| 《法月綸太郎さん》島根県出身。京都大学法学部卒。1988年『密閉教室』でデビュー。2002年「都市伝説パズル」で第55回推理作家協会賞[短篇部門]受賞。著作には『生首に聞いてみろ』『怪盗グリフィン、絶体絶命』『法月綸太郎ミステリー塾 日本編/名探偵はなぜ時代から逃れられないのか』『法月綸太郎ミステリー塾 海外編/複雑な殺人芸術』『ノーカット版 密閉教室』などがある。
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――今回トゥーイの短篇集の編者をなさることになったきっかけを教えてください。
《SFマガジン》2004年7月号で「異色作家短篇集・別巻」という特集をやったとき
に、どうしてだかわからないんですけど僕のところに「私の偏愛する異色作家」とい
うエッセイの依頼がきたんです。デイヴィッド・イーリイの『ヨットクラブ』がでた
ばかりだったので最初はイーリイで書こうかなとも考えたのですが、そういえばトゥ
ーイという好きな作家がいたっけと思いだしたんです。ただ、変な作家なんですけど
異色作家とはちょっと違うかなと思って「異色作家になりそこねた男」というタイト
ルでエッセイを書きました。
僕はそれまで《EQ》に載っていたトゥーイの作品しか読んでいなくて、最高傑作
といわれる「物しか書けなかった物書き」も読んでいなかった。もし持っている人が
いたら貸してくださいとそのエッセイに書いたら、早川書房の編集部の方が《ミステ
リマガジン》のバックナンバーに載っていたトゥーイの短篇を全部コピーして送って
くれたんです。それではじめて《ミステリマガジン》のトゥーイを読んで、《EQ》
のイメージとはまた違うトゥーイの像がある程度みえて、これは色物だけではない作
家だなと思ったんです。その頃ちょうどジャック・リッチーの『クライム・マシン』
がでた頃で、鮎川賞のパーティで元東京創元社の松浦正人さんに「トゥーイで短篇集
を編んだらおもしろいんじゃないか。藤原義也さんに企画を持ちかけられたらいいな
と思っているんです」と話をした憶えがあります。そのときは立ち話で終わったので
すが、去年の初め頃、藤原さんから編者をやりませんかとお話をいただいたので、や
りますとすぐにお引き受けしました。
編者をやれば未訳作品が読めるというメリットもありましたしね。トゥーイの作品
の中には訳されてはいないけれどもMWA短篇賞の候補にもなった、本国で評価の高
い短篇がいくつもあるらしいと雑誌のコメントなどで知っていましたので。
今回の短篇集には、既訳の作品12編とMWA賞候補になった作品を含む未訳作品2
編を収録しました。初邦訳となる「オーハイで朝食を」は1986年MWA短篇賞の候補
作ですが、今まで未訳だったのが不思議なぐらいいい作品です。どうせぐだぐだにな
る話だろうと思って読んでいるとちゃんとシリアスでショッキングな結末になってい
て、これは紹介しなければと思いました。ほかの候補作もよかったのですが、インパ
クトでくらべるとすこし落ちるかな。1982年の候補作 "Mousie" などはリアルタイム
で訳されていたらそれなりに受けたお話だと思いますが。
――"Mousie" はどんなお話なんですか。
体育会系の連中がしきっている学園で、夢見がちな少年がアメフトの先輩の取り巻
きの女の子にばかにされるんです。そこに空気の読めない転校生がきていじめにあう
のですが、主人公の少年は自分が転校生をフォローしてやれなかったと悔やみます。
少年は映画マニアで、西部劇かなにかを見て影響されて復讐しなければならないと思
い、銃をこっそり盗んで体育会系の連中を撃ちに行く。話は犯行の手前までで、エピ
ローグに新聞記事がでてきて“少年が学校近くの店で銃を撃って自殺した。いろいろ
怪我人はでているが、死亡したのは、その少年と少年をばかにした女の子だった”と
ある。わりといじましい話で、情けない少年が銃を向けた相手はこちらでしたという
オチです。これが20年以上前に書かれたことを考えると、ずいぶん予言的なところが
