さんから
「後書きが短いのでもっと資料的なものをくわえてほしい」とリクエストがあったん
です。
横井:海外では〈ラッフルズとバニー〉シリーズの短篇全集がでていますし、別の作
家がシリーズの続編を書いたりもしているんですよ。
鈴木:イギリスでは、フランスのルパンのような感覚でラッフルズが語られていて、
パロディもたくさんでてとても有名なのに、日本ではないがしろにされています。ス
ーパーヒーローの活躍ではありませんがアマチュアリズムの活劇ですし、シャーロッ
ク・ホームズとラッフルズが深い関係にあることは『最後に二人で泥棒を』巻末の資
料を読んでいただければわかりますので、いろいろな話題を提供できると思います。
ラッフルズは評判がいいので、こうなったら長篇もだそうと思っています。
――《論創海外ミステリ叢書》の装丁は、本の内容がわかるような雰囲気がでていま
すし、それとどれもタイトルがかっこいいですね。
横井:タイトルは毎回苦労しているので、そう言っていただけるとうれしいです。ブ
レインストーミングをしてみんなでアイディアをだしあい、ああだこうだ言って決め
ています。
鈴木:装丁はすべて栗原裕孝さんにお願いしています。タイトルは候補タイトルを複
数あげて、いろいろ言ったのがよかったのかな。
――『ハリウッドで2度吊せ』は、ロス・H・スペンサーみたいでおもしろかったで
す。
横井:なるほど。ナンセンスなユーモアハードボイルドですからね。
鈴木:装丁の栗原さんも『ハリウッドで2度吊せ』がお好きだそうです。ユーモアハ
ードボイルドは原書をたくさん入手していて、現在も札幌で作業が進行中ですので、
これからもたくさん出したいです。
――コアなファンをターゲットにしているのですか。
鈴木:というより、小出版の使命として、大手に対抗するのではなくて、大手がやら
ないことをやるというのがあります。大手では出せなくても、翻訳した方がこの本が
好きでどうしても出したいというのがあれば持ち込んでもらいたいです。大手には発
行部数の問題があるので当然もれたり切られたりするものがでてくるのですが、それ
は仕方ないんですよ。
――特定の作家のファンだと、どうしても翻訳がでていないものを読みたいという気
持ちがありますよね。
鈴木:フレンチ警部ものがうけるのも、未訳本だった2冊のうちのひとつだから読み
たいという気持ちでしょう。
横井:現代作家だと読者がつけば全部翻訳を出してくれるんでしょうけど、むかしは
代表作を訳して、それから2、3作出て訳がとまることが多かったんです。これから
は、むかし少し読んで「あれはどうしちゃったんだろう」というような作家を論創社
が出してくれます。
――今後は版権をとって翻訳ミステリをだすこともありますか。
鈴木:ちょうどダニエル・シルヴァのシリーズ本の版権をとったところで、今後は版
権をとることも考えています。でも「B級ミステリ」出版社ということを忘れずに、
大手がやっていないことをやりたいです。いろんな経緯から版権をとることになるか
もしれませんが、版権とり合戦はしません。他にやるべきことがありますので。
――クラシックにこだわらずに大手出版社がださない本もだすんですか。
鈴木:出したいですね。
横井:国書刊行会が戦前のものを、早川書房が最近のものを出していますから、60、
70年代というのは翻訳出版の隙間なんですよ。時代、時代には見逃している作家がい
るんじゃないかと思っています。大げさな言い方をすれば、翻訳ミステリの歴史の空
白を埋めている作業をしていると思っています。
――新訳でだす予定はありますか。
鈴木:とくに意図していませんが、偶然そうなってしまう場合はあります。これまで
抄訳しかでていないものは完全訳を出しますし、《論創ミステリ叢書》で取り上げた
松本恵子さん訳のラインハートについては新訳で出す予定です。また、知られていな
い作家でもみなさんからおもしろいとご紹介があれば考えます。月3冊のうち1冊は
知られていない作家を出したいですね。会社としては著名な作家、クロフツならクロ
フツだけだせば一番いいんですけど、そういうことはしません。
――一般読者からのおもしろい本の紹介はどうでしょうか。
鈴木:熱烈なファンがひとりでもいれば、大歓迎です。
横井:ぜひ原書つきでお願いします。
――毎月3冊だすのは大変じゃないですか。
鈴木:楽しいですよ。訳者がいい方ばかりなのでスムーズに進行しています。
蜂谷:作業も慣れました。
横井:叢書だから全部そろえるのではなくて、3冊のなかで1冊選んで、雑誌感覚で
読んでいただきたいです。国書刊行会みたいな愛蔵版というイメージではなくて、ノ
ベルスの新刊がでて好きな作家を買う感覚ぐらいですね。マニアの方だと、シリーズ
ものだから全部買わなきゃいけないと考えてしまうから、出費が大変という声もあり
ますけど。
鈴木:月末にでるのでそれを楽しみにしてもらって、好きなものを選んで買って気軽
に読んでいただきたい。多ジャンルのなかから、読者の方に選んでほしい、同じよう
な立場で、本を選ぶ喜びをみんなと共有したいんです。それで発行の順番は、いろい
ろな本が混ざるように配慮してあります。作っていておもしろいので、売り上げは赤
字にさえならなければいいと思っています。初版のロットは2000部くらいで、リスク
が高いことはしていませんし、3点だしていてトータルでまかなえればいいと思って
います。これで大金持ちになろうとは思っていませんから。月3点は多いという気も
しますが、ジャンルが分けられていろんな仕掛けができるだけ楽しいですね。
――表紙右上にある《論創海外ミステリ1》の数字がみそですね。全部そろえて並べ
たくなりますね。
横井:東京創元社でむかしあった、クライムクラブみたいな感じですね。
――書店でも《論創海外ミステリ叢書》がひとつのコーナーになっていて、棚にずら
っと並んでいますね。
鈴木:営業担当者に話をきくと、「海外ミステリの単行本の棚が元気ない」と言って
いました。だからかえって、うちも新規で入っていけたんだと思います。
横井:連続して出すというのは、インパクトがありますよね。
鈴木:書店さんを裏切らないように、毎月きちんとだしていきたいです。定価は1600
円から2000円ですが、これは小出版としては限界の価格です。
――みなさんのおすすめを教えてください。
横井:アリンガム『検屍官の領分』、それと知らない作家にしてはおもしろかった、
モリス・ハーシュマン『片眼の追跡者』です。
鈴木:L・P・デイビス『忌まわしき絆』がストーリーテーリングがしっかりして、
キャラクターもいいので、ぜひ読んでほしいです。
蜂谷:〈ラッフルズ〉シリーズです。あと『ハリウッドで二度吊せ!』キャラクター
がおもしろいので、次をだしてシリーズ化にしたいですね。
――これからの出版予定を教えてください。
鈴木:横井さんお薦めのアリンガムとマーシュは未訳作品を全部出していこうと思っ
ています。早速、さ来月あたりマーシュの第1作『アレン警部登場』が出ます。テイ
は『裁かれる花園』をすでに刊行し、今度『歌う砂』も出ますし、未訳本最後の1冊
も翻訳中なのでこれで完成です。
(取材・文/清野 泉、山本さやか)
(2005年3月号)