| 《森 英俊さん》東京都出身。ミステリ洋古書店 Murder by the mail を運営。主な著書に『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』(国書刊行会)、『ミステリ美術館』(国書刊行会)、編訳書に『密室殺人コレクション』(共編/原書房)、『これが密室だ!』(共編/新樹社)、訳書には『眠りをむさぼりすぎた男』(クレイグ・ライス/国書刊行会)、『悪魔を呼び起こせ』(デレック・スミス/国書刊行会)、『殺しにいたるメモ』(ニコラス・ブレイク/原書房)などがある。
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| 《藤原義也さん》国書刊行会勤務をへて、現在フリーランスでミステリ、怪奇・幻想小説の編集にたずさわり、〈世界探偵小説全集〉(国書刊行会)、〈晶文社ミステリ〉などをてがける。『絹靴下殺人事件』(アントニイ・バークリー/晶文社)、『廃墟の歌声』(ジェラルド・カーシュ/晶文社)、『ヨットクラブ』(デイヴィッド・イーリイ/晶文社)、『海を失った男』(シオドア・スタージョン/晶文社)などが藤原さんの編集によるものである。 藤原さんのサイト:「本棚の中の骸骨」http://www1.speednet.ne.jp/~ed-fuji/
| ――『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』(国書刊行会)(以下[本格派篇]とす
る)を作ろうと思ったきっかけを教えてください。
藤原:1993年の秋、国書刊行会の編集部宛に『ミステリ作家名鑑 本格派編1920-70』
(以下「名鑑」とする)という私家版の冊子が、森さんからいきなり送られてきたん
です。そのころぼくは〈探偵クラブ〉というシリーズをてがけていて、〈世界探偵小
説全集〉(以下〈全集〉とする)の企画を練っていたところだったんですが、これを
一読してびっくりしてしまったんです。アリンガム、イネス、マーシュなど、ほとん
ど翻訳のない作家を原書でどんどん読んで紹介している。もっとマイナーな作家も沢
山載っていてノーマン・ベロウなんて聞いたこともない名前もある。しかもそういっ
た作家の未訳作品がいかにも面白そうに紹介されていたりするんですね。すごい人が
いるなあ、この森英俊ってどういう人だろう、と。ちょうどクラシック・ミステリの
ファンジン〈ROM〉の加瀬義雄さんや小林晋さんにも相談しながら〈全集〉の作品選
定を進めていたところですから、この人にもいろいろ教えていただこうと早速会いに
行ったんです。
森:そのときわたしは『天井の足跡』(クレイトン・ロースン/国書刊行会)と『眠
りをむさぼりすぎた男』(クレイグ・ライス/国書刊行会)を推薦したんですよね。
藤原:そうです、ほかにも「名鑑」を見てこの作品はどうでしょうかとうかがったり
して『眠りをむさぼりすぎた男』はその場で翻訳もお願いしました。それで〈全集〉
の方の仕事がすすんでいって、そのなかで「名鑑」では対象作家の主要な作品しか紹
介していなかったのですが、「名鑑」を拡充して事典を作ったら画期的なものができ
るんじゃないかと思ったのです。もとがすでにあって森さんのなかでも蓄積があるわ
けですし、最初は森さんも「書誌の追加をするのは大変じゃないよ」とおっしゃって
いてそんなに大変じゃないかなあと思っていたのですが、実際やってみたら大変だっ
たんですよね。
森:ライスがでたのが95年で、そのあとで事典に着手したんだと思います。
藤原:メモを見ると95年3月に企画が正式決定しています。そこからスタートして、
98年1月刊行まで、3年近くかかったわけです。
――そうして今回『世界ミステリ作家事典[ハードボイルド・警察小説・サスペンス
篇]』(以下[ハードボイルド篇]とする)をお作りになるまでどういう経緯があっ
たのですか。
藤原:[本格派篇]が完成したときに、「いずれ本格派以外の作家も」という話はあ
りましたし、もちろん読者からの強い要望もありました。海外ミステリ全般を考えた
ときに、「本格派」だけではやはり片手落ちになるわけで、たとえば古典作家でもウ
ールリッチやハメット、チャンドラー、シムノンといった重要作家が漏れてしまう。
