■翻訳家インタビュー ―― 西崎憲さん
 昨年、『このミステリがすごい!』の海外作品部門の第6位に選ばれた『壜の中の 手記』(晶文社ミステリ)を翻訳(共訳)され、解説も書かれた西崎憲さんに、著者 ジェラルド・カーシュについて、また古典ミステリ作家のG・K・チェスタトンと、 短篇集を予定されているというエドガー・アラン・ポーについてお話をうかがった。
《西崎憲さん》1955年、青森県生まれ。翻訳家でアンソロジスト。昨年、日本ファンタジーノベル大賞受賞作『世界の果ての庭』で作家としてもデビュー。『四人の申し分なき重罪人』(G・K・チェスタトン/国書刊行会)、『ドイル傑作選1、2』(翔泳社)、『英国短篇小説の愉しみ1〜3』(筑摩書房)、『ヴァージニア・ウルフ短篇集』(ちくま文庫)など、編・訳書多数。 

【ジェラルド・カーシュについて】
――ジェラルド・カーシュの作品集は2作目が予定されているようですが、『壜の中の手記』はたいへん好評でしたね。どんなところが魅力なのでしょう?
「そう、あんなに話題にしてもらえるとは意外でした。一部のファンのあいだでは、大事な本になると思っていたのですが、あれほどたくさんの人が買ってくれるとは思いませんでした。嬉しかったですね。カーシュについては〈カーシュを好きになる人はとても好きになるけれども、嫌いになる人はものすごく嫌いになる〉ということを言った人がいますが、確かに万人にうける作家ではないでしょう。ですが、彼の作品のテイストというのは、ほかでは決してみられない、独特のものです。カーシュが書いてくれなければ、この世にこのテイストの小説は生まれなかっただろうと思います。"One and only" という言葉もあてはまると思いますし、またマイナー・ポエットともいえますね」

――マイナー・ポエットですか?
「万人に愛されたり、大きな賞をとったりするわけではないけれど、一部の人に圧倒的に支持されて、とても愛されている詩人のことをそう呼びます」

――ミステリのシリーズから出た本でしたが、解説で綺譚小説と書いていらっしゃったように、カーシュの作品はジャンルをどう表現していいか難しいですね。
「文学とも言いきれないし、エンターテインメント小説ともいいきれない。中間にあるのですよね。でも、文学でも掬いきれないし、エンターテインメントでも掬いきれない部分をうまく描いていると思います」

――収録作品中の「刺繍針」は、最近のミステリにも似ていると思いました。
「カーシュはちょうど〈サイコの走り〉の時代の作家なのです。そういう意味で、現代のミステリにつながる部分があるのでしょう」

――収録作品のなかで、とくにお好きな作品はありますか?
「好きなものを訳させてもらったので、自分が訳したものはどれも好きです。なかでも以前、『英国短篇小説の愉しみ』でも訳した『豚の島の女王』は好きですね。そのほかにも好きな作品はたくさんあって『ブライトンの怪物』や『死こそわが同志』もいいですね。暗い話ですけどね。それから、第2集に収録される作品もふたつ訳していますが、とてもいい話です。期待していてください」

【G・K・チェスタトンについて】
――古典ミステリでは、チェスタトンがとくにお好きだそうですね。
「チェスタトンは、肌に合うというか……。僕にはもちろんあんな凄い才能はないわけで、でも作品を訳すことによって、その才能に触れることができるのだから、それは何だか得な感じがしますね。ただ、決して訳しやすい作家ではないです。語彙も凝っているし、構文も複雑で凝っている。凝った原文をあっさり訳すわけにはいかないから、時間にすれば、ほかの作家の3〜4倍の時間がかかると思います。効率はとても悪いですね」

――とくにそのチェスタトンの才能を感じるのはどういうところでしょう。
「〈チェスタトンの逆説〉などといわれるところだけれど、『ひとつのものが、ある状況のなかでどんな意味を持ちうるか』ということに関して、もう異常にヴァリエイションがあるのですね。もうどうしようもない凄さです。常識とか、一般的な概念が通用しない場を組み立てる力、固定概念を裏切る想像力というのがはかりしれない。人間の認識が確かではなくて、その認識を疑うことを教えてくれるという点で、とてもスリルを感じるし、ものの見方や観点にも圧倒されます。ミステリ史の中でも、文学史でも巨人のひとりだと思います」

