――文藝春秋ならではのカラーといったものは意識されていますか。
「そうですね、カラーといいますか、ぼくが翻訳出版部にきた頃はちょうど(編集部
の)人が入れ替わっている時期でしたから、まずはラインナップを確立していくこと
から始めました。軸となる作家を見つけたかったんですね。オーソドックスな作品が
あれば、次はとんがったものと、そうしたバランスは考慮しています。うちは海外ミ
ステリ専門の出版社ではありませんから、個人的には目標は扶桑社さんかなと考えま
した」
――なるほど。現在のこちらの看板作家はディーヴァーということになるでしょうか。
「ええ、ジェフリー・ディーヴァー、T・H・クック、それから、もちろんジェイム
ズ・エルロイといえるでしょうね。ディーヴァーはよくぞ化けてくれました。実力、
支持のされかたなど理想的でしょう。クックも化けましたね。辛抱強く出し続けた前
任者の功績です。エルロイはえらい人のように崇められているのが、ある意味不幸か
もしれない。ふつうにおもしろく読める作家なんですけどね」
――出版する作品はどういった方法で選ばれているのでしょう。
「版権エージェントからの紹介や、世界各地でのブック・フェアですね。翻訳作品は
なかなか著者に会う機会がもてないですが、ブック・フェアは著者とのつながりが実
感できるうれしい場ですよ」
――作品選定のポイントを教えてください。
「うちの部署は4人でやっていまして、編集者それぞれの趣味、でしょうか(笑)。
いや、まじめな話、売れるかどうかは重要なので、趣味に走ってばかりじゃないんで
すよ。ただ、“オレを買え”オーラを感じる本ってあるじゃないですか。ずっとミス
テリを読んできた自分がおもしろそうだと思うものは、読者も気に入ってくれるんじ
ゃないかと。まあ賭けみたいなものですし、失敗したら上司に怒られますけど、そう
いった勘は信じていきたいです」
――売れるかどうかのお話がでましたが、ずばり、どのような傾向の本が売れるので
しょう。
「シリアスなものですね。どうも、泣ける話が好まれるようです。お得感があるんで
しょうか。もちろん、それもいいのですが、ユーモア、コメディ系にもがんばってほ
しいですね。7月にでたフレッド・ウィラード『ヴードゥー・キャデラック』(黒原
敏行訳)なんて、タランティーノを好きな層にウケそうなのですが……そうした層に
届くかどうかですね」
――読者にアピールするむずかしさといった点がからんでくるのでしょうか。
「とくに新人の売りかたは、むずかしいですね。できれば3年くらいかけて育てるの
が理想です。本の内容以外にも大事な要素があります。帯もそのひとつですね。ガツ
ンとくるものにしたくて、知恵をふりしぼって考えますよ。これまででいちばん無茶
をした帯はエドワード・ケアリー『望楼館追想』(古屋美登里訳)でした。絶対に誰
かに非難されるだろうと思っていたんですが、そうはならずにほっとしましたね。ワ
ーストはボストン・テラン『神は銃弾』(田口俊樹訳)ですね……。大好きな本とい
うのは帯が書きにくいものなんですが、さんざっぱら悩んだあげくに、最終的にもう、
ぼくとしては屁のような帯を書いちまったなあという真っ暗な気分になっていました
が、結果的に本自体に力がありましたから、帯なぞ関係なく、とても売れてくれたの
で助かりました。これであの本が売れてくれていなかったら、これは帯のせいだと手
首でも切っていたかもしれません(笑)。業界全体の出版点数が増えているいま、往
年の文春文庫のようなスタイリッシュな雰囲気の帯だと、アピール度が低くて、現在
は通用しないんじゃないかという気がしますね。個人的にはそういう帯、書きたいん
ですが」
――出版点数は増えていますが、なかなか翻訳ミステリが売れない状況はつづいてい
るようですね。
「きびしいです。国内作家のレベルが上がっている点も見過ごせないと思います。む
かしは少年が大人を気取ってロバート・B・パーカーの単行本をもっていたりするこ
とに、背伸びしたカッコよさみたいなものがありましたが、いまはその対象が京極さ
んなのかな。そうした状況はありますが、いちばんの問題はおそらく、増えたがゆえ
に相対的に全体のクオリティが下がっていることでは。買ってもハズレが多いのかも
しれません」