2冊あわせて海外ミステリの主要な作家をカバーしよう、という考えは最初からあっ
たと思います。ただ、[本格派篇]が98年1月に出て、しばらくはさすがに2人とも
「さあ次」という気持ちにはなれなかったんじゃないかな。それだけ[本格派篇]は
大変な仕事でしたから。すこしインターバルを置いて、[ハードボイルド篇]の企画
が動き出したのは翌年の3月です。
――事典でとりあげる作家はどのように選定なさったのですか。
藤原:[本格派篇]のときは基本的に森さんにすべてお任せしています。[ハードボ
イルド篇]では、対象とするジャンルがかなり広かったので、ひとりでは難しいとい
うことで、複数の方に執筆をお願いして「この作家を入れたら」とか「これを書きた
い」というその方たちの意見も入っています。今回、作家の選定については、どこま
で入れるのか線引きが難しかったです。冒険小説的な作家、普通小説と犯罪小説の境
界線的な作家をどうするのかとか。さかのぼれば19世紀の犯罪小説やゴシック小説も、
広い意味のサスペンスといえるわけですし。
森:この機会に入れておかないととりあげる機会がなくなってしまうのではないかと
いうことで、異色作家系のイーリイ、カーシュ、A・H・Z・カーあたりは入れたい
と思っていました。
――藤原さんからぜひこの作家を入れてほしいとう要望はあったのですか。
藤原:ぼくから提案したのは、ジョン・フランクリン・バーディンくらいですね。翔
泳社で出した『悪魔に食われろ青尾蠅』には思い入れがありましたし、その時点では
邦訳は1冊だけでしたが、心理サスペンス小説の流れを考える上で重要な位置を占め
る作家だと思いましたので。
森:作っているうちにこれも入れたいという作家もでてきました。ベン・ベンスンや
ジュリアン・シモンズも当初は入っていなかったのですが、ちょうど『ブラッディ・
マーダー』(新潮社)がでたので、ジュリアン・シモンズは収録することにしました。
シモンズは[本格派篇]でもとりあげようと思えばとりあげられたんですが、自分の
なかで抵抗があって。なぜかというと、シモンズはアンチ本格の総本山とみなされて
いたところもあったので、ちょっと嫌だなと思っていたのです。ただ『ブラッディ・
マーダー』がでたので、あれを読めばそういう誤解みたいなものが払拭できると思い
ましたし、作家的には重要な人なので今回は採用しました。[ハードボイルド篇]の
「序」にも書きましたが、書誌作成があまりに大変なので、スリラー系のエドガー・
ウォーレスは落としました。短篇集がかなりあって、戦前の翻訳が全然わからないん
ですよ。原題とかもわからないし。それから、ホラーとの境界線の作家やSFを書い
ている作家もおおむね載せませんでした。
――シムノンやマクベインも[本格派篇]ではなくて[ハードボイルド篇]での採用
でしたね。
森:シムノンはサスペンス寄りの作家だし、マクベインは警察小説なので、こちらに
しました。ヒルなどのイギリスの警察小説は本格と警察小説の境界線上で本格に接近
しているので、[本格派篇]でとりあげたものが多いのですが、アメリカの警察小説
はそうでもないので、[ハードボイルド篇]で採用しています。イギリスに関してい
うと、警察小説と本格との境界線があいまいになっていますね。今回いちばん困った
のはノワール系の作家かな。ノワール自体のイメージが明確でないので。
藤原:最近のクライム・ノヴェル、いわゆるノワール系の作家は、作家選定の場でも
どこまで入れるか、いろいろ意見がでましたね。
森:あとフランス系の暗黒小説系の作家とか。
藤原:フランス作家については執筆者の1人、平岡敦さんが専門家ですから全面的に
お願いして、セリ・ノワールから現代作家まで、充実した紹介が出来たのではないか
と思います。
――今回複数の方が執筆を分担しているのはなぜですか。
藤原:先ほども話にでましたように、今回は対象となるジャンルが、ハードボイルド
(正統派から通俗派まで)、サスペンス、警察小説、コージーミステリ、リーガルサ
スペンス、異色作家など扱う範囲が広く、1人でカバーするのが難しいことはわかっ
ていましたので、複数の執筆者でそれぞれ得意な分野や作家を担当していく方針は、