【エドガー・アラン・ポーについて】
――今は、ポーの短篇集を準備されているそうですね。
「ちくま文庫で、古典を初めて読んでみようという人に向けて、作家をひとりずつ紹介しているのですが、つぎはポーをとりあげます。今、作品選びをしているところなんですが、あの膨大な作品から文庫1冊分を選びだすのは本当に難しいです。有名でだれもが知っているものばかりを集めてもおもしろくないでしょう。でも、そういった有名な作品を全部外してしまうわけにはいかないから、7割くらいは知られた作品を、残りの3割は僕の好みを反映させたものを選びたいなと思っています」

――古典では、訳書はあるものの、古いものは日本語が難しいということもあるので、入門者向けというのは嬉しいです。ですが、ポーの場合、訳書が古いだけではなく、英語そのものもたいへんむずかしいと思うのですが。
「あのころの新聞記者や小説家はどうしてこんなに難しい単語を使うのだろうと思うこともありますね。なかでも、ポーは、とくに挿入節が多いようです。構文そのものもやはりとてもむずかしいです。でもそういうところもポーを読む楽しさの一部なのですけれどね」

――ポーは天才だと言われますが、とくにどんな点がすばらしいのでしょう。
「ポーの場合は、アイディアと、そのアイディアを生かす描写力、文章力がすばらしいです。そして構成がいいですね。構成にはもっとも知性がでるのじゃないかな。構成があまいとどうしても、不全感が残るのだけれど、ポーは完璧だと思います」

――ご自分で小説を書かれるときにも構成には気をつかいますか?
「とても気を使いますし、同時にきちんと構成しすぎないように気をつけてもいます。構成はあまりきっちりやりすぎてしまうと、狭めてしまうのですよ。先ほどの話とは矛盾して聞こえるかもしれないけれど、ポーはとてもしっかりした構成でありながら、肝心なところはぽっかりと空けてあると思います。
 小説っていうのは、多分、書き始める前が一番可能性がひろくて楽しいと思うのです。それが文字に書かれていくにつれ、世界が限定されて、狭くなるでしょう。ほかの選択肢が消されてしまうから。これは作者の観点から見たことだけど、読者についても言えると思うのです。ポーはそういうところでひじょうに優れているような気がする。想像の余地を残してあるというか。
 文章というのは、もちろん頭で理解して読むものなのだけれど、すべて頭で割り切れてしまう小説は心に残らないと思うんですよ。結末や読後感を説明しつくせるとしたら、それはあまりいい作品じゃないんじゃないかな。言葉で表せないものが残る作品がいいと思うんです。ちょっと本題から外れた話をしてますね」

【短篇へのこだわり、そして今後のこと】
――西崎さんというと短篇を編集されたり、翻訳されることが多いですし、受賞作の『世界の果ての庭』もふつうの長編とは違っていたと思うのですが。
「僕にとって『世界の果ての庭』は長編なんですよ。5篇の短篇を組み合わせた形ではあるのですけれどね。長編小説を自分で書いてからは、長編も前ほど嫌いではなくなりましたが、やはり短篇が好きですね。まず、手軽なのがいいし、書きすぎてないのがいいです。短篇のほうが、解釈の余地があるという点で詩的でしょう。僕は詩的なものが好きなので」

――西崎さんの翻訳を楽しみにしている読者も多いと思うのですが、これからは小説の執筆が多くなるのでしょうか。
「自分が読んですばらしいと思ったり、感動した作家や作品を、みなさんに紹介しなくてはいけないという使命感のようなものがあります。使命感というと、ちょっと大げさな気もしますが、なぜかそのような感覚があります。これは何なんでしょうね。特別、愛他的な人間でもないんですが。いずれにせよこれからも翻訳は続けていきます。いまは怪談が訳したくてたまらないです」
(取材/文 唐澤涼子)
(2003年7月号)
 
■主な著書紹介■
『世界の果ての庭』 (新潮社)

■主な訳書紹介■
『壜の中の手記』ジェラルド・カーシュ(晶文社ミステリ)
『四人の申し分なき重罪人』G.K.チェスタトン(国書刊行社)
『ドイル傑作選 1』アーサー・コナン・ドイル(翔泳社)
『ドイル傑作選 2』アーサー・コナン・ドイル(翔泳社)
『英国短篇小説の愉しみ 1』ジェラルド・カーシュ他(筑摩書房)
『英国短篇小説の愉しみ 2』G.K.チェスタトン他(筑摩書房)
『英国短篇小説の愉しみ 3』ダンセイニ卿他(筑摩書房)
『ヴァージニア・ウルフ短篇集』 ヴァージニア・ウルフ(ちくま文庫) 

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