あるし、目のつけどころのいい作品だと思います。でも今読むと当たり前の話として
受けとられるでしょうね。
――トゥーイの魅力を教えてください。
シチュエーション自体が奇抜で不条理というのが1番の魅力です。まずシチュエー
ションで読ませる。アイディアストーリーとか切れのいいオチというのとはちょっと
違って、どちらかというと“過程”で読ませる。解説で“ナックルボーラー”と書い
たのですが、とにかく話がどこに転がっていくのかわからない、読んでいる最中のス
リルみたいなのがどんな作品にもある。それが割とユーモラスな書き方になっていて、
かみ合わない会話から生じるおかしみとか、ものすごく達者で読ませます。《EQ》
の作品を読んでいた頃は、そういうイメージでした。「ハリウッド万歳」や「家の中
の馬」は、これほど意味のない話があるのかと感心しましたね。
ところがだんだん他の作品も読んでいくうちに、ダメ男とか負け犬の生活感がすご
くにじみでていて、弱者の視点というのがちょっとした描写できっちり押さえてある。
狙って書いたあざとさみたいなのはあまりなくて、本当に作中の登場人物の目線で書
いている。たぶん作者自身をかなり投影しているところがあると思う。突き放した感
じもしなくて、どこかで救いがある書き方になっているんです。
解説でも書いたのですが続けて作品を読んでいくと、ミステリのお約束みたいなも
のに対して、作者の都合でおきる出来事が物語の登場人物にとってはものすごく迷惑
で不条理なことであるというのが、作者の念頭にあるんじゃないかと思えるんです。
「いやしい街を…」がその1番の典型です。パルプ探偵小説の主人公が愚痴をこぼす
メタフィクションで、作者が行き当たりばったりに不条理な展開を強要するのに弱り
果てるという話です。トゥーイは量産タイプの作家ではありませんでしたが、基本的
には職人的なミステリ作家になりたかった人だと思うんです。だからお約束の中で書
いているけれど、お約束に対してぶつぶつ文句をいわずにいられないというのが手癖
みたいにでてくる。それが彼の作風の球筋とうまくかみ合って、ほかのミステリ作家
にはない味になっています。単発でそういう雰囲気のでている作品は他の作家にもあ
りますけれど、どれを読んでも通底しているのはトゥーイくらいじゃないでしょうか。
1つ、1つ短篇をとりだして見ていくとおもしろさの質は全部違います。きちっとし
たクライムストーリーになっている作品もあるし、ジャンルミックスみたいな作品だ
ったり、パロディのどんちゃん騒ぎが売りだったりと作品ごとのおもしろさがありま
すが、それとは別にフィクションに対してアンビヴァレントな視線がトゥーイには常
にある。「物しか書けなかった物書き」には、たぶんかなり自伝的な部分があるんじ
ゃないかなあ。結末の台詞などにも、自分がクライムストーリーを書き続けていると
ころをちょっと引いたところから見ている感じがしました。すごくとっぴな小説では
あるけれども、今は受け入れやすい時代になっているのではないかなと思います。
――エラリイ・クイーン編『クイーンズ・コレクション2』に「支払い期限がすぎて」
が収録されていて、その中でクイーンはトゥーイの作品のことを【どうとらえるかは
ひとえに読者の感性の問題であり、それゆえあなた自身の言葉を選んで考えてほしい。
それはあなたがどんな人生を送っているか≠説明することにもなる……】とコメ
ントしています。
「階段はこわい」という短篇を読んだとき、最初は“青ひげ”の裏返しで割と単純な
クライムストーリーだと思ったんです。ところがあとから読み直して、これはちょっ
とニュアンスが違うぞと気がつきました。話の結末が、読み手の解釈によって変わる
ような書き方になっているんです。ですからどういう風に受けとるかは、ある意味読
み手の物の考え方みたいなものにつながってくるでしょう。
でも書いているトゥーイ本人がそこまで考えているのかというのはよくわからない
んですよ。「階段はこわい」の原題の "Victim of Coincidence" って決まり文句で