――では、買って損のない本のお勧めをお願いします。
「はい(笑)。昨年は変化球が多かったのですが、今年は直球勝負です。8月は10年
ぶりのロバート・R・マキャモン『魔女は夜ささやく』(二宮 磬訳)がでました。
300年ほどまえの魔女裁判にからんだ話で、『少年時代』に通じるすがすがしさのあ
る良作です。今月は、お待たせしました! ボストン・テランの新作『死者を侮るな
かれ』がでました。あのノリは健在ですから、どうぞお楽しみに。それから、マック
ス・アラン・コリンズのネイト・ヘラー・シリーズもでましたよ。ブラック・ダリア
事件が下敷きで、解決が三重底ぐらいになっていておもしろいです。邦題は『黒衣の
ダリア』としました。ノベライズも手がけているコリンズですが、映画の本で生活し
て、このシリーズをじっくり書いているって感じなんでしょうね。10月はお騒がせの
マイケル・スレイドがでます。今度もやたらと厚いです。最後のどんでん返しは見も
のですよ。今度はまじめな犯人捜しです。タイトルは『暗黒大陸の悪霊』ですが。年
内にはシベリアが舞台の冒険小説なんてのもでる予定です。
来年は、不気味な死刑囚が登場する社会派サイコサスペンスあり、ダグラス・ケネ
ディ風のホワイト・カラーものあり、ちょっと変わったところで文芸もまざったよう
な短編集もありです。それから賞獲り関連の本が何冊か。CWAのゴールドダガーを
受賞した Jose Carlos Samoza "THE ATHENIAN MURDERS"。こちらのタイトルは『アテ
ネの殺人』……にはしないでしょう(笑)。なんかスゴそうな邦題を考えます。黒々
とした漢字ちっくなやつを。『陰摩羅鬼の瑕』みたいな(笑)。ほかにジョン・クリ
ーシー賞候補になったAlan Glynn "THE DARK FIELDS"、MWA最優秀処女長編賞受賞
作の Jonathon King "THE BLUE EDGE OF MIDNIGHT"、同時に候補作になった David
Rosenfelt "OPEN AND SHUT" がでます。版権をとったあとに受賞したりすると、やは
りうれしいものですね」
――もっと読まれていい既存の作家がありましたら、ぜひ。
「ジェイムズ・H・コッブ、J・R・ジェインズ、ロブ・ライアンもいい作家ですよ。
女艦長、アマンダ・ギャレット・シリーズのコッブは読者層を考えて、最初は極力
“女性が主人公”という点は強調しないようにした裏話もあります。いまは定着した
ので気にしないでいいでしょうね。ナチもののジェインズは敵同士がチームを組むと
いう変わった設定で気に入っていますが、反応がいまひとつで……。あと2冊はだす
ことが決まっているので、応援したいですね。先月『硝煙のトランザム』(鈴木 恵
訳)がでたライアンは序盤が重くてとっつきにくいんですが、お勧めですよ。もっと
評判になっていい作家です」
――最後に、今後の目標をおきかせください。
「15年ぐらいまえがそうでしたが、文春の本を買っていたらOK、そういったレーベ
ル・ブランドをまた確立させたいです。それから個人的には、男の子向きのハードな
作品をなくしたくないですね。最近、男性が本を読まなくなっているんです。こちら
も残念ながら商売ですから、このままでは男の子向きの娯楽がなくなっちゃうよ、い
いの? と。マクリーンやヒギンズに胸躍らせた日々を思い出にはしたくないですね」
編集者として、そしてミステリ・ファンとして、ミステリにかける熱い想いを聞か
せていただいた。元気の秘密はここかしこに見つかることと思う。今後もおもしろそ
うな本が目白押しのようで、おおいに期待したい。
こぼれ話1
*帰り際に「東京創元社のキャロル・オコンネルのシリーズ、買ってあげてください
ね」と一言。苦戦しているらしい。唯一無比のキャラクター、マロリーの活躍が日本
語で読めなくなったらやばい! 海外ミステリ・ファンのみんな、応援しよう。
こぼれ話2
*永嶋さんは石田衣良さんのデビューの際の担当編集者だった。「石田さんはすばら
しい作家ですよ。デビューに立ち会えて編集者冥利につきます。国内・海外の枠にこ
だわらず、お勧めしたいですね」
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