企画の初期段階から決まっていました。
森:個人的にいうと、わたしはサスペンス系が苦手なんです。好きなのは本格、警察
小説、ハードボイルドで、いちばん苦手なのがサスペンスなんですよ。はらはらどき
どきというのがどうしても苦手で。感情移入しすぎて読んでしまうからでしょうか。
――執筆者が複数になったことで[本格派篇]を作ったときと何か違ったことは、あ
りますか。
森:執筆の足並みがそろわなかったことが大変でしたね。いちばん先に原稿をくれた
人といちばん最後の人とで2年くらい違っていましたからね。
藤原:早く入稿してくださった方には、その後に出版された作品についての記述を追
加していただくことになり、そのぶん余計な負担をかけることになってしまいました。
森:書誌データははじめ20世紀で切ってという話だったんですけど、何度も訂正して、
3回くらいのばしたのかな、最終的には2002年末までの書誌データになりました。そ
のたびに書誌を追加しなければいけなくて、その追加する作業がものすごく大変でし
た。とくに海外で短篇集がでていると収録作をネットで調べられない場合には、収録
作品を調べるためだけにわざわざ本を購入しなければいけなくて。
藤原:書誌づくりは、いってみれば修羅の道ですよね。
森:シムノンに関しては運良くいい資料も手に入りました。サザビーズでシムノンの
初版本のオークションがあって、カタログをうちに送ってきたんですよ。それを見る
と発行順、発行年、どういうタイプの小説か説明があったので、結果的におそらく日
本で1番完璧に近いシムノンの書誌になっていると思います。
藤原:シムノンに関してはまだ何が出てくるかわからないですから、なかなか完璧と
いう言葉は使いにくいんでけど。
――事典を作る際こういうスタイルにしようと参考にした資料はあったのですか。
藤原:著作リスト、プラス作家作品解説という形式は、John M. Reilly
"TWENTIETH-CENTURY CRIME AND MYSTERY WRITERS" に近いですね。ただこの事典には
短篇集の内容までは掲載されていません。
森:短篇集や翻訳短篇までフォローしたのは、『世界ミステリ作家事典』がはじめて
じゃないかな。
藤原:『世界ミステリ作家事典』のもうひとつの特色として、編者・執筆者のミステ
リ観・作家観を明確に打ち出している点もあげられますね。[本格派篇]には特に、
森さんなりの本格ミステリ観が一貫して流れていて、どのページにも森さんの息づか
いのようなものがみなぎっているように思います。[ハードボイルド篇]でも、各執
筆者には教科書的な通り一遍の解説ではなく、自分なりの作家論、作品評を展開して
もらうようにしています。
森:作家へのラブレターのつもりで書いてくれっていってませんでしたっけ。
藤原:ぼくはたぶんそういうことはいいませんよ。それは森さんの言葉では。
森:作家について言及するのが好きな執筆者と、作品について言及するのが好きな執
筆者とタイプが2通りありますよね。
藤原:[本格派篇]に比べると、ユニークな経歴の作家が多いですね。
森:ハメットとか、チャンドラーとか。
藤原:作家本人の生き方自体がおもしろいんです。
――作家が決まると事典の作成のために、まずは作品を読むんですよね。
森:[本格派篇]のときは事典を作るときまでにけっこう作品を読んでいたので、作
家についてのイメージもある程度はできていました。それでずっと同じ作家を読み続
けると飽きてしまうと思って、いろんな作家を交互に読んで、読みながらあらすじや
感想を1作品1枚のメモ用紙に書いて、それを積み重ねて最終的に作家像を作り上げ
ました。今回はイメージができていない作家もいたので、同じ作家のを立て続けに読
んで、あえてひとつひとつメモをとらずに、読んでいくうちに作家のイメージや作品
のシリーズのイメージを作ったんです。その典型的なのがシューヴァル&ヴァールー
です。だから自分でも気に入ってすごく力を入れて書いた作家と、さらっと書いた作
家がでてきてしまいました。たぶん、女性作家の何人かはさらっと書きすぎているん
じゃないかなと思います。あれだけ嫌だったシモンズも、自分の書いた文章自体を気
に入っているのでけっこうあの項は好きです。ほかに自分が書いたところで気に入っ
