――翻訳の世界に入ることになったきっかけを教えてください。
「通信業界は動きが激しく、興味深い分野ですが、感動を“伝える”ことはできても
直接“与える”ことはできません。ガスや電気や水道にもはや誰も感動しないように。
たぶんそんなことで、コンテンツそのものにかかわる商売がしたくなったのだと思い
ます。小さい頃から本を読むのも、英語も好きでしたので、もしできればというつも
りで翻訳学校の通信講座を受講してみました。それが性に合い、翌年には田口俊樹先
生の通学講座に通いました。受講中に、リーディングや下訳などの仕事をいただきな
がら、最終的に出版社の編集の方に紹介していただきました。初めての作品は、朝日
新聞社から出た『ヒーロー・インタヴューズ』で、著名スポーツ選手数十名のインタ
ビューを収めたものです。内容はたいへん面白いのですが、長い作品を訳すスケジュ
ールの管理ができず、仕上がりが遅れて編集の方にご迷惑をおかけしました」
――会社勤めと翻訳の二足の草鞋を両立させる秘訣はなんですか?
「家族の協力と、あとは寝る時間を削るしかありません。マリオ・プーヅォの『オメ
ルタ』を訳したときは夏だったので、朝5時ぐらいに起きて、出社前に数時間訳しま
した。ディズニーランドのアトラクションの列に並びながら訳を読み直したこともあ
ります」
――どんなミステリ作家がお好きですか?
「このところの“ミステリ”の拡大解釈からすると、ドストエフスキーと言ってもい
いかもしれませんが、それはやめて、カール・ハイアセンでしょうか。文字だけで人
を笑わせるのは高度な技術だと思うので。あと、デニス・ル(レ)ヘイン(パトリッ
クとアンジーのシリーズ、『ミスティック・リバー』とも)にはとり憑かれたと言っ
てもいいほどです。この人はセンスが抜群です。他には、ディック・フランシス、ロ
バート・B・パーカー、ジェイムズ・クラムリー、ジョン・ル・カレ、ローレンス・
ブロック、ジェイムズ・エルロイなどが好きです」
――最新訳書、『フランクリンを盗め』(フランク・フロスト/ハヤカワ・ミステリ
文庫)が、この4月25日に発売になりましたね。
「ロサンジェルスに住む移民の若者4人がマフィアの金を盗んで追われる羽目になり、
主人公は現金と謎の多額の債権を隠しながらロスから故郷のギリシャへ逃げ、それを
マフィアの手下が追って……といった犯罪小説です。韓国人のマフィアの手下、ドイ
ツ人の殺し屋軍団、FBI、スイスの銀行家、ギリシャの島民たちと、登場人物も多
彩です。小説のかなりの部分を占めるクレタ島の場面も印象的です」
――今後の訳書のご予定をお聞かせください。
「田口師匠との共訳で、ローレンス・ブロックの小説作法本 "TELLING LIES FOR FUN
AND PROFIT" が出る予定です。また、『エイリアニスト』(中村保男訳/早川書房)
のケイレブ・カーが書いたSF的な小説 "KILLING TIME" やマリオ・プーヅォの本当
の遺作 "THE FAMILY" などの訳出が予定に入っています」
――加賀山さんにとって翻訳の魅力とはなんですか?
「繰り返しになりますが、直接、人の心を動かせるところです。雑誌《ナンバー》に、
西武ライオンズの松坂大輔投手が『ヒーロー・インタヴューズ』を読んでいると書い
てあったときには、何か知り合いにでもなったような(そんなわけないのですが)、
とても嬉しい気分になりました。今のサラリーマン生活でそんな体験はできません」