しょう。それをタイトルにして、本当に言葉通りの話にしている。「おきまりの捜査」
も "Skeleton in Closet" から来てますし、慣用句というかおきまりの常套句をもと
にして書いたとおぼしき作品がいくつかありますから、わりとトゥーイ本人は軽い気
持ちで書いているんじゃないか。けれど、読み方によってはいかようにもとれる作品
になっているというのは、僕はすごくおもしろいと思います。
「予定変更」の世界観もどこかでつながっていますが、トゥーイも書いていくうちに
そういう感覚を意識的にコントロールできるようになったんじゃないかという気がし
ます。実際あとの年代の作品ほど投げっぱなしじゃなくて、作品の中の偶然とか不条
理が作中のレベルなのか、もっと違うレベルなのかというのが書き分けられるように
なっていると思います。
――収録作品はバランスを考えて選ばれたのですか。
「八百長」は入れたかったんです。ミステリですらない作品ですけど。解説の中で4
回くらい“落語的な”という表現を使ったのですが、与太郎みたいなやつが右往左往
して別に状況がよくなったわけでもなく、最後にそれじゃ元も子もないじゃんみたい
なオチで終わるような話です。こういう作品を好きな人がいるんですよ。最初読んだ
ときはぱっとしない話だなあと思ったのですが、負け犬とか不条理感を奇策を使わず
に書いて、ある方面で洗練されたらこういう形になるのかなと思います。空気みたい
な感じでそういうのがでている。《EQMM》のエレノア・サリヴァンも気に入って
いたみたいなので、これは入れようと思いました。
それより枚数の関係で収録できなかった作品がたくさんあるんです。「隣家の事件」
は最後まで入れるかどうか悩みましたが、ネタがかぶっているし、今読むと普通のデ
フォルトの話みたいな感じがするので収録を見送りました。
「さようなら、フランシー」はトリッキーな倒叙ものでわりと好きなんですけど、や
っぱり今の目で読むとこれはこうなるぞというのが見え見えなので。アイディアスト
ーリーとしては見劣りするかなと思って、はずしました。
『スカーレット・レター』というアンソロジーに収録された「ともかくもハッピーエ
ンド」は、途中まではナンセンスな設定でおもしろそうに進むんですが、起承転結の
転くらいで投げちゃったような作品なのでちょっと物足りない。
「エレガント・ホテル」も好きな作品ですけど、地味な話なので落としてしまいまし
た。主人公はホテル探偵で、ホテルから1歩も外に出ないんですよ。探偵がホテルで
ごろごろしていると、変な依頼人がきて変な事件がおきて解決してくれって頼まれる。
最後のほうで依頼人の女がホテルからでていこうとするとき、それを追いかけようと
するんだけど結局探偵はホテルからでない。わたしはこのホテルからでられないみた
いな感じで終わるんです。トゥーイがどういうつもりで書いたのかわかりませんが、
イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」という70年代の停滞感を歌った歌のように、
この話も西海岸の退廃みたいなものを感じましたね。
――作品の並びは発表順ですか。
必ずしもそうではありません。いろんなパターンの作品を書ける作家ですよという
のをみせようと思い、不条理ミステリとしていつも名前のあがる、"Routine
Investigation" をトップにおきました。つかみはこれが1番いいだろうと思って。
トゥーイのことはみんな知らないだろうから、最初の作品とか立ち読みするんじゃな
いかなというのもありました。枚数も少ないし、会話ですすむ話ですし。わりと入門
編という感じもあります。中盤は、はちゃめちゃな作品をおきました。《EQ》では
亡くなられた桜井一さんというイラストレーターがイラストを描いていたのですが、
その画風がぴったりくるような作品ばかりです。後半の作品はタッチが違っていて重
たいですね。初級編、中級編、上級編という風に並べています。
――お気に入りの作品はありますか。