ているのは、ジョン・エヴァンズ(ハワード・ブラウン)とかデイヴィッド・アリグ
ザンダーとかです。もともと埋もれている作家を掘りおこすという作業がすごく好き
で、今回もこの2人が埋もれているけれどすごくいい作家の典型例ですね。それから
いちばん大変だったのは、エド・マクベインですね。〈87分署〉シリーズを読みかえ
して、代表的な作品をどこにしぼるかというのが難しかったです。
藤原:シリーズのなかでも異色作がいろいろありますし。
森:シリーズキャラクターもいっぱいでいますしね。あと大変だったのは書誌かな。
モーリス・ルブランだけは野村宏平氏にお願いしましたけれど、フランス作家も平岡
さんに資料をいただいて自分で作ったので、結局、書誌の大半はわたしが作ったこと
になります。なかでも大変だったのが作品数の多い作家です。カーター・ブラウンと
かシムノン、ジョン・クリーシーあたりの。校正も結局は書誌のチェックですからね。
藤原:校正中に内容が判明した短篇集とか、新しく刊行された本もあって追加がかな
り入りました。
森:フレデリック・ダールの項では、ダール名義とサン‐アントニオ名義でまったく
同じタイトルの本がでていて、この場合はネットに書影が載っていたので、違う本だ
とわかったんです。思えばネットは有効でしたね。それから翻訳に関しては、ミステ
リ関係の雑誌だとわかるんですけど、それ以外の『プレイボーイ』とかは大宅文庫に
行って調べないとわかりませんでしたね。
――『プレイボーイ』に翻訳作品が載っているというのはどうやってわかるんですか。
森:どんな雑誌に翻訳作品が載っているかはわからないので、全部調べるんです。何
人かで大宅文庫に行って、翻訳作品が載っていないか、雑誌を片っ端から。『プレイ
ボーイ』や『ブルータス』にはけっこう翻訳作品が載っていましたね。極端な話、創
刊号から最近のものまで雑誌を全部調べるんですよ。それでも抜けているやつがある。
藤原:思わぬところで翻訳されていたりとかするんですよね。
森:『週間スリラー』というのをチェックしなかったんだよなあ。『週間スリラー』
にもどうも翻訳が載っていたみたいなんですよ。
藤原:小説雑誌以外でも、軽い読み物として翻訳を載せている場合もありますし。P
R誌の『サントリークォータリー』なんかも。
森:『サントリークォータリー』は発行元にも問い合わせたんですけど、資料が残っ
ていないということで、わかりませんでした。『サントリークォータリー』は大宅文
庫にも入っていなかったので、古書店で見かけるたびにチェックするしかなかったで
すね。
――森さんがチェックして、それをまた藤原さんがチェックなさったんですよね。
藤原:書誌については、ぼくのほうでは疑問点をピックアップして森さんに投げ返す、
という作業になります。手元の資料にもあたったりしますけど資料によって食い違っ
ていたりする場合もあるので、注意が必要ですね。
森:作家自身のホームページも自分の著作に関して違ってたりするんですよね。
藤原:大ざっぱな作家も多くて。
森:でも翻訳物の書誌調べはパズルみたいで、原作がわかったときにはカタルシスが
ありますよ。
藤原:戦前の探偵雑誌の翻訳は原題を明記していないものが多いのですが、そういう
ときは冒頭部分を原文とつきあわせて当たりをつけるんです。
森:あと登場人物で調べていくとかね。
――[ハードボイルド篇]はフランス人作家の資料が充実していますね。
藤原:フランス作家に関しては、これまでまとまった情報が不足していましたから。
フランス・ミステリの翻訳や作品紹介で活躍している平岡さんを執筆陣に迎えること
ができたのは、大きかったと思います。
森:情報が足りないことで作り上げられてしまう虚像みたいなものもありますから。
藤原:これはフランス作家に限らないのですが、最初紹介されたときの暫定的な評価
がいつのまにか定着してしまって、そのあとの検証がなおざりにされている場合が、
多々あるように思います。今回、この2冊の事典でその点検作業がとりあえずできた
んじゃないでしょうか。こういう作業はつねに続けていかなければいけないのですが。
森:[本格派篇]でいえば、典型的なのはバークリーじゃないかな。これまでのイメ
