■インタビュー ―― 小林浩子さん
 昨年9月、読む人の心を温かくするほのぼのとしたミステリが登場した。タイトル は『No.1レディーズ探偵社、本日開業』(ヴィレッジブックス)。アフリカはボ ツワナを舞台に、34歳、離婚歴あり、かなり太めのプレシャス・ラモツエ(通称マ・ ラモツエ)という女探偵が活躍するシリーズ1作目だ。そしてこの8月にはシリーズ 第2作となる『キリンの涙』も刊行された。今月は、このマ・ラモツエ・シリーズを 訳されている小林浩子さんに、シリーズの魅力についてうかがった。
《小林浩子さん》千葉県出身。英米文学翻訳家。マ・ラモツエ・シリーズ以外に も、『機上の奇人たち〜フライトアテンダント爆笑告白記』エリオット・ヘスタ ー(文春文庫)、『007/赤い刺青の男』レイモンド・ベンスン(ハヤカワ・ミ ステリ)、『魔女が目覚める夕べ』J・D・ロブ(ヴィレッジブックス)、『ラ スト・ラヴァー』ローラ・V・ウォーマー(集英社文庫)など訳書多数。           
――マ・ラモツエ・シリーズとの出会いについてお聞かせください。  おととしの秋ごろだったでしょうか。ヴィレッジブックスの編集の方からリーディ ングを依頼されたのが最初の出会いです。すでに本国では4作目まで出ているときで、 4冊まとめて読みました。向こうでは話題になっていたようですが、恥ずかしながら 全然そんなこと知らなくて。そういうわけで、なんの情報もなく真っ白な気持ちで読 んだわけですが、もうすっかり惚れこんでしまいました。リーディングはいろいろや ってきましたけど、これが他の人の翻訳で出たらちょっと悔しいなと思うくらいぞっ こんでした。その年の暮れに版権が取れて翻訳を依頼されました。 ――どんなところに魅力を感じましたか?  雰囲気がゆったりしていて、とても心地いいんですよね。読んでいるとやさしい気 持ちになれるし、なつかしいような感じもするし。とってもあったかいのに、べとべ とはしてなくて、ちょっと距離を置いたようなところがいいですね。  それに根っからの悪人も出てこないのもいいですね。人間だから悪事に手を染める こともあるし、間違いを犯すこともある。それでもとことん悪いやつっていうのはい ないし、他人の過ちをことさらにあげつらって糾弾するような内容でもない。こうい うのばっかり読んでたらやわになっちゃうかもしれないけど、たまにならいいんじゃ ないのかな。  初めて読んだとき、小沼丹の『黒いハンカチ』や芦原すなおの『みみずくとオリー ブ』を連想したんですね。日常の謎をモチーフにしているところとか、のんびりして いるところとか。でも、よくよく読んでみると、ラモツエのほうは謎っていうほどの 謎はないんですけど(笑)。 ――主人公のマ・ラモツエも魅力的な人ですね。具体的にイメージしている人はいま すか? “サバンナのミス・マープル”と評されてますけど、たしかに直感や洞察力にすぐれ ている点や、帰納的推理を駆使するという点は共通していますね。具体的にイメージ している人は特にいませんが、わたしの頭の中にあるラモツエは、やさしいけれども 毅然とした女性です。ラモツエの婚約者になるミスター・J・L・B・マテコニがま たいいんですよねえ。気は利かないけれど、純朴で真っ正直で、こんな人がそばにい たら、思わずくらっときちゃいそうです。 ――訳す上で苦労されたことはありますか?  実は、舞台となるボツワナがどこにあるのかも知らなくて(笑)。どんなところな んだろうと思って、まず子ども向けに書かれた“世界の国々”みたいな本で全体像を つかみ、あとはインターネットで調べました。また、雰囲気を味わうためにボツワナ や南部アフリカ出身の作家の本を読んだりもしました。固有名詞に関してはボツワナ 大使館にお世話になりました。ファックスでリストを送って、読み方を確認していた だきました。人名や地名以外にも、虫の名前とか家のまわりにめぐらす垣根みたいな ものとか、現地のあいさつの言葉などが出てくるので、それも大使館にお訊きしまし た。でも、いま思い返してみても苦労らしい苦労は本当になくて、楽しい翻訳作業で した。困った点と言えば、昼寝の時間が長くなったのと、主人公に合わせて太ったこ とでしょうか(笑)。 ――マ・ラモツエ・シリーズの訳書は今後も刊行されるのでしょうか?  来年に3作目が、再来年に4作目が出る予定です。また、同じアレグザンダー・マ コール・スミスの "HEAVENLY DATE" という短篇集の版権が取れまして、来年の冬あ たりにご紹介できる予定です。こちらは全然ミステリじゃないんですが、ひとつひと つの話がとてもいいんですよ。ベルリン、スイス、オーストラリア、ジンバブエなど、 いろいろな国が舞台になります。ラモツエのシリーズみたいに朴訥とした話もありま すが、おしゃれだったり優雅だったりといろいろです。どうぞお楽しみに。 ――お好きなミステリを教えてください。  最初に夢中になったのはクリスティー、クイーン、G・K・チェスタトンのブラウ ン神父などです。本格が好きだったんです。