
子どもの本だより No.76
2006.5.31
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| 原題は "SWINE LAKE"(ブタのみずうみ)。表紙に描かれるのはバレエを踊るブタと、舌なめずりをしながらそれを眺めるオオカミ。センダックが描き出す登場人物(動物や怪物も含む)は、いつも、私の周りにいる誰かを連想させます。この情けない顔つきは○○さんに、このいかにも気取った感じは○○さんに、ちょっと似ているかも……と。そんな時、センダックの人間を見抜く確かな観察眼に感服します。今回ご紹介する絵本でも、主人公のオオカミはもとより、オオカミにバレエのチケットを譲ってくれた有閑マダム風のおばさんブタや、観劇に訪れた老若男女のブタたち、それから、オオカミが住むアパートの管理人のおばさん、などなど、センダックの創造力とオリジナリティーを犇(ひし)と感じられるユーモラスな面々が登場します。 この作品は、今は亡きマーシャルが書き残していた物語に、センダックが絵をつけて出版したものですが、親友であったというマーシャルに敬意を表してか、その筆触は、一見マーシャルのものと見紛う出来ばえです。二人がとても親しかったということを考えると、それもセンダックのねらいの一つであったかもしれません。 しかし、この物語が、センダックという超一流の絵本作家の手を借りて、おそらく、当初より華麗に生まれ変わったであろうことは想像に難くありません。むろん私たち読者は、どこまでがマーシャルの着想で、どこからがセンダックの技量なのかを知ることはできないのですが――。 (吉田真澄) |
『おいしそうなバレエ』
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| ジェイムズ・マーシャル文 モーリス・センダック絵 さくま ゆみこ訳 徳間書店 定価 1680円(税込) |
| 表表紙、裏表紙、その両方の見返しには、バレエに興じる主人公のオオカミが大胆に描かれます。私は、この淡い山吹色を背景に薄墨で描かれたオオカミがとても好きです。両手を大きくあげたり、片足で立ってみたりするだけの、実に荒削りな(?)振り付けですが、背景に何も描かれていないため、踊っているオオカミ自身の喜び、そしてバレエへの情熱が画面から立ち上り、直に伝わってきます。何より、目を閉じて踊る本人(?)が満ち足りているのがわかる明快な構図です。 さて、物語は初め、絵のみで進行します。オオカミの日常生活を描く導入部分、その数ページには文章が書かれていません。冴えない毎日をおくる、どこかやさぐれた感じのオオカミ―しかし、乱雑な部屋の壁に掛けられたプリマドンナのポスターや、踊り子の額絵など、これから始まる物語を連想させる仕掛けが随所にみられます。こういった心憎い演出も、センダックの作品の大きな魅力の一つです。 この陰鬱な表情を見せる主人公のオオカミがある日紛れ込んだ、とある劇場。そこでの演目が「白ブタのみずうみ」だったから空腹のオオカミはたまりません。踊り子たち――もちろん全てブタ!――を一ぴき残らず食べつくそうと、ボックス席にそっと腰を下ろすオオカミでしたが……。 センダックは、初めて芸術に触れた時の感動を、幼い子どもたちでもわかるように生き生きと描いています。固唾を呑んでバレエ(演目は「白鳥の湖」のようです)に見入るオオカミは、空腹であったことも、演じているのがまるまると肥えたブタであることも、全てを忘れて夢中です。そして、二回目に観覧したとき、興奮のあまり思わず舞台に踊り出てしまい、恍惚の表情で「かいぶつ」の役を演じきってしまうのです。ひとたび芸術への造詣を深めたら、同じ貧乏暮らしであったとしても、その後のオオカミの日常は大きく変化したでしょう。 オオカミが舞台に乱入した次の日、新聞には、突然現れ出たダンサーを絶賛する記事が掲載されます。公園のゴミ箱から拾いあげた新聞でそのことを知り、小躍りしながら悦に入る最後のオオカミの姿は、物語の初めの彼とは別人(?)のようです。芸術は、人の心も人生をも変える力がある――芸術を心から愛した作家ならではのアプローチは、見事に結実して、私たち読者を楽しませてくれます。 |
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