ージと違って、翻訳が次々でると奥行きのある作家だというのがよくわかる。こうい
う作家が非本格の作家のなかにもいると思うんですよね。イーリイなんかでも、みん
な去年『ヨットクラブ』(晶文社)を読んで驚いたわけですからね。
藤原:イーリイなどは、一昔前に相当数の短篇が紹介されていたんですけど、いつの
まにか忘れられてしまったんですね。50〜60年代くらいの作家がいま1番盲点になっ
ているのかもしれません。
――巻末のミステリ・アンソロジー・リストもすばらしいですね。
森:付録に関しては前のものより充実させるつもりで作ったので、[本格派篇]より
[ハードボイルド篇]のほうがよくなっていると思います。データのベースは野村氏
がずっと作っていて、それを使おうということになりました。CD−ROM媒体でこ
ういうのはなくもないんだけど、活字媒体の方が資料性が高いですしね。ジャック・
サリヴァンの『幻想文学大事典』(国書刊行会)に触発されたというのもあるかな。
藤原:『幻想文学大事典』には怪奇幻想小説アンソロジー・リストを日本版オリジナ
ルの付録としてつけて、それがかなり評判が良かったんです。
森:作家の項目部分で各作家の短篇を紹介して、付録のアンソロジー・リストで翻訳
ミステリ・アンソロジーの内容細目を紹介しているので、項目部分と付録部分が補完
しあって、リファレンスとして二重に使えると思います。
藤原:全集・叢書リストを見ていくことで、日本の翻訳ミステリ史も浮かびあがって
きますね。
森:それにこういうリストがあると本集めの楽しさが増しますよね。わたしの場合は
1人の作家が好きになると、その人の長篇だけじゃなくて、短篇の掲載されている雑
誌とかアンソロジーまで欲しくなる。自分以外にもそういう人はきっといるでしょう
し。
藤原:[本格派篇]が出て、自分も原書を読んでみようという人が増えたんじゃない
かな。
――[ハードボイルド篇]は[本格派篇]に比べて原書の紹介が少ないですね。
藤原:基本的に[ハードボイルド篇]に収録されているのは、それなりに日本で紹介
されてきた作家が中心です。[本格派篇]では、ほとんど邦訳のないマイナー作家が
多数含まれていましたけど、今回そこまで手を広げると、この頁数ではとても収まら
ない(すでに1000頁近くあるわけですが)。[本格派篇]では約250人、[ハードボ
イルド篇]では160人くらいに収録作家をしぼり込んでいるのに、本の厚さは同じで
しょう。それだけ多作家が多いんです。
森:ハードボイルドはパルプ雑誌系の作家が多いので、それを入れるとかなりの数に
なってしまいます。今回パルプ系の作家はキャロル・ジョン・デイリー、ラウル・ホ
イットフィールドくらいかな。パルプ雑誌にハードボイルドの中短篇しか書いていな
い作家というのはいっぱいいるんですよ。
藤原:ハードボイルドだけで1冊作れば、[本格派篇]みたいなのができるかもしれ
ませんね。それを作るのは[本格派篇]以上に大変だろうなあ。
森:ハードボイルドファンでそこまでマニアックな人っていないですよ。
藤原:ハードボイルドのファンは、ジャンルというより作家についているファンが多
いような気がしますね。
――99年の春からスタートしてすべての原稿が2003年夏にそろって、2003年末に刊行
となったわけですね。できあがっていかがですか。
森:開放感と同時にほっとしたというのが正直なところです。
藤原:憑きものが落ちたような感じですか。
森:半年くらいのんびりしたかったけどそうもいかなくて、1週間くらいのんびりし
ました。
藤原:責了にしてしまうと、頭のなかはもう次の仕事のほうに半分くらい行っていま
すから、今この時点では、もう遠い過去のような感じですね。欲をいえばもっと拾い
たい作家はいます。大戦間のイギリスで、ジャンル作家じゃないんですが、サスペン
ス的なクライム・ノヴェルを書いていた人がけっこういる。たとえば、『銀の仮面』
(国書刊行会)のヒュー・ウォルポールとか、先だって『終わりなき負債』が紹介さ
れたC・S・フォレスターとか。異色作家系ではリチャード・マシスン、ボーモント、
シャーリー・ジャクスンなども残っていますし。そうやって挙げはじめると、キリが
ないですね。
森:もう1冊おやりになっているんですよね? 日本作家の事典を?