トゥーイってただ者じゃないと思ったのは「予定変更」を読んだときです。こうい
う作品を書く人なんだとびっくりしましたね。話の転がし方とか中盤のブラックユー
モア的なところも好きだし、これだけひっぱってオチはそっちかよみたいなところも
含めてすべてトゥーイらしいんです。トゥーイらしいというのもほとんど説明になっ
ていないんですけど。すごく変な話なのにそれなりにおさまるところにおさまってし
まうという、ミスマッチがトゥーイらしい。トゥーイというのはおちゃらけだけの作
家じゃないんだというのを発見した点で、印象の強い作品です。
本全体を通してトゥーイという作家を推すときのキャッチフレーズからはちょっと
ずれるんですけど、個人的に好きなのは「そこは空気も澄んで」。あれはいい短篇だ
と思います。早川書房の方からコピーを送ってもらったときに読んで、トゥーイって
いい作家じゃんってしみじみ思いましたね。これが書けるなら信用してもいいみたい
なところがあります。エリンとかイーリイとかもっと毒の強い作家だったら、ラスト
はもうちょっと突き放した感じにするんでしょうけど。ラストをその手前でとどめる
人のほうが名手ということになるんじゃないかなあ。だからあれを書いちゃうという
のは、トゥーイが超一流の作家じゃない所以なのかもしれないんですね。でもあれを
書いちゃうところが僕は好きだなあ。短篇をどこで止めるかっていうのは、わかりま
せんよね。「そこは空気も澄んで」は会話とアクションにそんなに語数を使っていな
いのに、三人三様の空気が変わる。空気が動いていくっていうのが、ぴしっと伝わる
ように書けている。さらっと読めるんですけど、並大抵の腕ではないんじゃないかと
思うんです。初期の路線でずっと書いていたら、トゥーイは今とは違うビッグネーム
になっていたのかもしれないな。ただ初期の作風はばらばらなので、やっぱりよくわ
からないです。懐が深いんだか、なにも考えていないんだかよくわからない。本人が
いろんな目にあっている人なので、それが作品の振れ幅につながっているかもしれま
せんね。
――全体をみるとミステリっぽくない気もしますが。
セレクトが偏っているせいかもしれませんね。でもやっぱり僕は、この人はミステ
リの人だと思います。アイディアのスタート地点はミステリのパターンが変形されて
いるだけで、根はミステリの人でしょう。例えば「物しか書けなかった物書き」とい
うのはすごく変な設定なのに、妻殺しの王道の話なんですよね。どの作品でも枠から
はみでた変なところとミステリ作家だなと思えるところがあって、アンバランスなん
だけど共存している。完全にミステリの発想なりパターンなりからぶっとんじゃって
いる話はないと思います。
アメリカにはパルプマガジンの時代から有象無象の三文ミステリ作家がいっぱいい
て、ある種紋きり型のお約束だけを並べてあとはでたらめに書くというところがなき
にしもあらずでした。ハードボイルドでは私立探偵がぶん殴られて気を失って、美人
に会って、その美人には必ず裏切られるという、お約束の集積体みたいなところを書
くんです。「いやしい街を……」にでてくる作家なんかそうです。トゥーイはそうい
う意味でもアメリカの俗っぽいミステリの発想に片足つっこんでいる人だと思う。計
算せずに書き散らすというのもミステリ作家の型ではあるし、そういうところまで含
めてミステリというジャンルに囚われていたんじゃないかな。ハードボイルドってい
うのは今はあってないようなものですけど、ハリウッド映画とかパルプマガジンとか
を通じて神話みたいなものになっていて、そういうアメリカの無意識みたいなところ
に入りこんでいるミステリのお約束みたいなものにトゥーイはかなり蝕まれていたと
思うし、蝕まれていることに対して無自覚な人でもなかったと思う。お約束はいやだ
からそんなものを切り捨てて違うものを書くかというと、お約束に対してつっこみつ
づけるんだけれどもやっぱり完全に切っちゃうことはできなくて、そのジレンマが創
作の源泉の1つになっている。トゥーイはある意味天然だから、そのままミステリの