それから、心理サスペンスに流れました。 カトリーヌ・アルレーとかマーガレット・ミラーとか、それにパトリシア・ハイスミ スやルース・レンデルなど。日本では小池真理子と小泉喜美子に惹かれました。  ひとつの仕事が終わって、1週間とか10日とかお休みを取ることがあるんですが、 そういうときってなぜか昔の本格ものが読みたくなるんですね。だから、国書刊行会 や晶文社から出ているクラシック・ミステリをよく読みます。クラシック以外で最近 読んだものの中では、ギルバート・アデアの『閉じた本』と火坂雅志の『美食探偵』 がおもしろかったです。  本格にまつわる話では、80年代だったと思いますが、ジェイムズ・アンダースンの 『血のついたエッグ・コージー』が強烈に印象に残っています。そのころは本格もの ってそんなにはやっていなくて、冒険小説とかハードボイルドとか、そっちのほうが 元気があったんですよね。本格好きとしては、そのジェイムズ・アンダースンと、日 本の作家だったら島田荘司や綾辻行人の登場で、本格ミステリが読めると思ってすご く喜んだことを覚えています。 ――ぜひ自分で訳したいと思う作家はいますか?  さっきも言ったように、ジェイムズ・アンダースンに衝撃を受けて、ほかの作品は 翻訳されたんですが、『血のついたエッグ・コージー』の次作は噂だけでなかなか出 なかったんですね。だから、それならいつか自分で訳したいなあ、と。でも、原書で 読んだというミステリ・マニアのかたにうかがったら、それほどおもしろいわけでは ないらしくて、ちょっと熱が冷めました(笑)。それから、ミステリに目覚めさせて くれたクリスティーなら楽しみながら訳せるからいいなと思ってたんですけど、早川 書房がクリスティー文庫を出してしまったので、クリスティーはあきらめて……。あ とは、そうですね、メアリ・インゲイトみたいな感じかな。日本ではハヤカワ・ミス テリから『堰の水音』と『水は静かに打ち寄せる』の2冊が出ている作家です。イギ リスの田園やギリシャの自然などの美しい風景のなかで、悲劇が進行する、そういう サスペンスを訳したいですね。 ――フィクションからノンフィクションまで幅広くご活躍されていますが、ジャンル によって気をつけていらっしゃることはありますか?  わたしの場合、ノンフィクションと言っても、軽い読み物ばかりなので、とりたて てジャンルによって心構えがちがうということはないです。フィクションであれノン フィクションであれ、映画やテレビを見たり類書を読んだりして情報を集めるという 点では同じですから。どちらにしてもいちばん気をつけているのは、原書の雰囲気を そこなわないように、ということですね。  3〜4年前に柴田元幸さんと村上春樹さんの対談を聞きに行ったんですけど、その ときに柴田さんが“ボイス”ということをおっしゃっていたんですね。声というか響 きというか、そういう何かが聞こえてくる、と。そのときは自分もそうなれたらいい なと思っただけで、ささやき声くらいしか聞こえてなかったんですけど、マ・ラモツ エのシリーズを訳しているときは、不思議とそれがよく聞こえてきた気がします。気 のせいかもしれませんけど(笑)。  それと英文読解力がないので(笑)、あ、そんなこと言っちゃいけないですね。で も、自分では英語力がないというか、英語の基礎体力がないと思っているので、読解 には人一倍苦労しています。原文にあまり引きずられずに、でも原文の内容を正確に 伝えるということを、日々悩みながらやってます。昔より慎重になってきたと思いま す。よく知らないうちは大胆になれますからね(笑)。最近は、ていねいに読んで大 きな訳が浮かんでくる、という感じを念頭に置いています。 ――今後の訳書のご予定を教えてください。  つい先日、〈007〉シリーズの新作『ファクト・オブ・デス』がハヤカワ・ミステ リから出ました。11月にはマンハッタンの女バーテンダーが書いたエッセイ『酒場の 奇人たち』が文春文庫から、12月にはP・B・カーの〈ランプの精〉シリーズ(仮題) というヤング・アダルト向けのファンタジーが集英社から出ます。J・D・ロブの 〈イヴ&ローク〉シリーズについては10作目を訳す予定になっています。
(取材・文/山本さやか、松本依子)
(2004年10月号)
 
■主な訳書紹介■
『No.1レディーズ探偵社、本日開業―ミス・ラモツエの事件簿〈1〉』 アレグザンダー・マコール・スミス(ヴィレッジブックス) 
『キリンの涙―ミス・ラモツエの事件簿〈2〉』 アレグザンダー・マコール・スミス(ヴィレッジブックス) 
『機上の奇人たち〜フライトアテンダント爆笑告白記』 エリオット・へスター(文春文庫) 
『007/赤い刺青の男』 レイモンド・ベンスン(ハヤカワ・ミステリ) 
『魔女が目覚める夕べ』 J・D・ロブ(ヴィレッジブックス) 
『ラスト・ラヴァー』 ローラ・V・ウォーマー(集英社文庫) 

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