藤原:性懲りもなく『日本ミステリ作家事典/本格派篇』を。これは日下三蔵さんの
編で晶文社から出るんですけど。
――昨今のクラシック・ミステリブームについてはどう思われますか。
森:読み手としては喜ばしいことです。たずさわっているものとしていちばん困るの
は、企画がぶつかることですね。
藤原:最近そういうケースが目につくようになりました。出版サイドとしては笑えな
い話ですね。そうならないよう情報収集には努めてはいるんですが。基本的に翻訳が
たくさん出ること自体はいいことだと思うんです。「こんなものまで」なんて冷やか
しを言う人もいますけど、それで埋もれるものはまた埋もれてしまうでしょうし。そ
れでも何らかの形でいったん本になるというのは、大事なことだと思っています。
森:〈全集〉に関していうと、選ぶ時点ではいちばんいい作品を選んだつもりだった
のに、でてみると世間の評価があまりよくなくてがっかりしたことがありますね。
藤原:でも、「ダブル・ダブル」じゃないですが、物事には必ず2つの面がある。読
者の反応にも2つの極があると思うんです。ガチガチのパズラーを好む人もいればそ
うじゃない人もいる。一口にクラシック・ファンといってもね。『赤い右手』(ジョ
エル・タウンズリー・ロジャーズ/国書刊行会)を出したときも、こういうケレン味
のあるのを待ってたという声もあれば、その不自然さが嫌だという人もいました。も
ちろん読者の反応は気になりますが、あまりそれに振り回されても、と思っています。
これは面白いよ、というのを送り出していく、評価はご自由に、という姿勢でいいん
じゃないでしょうか。
――これまで意外に受けた作品って何ですか。
藤原:いまも話にでた『赤い右手』があそこまで受けるとは、正直思いませんでした
ね。
森:『赤い右手』が受けたので大好きな『編集室の床に落ちた顔』(キャメロン・マ
ケイブ/国書刊行会)を推薦したんですが、世間の反応は冷たかったですね。原書を
読んでもっとも衝撃を受けた作品のひとつだったんですが。
藤原:『編集室の床に落ちた顔』はいわば探偵小説批判、読者批判のミステリでもあ
るので、そのせいもあったんじゃないでしょうか。ある意味、善良なミステリ・ファ
ンに水をぶっかけるような作品ですから。届く人には届いたと思いますよ。
森:がちがちの本格じゃない作品、ミッチェルやアリンガムにどういう反応があるか
が楽しみですね。
藤原:日本人の考える「本格」の概念はちょっと特殊だと思うんですよね。本格かく
あるべしみたいな枠組がまずあって、それからはみだしたものは面白くないといわれ
てしまう。海外の(とくに英国の)トラディショナルな探偵小説と、日本人の考える
「本格」とのあいだには、かなりずれがあると思います(というのも森さんから教え
てもらったことですけど)。でも、イネスやミッチェルの作品を受け止めてくれる層
も確実にできていて、読者層は広がってきていると思います
森:それにもっと海外ミステリをみなさんに読んでもらいたいですね。
――今注目している作家を教えてください。
森:最近驚いたのはジョン・ロードに第3のペンネーム、セシル・ウェイがあったと
いうことです。だから今はセシル・ウェイに注目しています。最近の作家だとポール
・ドハティですね。
藤原:バークリー紹介が1段落したら、次はマイクル・イネスでしょうか。面白さの
ツボが少し違うので、なかなか難しいんですが。あと、レオ・ペルッツというオース
トリアの作家が最近気になっています。『最後の審判の巨匠』という探偵小説的作品
があるんですが、ドイツ語は読めませんから英訳で読んでみたら、これが予想してい
たのとまったく違うタイプの作品で、非常に面白かったんです。ほかにも面白そうな
長篇がありますし、もうすこし追いかけてみたいですね。
――ミステリで注目している国はありますか。
森:北欧系ですね。本格ミステリがさかんなようなのに、ほとんど情報がないんです
よ。
――今後のお仕事の予定を教えてください。
森:4月に原書房からカーター・ディクスンの "SEEING IS BELIEVING" の新訳『殺
人者と恐喝者』がでます。原書房の翻訳ミステリはわたしが監修していて、7月にA
・A・ミルンの "FOUR DAYS WONDER" というユーモアミステリがでて、今年はだいた
い3か月に1冊くらいでる予定です。
藤原:〈世界探偵小説全集〉は5月にエドマンド・クリスピン『大聖堂は大騒ぎ』、
夏にマイクル・イネス『ストップ・プレス』、晶文社からは4月にジョン・フランク
リン・バーディンの第1作『死を呼ぶペルシュロン』が、そのあとA・H・Z・カー
の傑作集を予定しています。
(取材・文/清野 泉) (2004年3月号)
★藤原義也さんへのインタビューはこちらにもあります★ |