無意識みたいなものがはっきりでているのかもしれないですね。
トゥーイは、ちゃんと伏線をはってあとでそれが効いてくるというミステリの書き
方が身に付いている人ですよ。「拳銃つかい」でのトロフィーやあだ名がそうですし、
「オーハイで朝食を」でも伏線がびしびし後半ではまってくるのでびっくりします。
――法月さんは短篇がお好きなんですか。
最初はシャーロック・ホームズのパロディの短篇ばかり読んでいたので、短篇集は
好きなんです。江戸川乱歩編『世界短編傑作集1〜5』が1番好きで、『37の短編』
は手に入らなくて図書館で読みました。そのあと早川書房から『37の短編』をほんの
ちょっとかすって補完するような『エドガー賞全集』がでました。異色作家短編集と
はすれ違っているんですけど、乱歩編の短篇集の後半は結構異色作家が入っていまし
たからね。あと、意外にみなさん見過ごしていると思うんですけど、クイーン編『ミ
ニ・ミステリ傑作選』というのがかなりいいセレクトをしています。そこらへんは昔
から好きでした。『エドガー賞全集』ではじめて「ヨットクラブ」を読んだときこん
な話があるんだとひとりで盛りあがってましたね。
――《EQ》はリアルタイムで読んでいたんですか。
ちょうど《EQ》の創刊が中学生くらいだったんです。当時は毎号買っていたわけ
ではなくて、ホームズのパロディとかが載っていると買っていました。《EQ》の短
編は適当に読むわけですよ。〈黒後家蜘蛛の会〉が載っていたら読むけれども、ホッ
クは読むかどうかわからないみたいに。キャプションで“恐怖のジョーク男”って書
いてあってなんだろうと思って、たまたまトゥーイの「家の中の馬」を読んだんです。
そのインパクトが強くてそのあとずっと気になる作家でした。
《EQ》のはじまった頃は目玉がアシモフの〈黒後家〉と〈シュロック・ホームズ〉
で、ちょっと上の世代の人たちから〈黒後家〉〈シュロック・ホームズ〉〈怪盗ニッ
ク〉は、《EQ》に移ってからレベルが落ちたという話ばかり聞かされていました。
《ミステリマガジン》から読んでいた人たちからすると《EQ》というのはでがらし
みたいなイメージでみられていた時期があったかもしれない。ただミステリを読みは
じめた中学生にとって当時の《ミステリマガジン》は洗練されすぎて読むところが少
なかった。《EQ》のほうは割と本格っぽいものが多かったので、どうしてもそっち
に目がいっていました。〈黒後家〉と〈シュロック・ホームズ〉目当てで買っている
読者には、トゥーイの変な短篇はインパクトが強かったです。「家の中の馬」を読ん
だときは笑い転げて苦しくて読めなかった記憶があります。今読み返してみるとそん
なでもないですが、当時は強烈でしたね。
――《SFマガジン》の異色作家短編集特集でトゥーイを選ばれたわけですが、《ミ
ステリマガジン》から同じような依頼があったら誰を選びますか。
異色作家とは違うんですけど、ローレンス・ブロックやビル・プロンジーニといっ
たネオハードボイルドででてきた人は、雑誌で職人型短篇をいっぱい書いて、あがり
で長篇をだしてもらったというパターンが多いんです。彼らが雑誌に書いた短篇に、
結構変な作品がある。若島正さんが、ウェストレイクにも変な短篇がいろいろありま
すと紹介されていましたし。
そのなかでジョン・ラッツが〈胃弱探偵アロー・ナジャー〉というシリーズを書い
ていて、その短篇が好きなんです。僕が学生の頃《ミステリマガジン》に載っていた
ラッツの作品がどれも出来がよくて、MWAで短篇賞をとった作品もあります。アメ
リカで短篇集がでているので、それが訳されないかなあと思っています。どんな話が
あるかというと、探偵アロー・ナジャーの知り合いに印刷屋がいて名刺を作ってもら
う。けれど誤植で“プライベート・ディテクティヴ”が“プライベート・ディフェク
ティヴ”になってしまう。訳されたときの短篇のタイトルが「私立不良品」なんです。
事件の調査にあたって名刺をだす度に、みんなにこれはなんだと聞かれる。この名刺
