――はじめての訳書が出るまでの経緯をお聞かせください。
「もともと英語に携わる仕事がしたかったのに、それを果たせぬまま家庭に入ってし
まったものですから、ずっと心残りだったんです。あるときなにげなく始めた翻訳の
通信講座が思った以上に楽しくてのめりこみました。しまいには勉強の合間に子育て
をするという感じになっていました。4年ほど前、地元の北海道にできた翻訳学校に
入り、講師である翻訳家の方から下訳の仕事をいただくようになると、ますます翻訳
が楽しくなってきました。もう、このままずっと下訳者でもいいと思ってたんですよ。
ミステリから生物兵器のノンフィクション、ギャングの自伝まで、5作ほどやらせて
いただいたのち、昨年ジム・ハリスンの『死ぬには、もってこいの日。』でデビュー
しました」
――これまで2冊を訳されていますが、訳す上でご苦労された点などありますか?
「ジム・ハリスンの文は硬質で含蓄があり、訳すのに普段の3倍は時間がかかったと
思います。あまりくだけすぎると、原文の味わいを損ねてしまう。でも硬すぎては、
読みづらい文章になってしまって……。そのへんのバランスがいちばん苦慮したとこ
ろです。『殺人者は蜜蜂をおくる』のジュリー・パーソンズの場合は、下訳者として
すでに一度出会っていましたから、アイルランドという舞台には違和感なく入ってい
けました。訳すにあたっては虫の生態をずいぶん調べました。ショウジョウバエの研
究家という方にメールでお尋ねしたこともあります」
――地方在住ということでいろいろとハンデもおありだったと思いますが?
「勉強を始めたばかりのころは、今のようにインターネットなども一般的ではなく、
翻訳家になるなんて無理だと思っていました。東京の翻訳学校のサマーセミナーで、
講師の先生に『地方ではむずかしい』と言われたこともあります。一生、趣味でもい
いやと思いましたね。いまは、出版社とのやりとりも原稿の納品も、メールでできる
ようになり、地方在住のハンデはだいぶなくなったと思います。地元にある柏艪舎以
外は、編集プロダクションの方とも、出版社の方とも、会ったことがありません。い
つかはぜひお会いしたいと思っています」
――東京の出版社とはどういう形でコンタクトをおとりになったのですか?
「扶桑社は翻訳学校でお世話になった翻訳家の方の紹介です。今度、理論社からも訳
書が出ますが、そちらは『死ぬには〜』で一緒に仕事をしたフリーの編集プロダクシ
ョンの方に気に入ってもらえて、紹介していただきました」
――お好きなミステリ作家は?
「ジェイムズ・エルロイです。血なまぐさくて残酷で、どうしようもなく暗い世界で
すが、登場人物がしっかりと描かれているところに惹かれるのかもしれません。純文
学に近い読後感を覚えたこともあります」
――お忙しい毎日かと思いますが、息抜きの方法は?
「なんといっても映画です。時間があけば観にいきます。その帰りにマッサージ。仕
事がら、肩こりや腰痛になりがちですので、いつかはジム通いするのがささやかな夢
です」
――これからのご予定をおきかせください。
「5月に柏艪舎からジム・ハリスンの『蛍に、照らされた女。』が出る予定です。中
年男女のさまざまな形の恋愛を描いた3作の中篇集です。湖に沈むインディアンの酋
長の遺体を引きあげたことから人生の道筋がずれてしまった40代の男の話。若き日に
反戦運動に夢中になった4人の中年男女が、投獄されているかつての仲間を救うため
に、20年ぶりに再会する話。離婚を決意し、ドライブの途中に夫の車から逃げ出した
50代の女性のモノローグ。どれも味わい深い作品です。順番が前後しますが、4月下
旬には、理論社からアン・ブラッシェアーズという新人作家の『トラベリング・パン
ツ』が出ます。ヤングアダルト向けの小説で、不思議なジーンズが起こす奇跡の物語
です。こちらはうって変わって、若い少女たちの可愛らしいラブストーリーです」
――今後はどんな分野にチャレンジしていきたいですか?
「純文学、ミステリ、ヤングアダルト、いまは何をやっても新しい発見があっておも
しろいんです。ジャンルにかかわらず、人間の内面を描いたものに惹かれます」
――大嶌さんにとって翻訳の魅力とはなんですか?
「原著者の創り出したテキストを、一度自分の中に取り込んでオリジナルな日本語に
する。責任重大なことでもありますが、これが魅力だと思います。みなさんそうでし
ょうが、ぴたりとはまる日本語がひらめいたときの快感がたまりません。英語への興
味から入った翻訳の世界ですが、いまは日本語のリズム、言葉の響きにこだわるのが
すごく楽しいんです」