が単なる自虐ギャグかと思ったら、しっかり解決の伏線になっている。ちょっとひね
りのある定番ハードボイルドみたいなのをいっぱい書いている作家です。ネオハード
ボイルドの中でも謎解きがちゃんとできて、それなりにハードボイルドの形をつくっ
ている点が好きなんです。長篇では『深夜回線の女』という、おもしろい作品を書い
ています。電話の混線を利用してダイヤルQ2みたいなものができているという設定
なんですけど、謎解きファンにアピールするような作品です。
それと日本の作家では山川方夫かな。実家に山川方夫の全集があって、そのショー
ト・ショート集がおもしろいんです。星新一とも都筑道夫とも違うショート・ショー
トを書く人が日本にもいるということで、なにかの形でまとめて紹介できるといいな
あと思っています。
――『法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー』(角川書店)で、本当は収録した
かったけど、はずした作品があれば教えてください。
1番入れたかったのはスタージョンの「考え方」です。あの短篇を読んだとき「こ
れはもうちょっとで本格だ。これと同じネタを泡坂妻夫が書いてくれたら、亜愛一郎
シリーズの中でもトップクラスの作品になる。これこそミステリにおけるセンス・オ
ヴ・ワンダーだ」と思ったんですけど、復刊するという噂を聞いたのではずしました。
「誰でもない男の裁判」も《ミステリマガジン》創刊400号記念特大号に載ったとき
読んで、傑作だと思いました。オールタイムの翻訳短篇だったら3本の指に入るくら
い好きです。これもA・H・Z・カーの短篇集がでたので、落としました。
収録作品がほぼ全部きまった後に読んでギリギリで入れることができなかったので
すが、《SFマガジン》2005年5月号に掲載された、ニール・ゲイマンがクトゥルー
物で書いたホームズのパロディ「エメラルド色の習作」も傑作です。イギリス女王の
代わりに変なぐちゃぐちゃしたものが国を治めているという設定の異常さと、この手
があったかという落とし方に「やられた」と思いました。
あと迷ったのはデアンドリアのマット・コブものの短篇「雪の歓迎」ですが、本格
としてみるとあっさりしすぎなのでやめました。
それとレン・デイトン『宣戦布告』という歴史・軍事物の短篇集があって、中にい
くつかトリッキーな短篇がはいっているんです。「特別任務――ハンニバル・ワン」
という短篇が唖然とするようなオチなので、まぎれこませようかなと思ったんですが、
本格じゃないので自粛しました。同じ短篇集に入っている「新時代の挨拶」というの
も同じような手口なんですけど、洗練された通好みの話なんです。そこらへんを最後
まで入れるかどうか迷いましたね。
国内物の選択がもっと苦しくて、小林信彦の『神野推理氏の華麗な冒険』か『ドジ
リーヌ姫の優雅な冒険』の中からどれか入れたいなあと思っていたんですけど、短篇
集をとおして雰囲気のある作品なので1個だけぬきだして入れてもみんなになめられ
ちゃうだけかなあと思って入れられなかったのが、ちょっと心残りです。
――今後のお仕事のご予定を教えてください。
先月講談社から『法月綸太郎ミステリー塾 日本編/名探偵はなぜ時代から逃れら
れないのか』『法月綸太郎ミステリー塾 海外編/複雑な殺人芸術』という評論集が
発売になりました。本の解説、『本格ミステリの現在』(国書刊行会)に書いた評論、
ガイドブック的な文章やユリイカ増刊号『ジェイムズ・エルロイ ノワールの世界』
に書いたロス・マクドナルド論などが収録されていて、バラエティ感があると思いま
す。
小説は、クイーンの『犯罪カレンダー』のむこうをはって、星座をからめた〈犯罪
ホロスコープ〉という短篇をまとめてだしたいと思っています。6つ書いて上巻でだ
したいのですが、なかなか星座の縛りは難しい。最初は書きやすい星座からはじめて
双子座、蟹座から書いて、まだ獅子座と乙女座が残っています。
長篇は、文藝春秋の〈本格ミステリー・マスターズ〉に書く予定です。
(取材・文/清野 泉)
(2007年2月号) |