
子どもの本だより No.55 2003.11.3

『バンビ 森の生活の物語』(岩波少年文庫 現在品切れ中)は、私の大好きな本です。幼い頃のバンビの愛らしさとは対照的に、まざまざと語られるのは、森の中で暮らす動物たちのはりつめた生活。突きつけられる真実は、それが残酷であると感じてしまうことなど邪道だと思えるほどに、鋭く私の胸を打ってくるのです。作者のザルテンは詩人であり、それだけに、男性的な骨太い文体の中にも美しく澄んだ旋律を感じることができます。そして、今回ご紹介する物語も、これにひけをとらない、素晴らしい動物物語です。『バンビ』のように息を詰めてぐいぐい読ませるものではありませんが、決して立ち止まることのない生命の営みが穏やかに語られています。さらにその世界を完成させるべく響きあう、色彩豊かな絵。耳をすまし、目を見開いて、どうか堪能してみてください。
(吉田真澄)
『かわせみのマルタン』
リダ・フォシェ 文 フェードル・ロジャンコフスキー 絵 いしい ももこ 訳編 童話館出版 本体(1500円)+税

本を開いた時から、もう私たちはひんやりとした森の空気に包みこまれています。目に鮮やかな緑と白樺の木立、その間を走る湧き水の色は透明に近いブルーです。そして物語は歌うように始まります。
「年とった、二本のモミの木のあいだから、泉が、わきだ
しています。ごぼ、ごぼ! 泉は、ようきにうたいます。
それから、まがったり、くねったりしながら、丘をくだっ
ていきます。」
この導入部分で、私は、この絵本にすっかり魅せられてしまいました。清かに流れる水音は詩のように美しく語られ、身も心もこの物語に預けてしまえる安堵感で私たち読者を満たしてくれるようです。
さて、ここからは、語り手の「わたし」と共に、「耳をすまし、あたりに目をくばり、川と川岸の、この小さな世界をみださないように、足音をしのばせて」この土手を散策してみましょう。まずは、動物たちのかわいらしい痕跡を見つけました。小さなおうぎ型はカエルがとんでいったしるし、石の上のたまご型にぬれたしみは、かわねずみが日なたぼっこをしたあとです。滝つぼはマスの集会所、そして白い橋を過ぎたあたりにはカシワの木があって、そこにはふくろう一家が住んでいます。また、小島には「おいはぎのそうくつ」が。そう、かわうその巣があるのです。ウナギは、海と川を行き来しながら、八年がかりで大人になり、そして驚くべきことに、水の中と同じくらいの速度でもって、草の上でも歩けるのだそうです。これには「えーっ!」という感嘆の声さえあげてしまうほどでした。
それから、「わたし」はいよいよマルタンと出会うのです。「かるく、鳥の羽のふれあう音がし、青い稲光のようなものがひらめいたので」、「わたし」が目をあげると、そこには「空よりも青く、絹よりもつややかな」小鳥が、「矢のようにまっすぐに」羽ばたいていたのでした。
この“出会い”の場面は、やはり美しく鮮烈です。“やはり”と私が書いてしまったのは、優れた子どもの本はどれもそうだからなのですが、私たち大人に比べて、ずっと多くの出来事に、これからめぐり会う子どもたちにとって、こうした出会いの恩恵に触れることは、とても大切なことだと思われます。
ほどなく、マルタンは妻のマルチーヌを伴って巣作りを始め、互いに支えあいながら子育てに勤しむようになります。「眠る時も、とぶときも、漁をするときも」けっして離れ離れにならない二羽の姿に、私は感服し、そして羨望せずにはいられませんでした。二羽の青い姿は、「鏡のような水の表面に、いつも、かさなりあって」うつり、「よろこびやかなしみをわけあい」、夫婦は本当に仲睦まじく暮らしていたのです。
けれども、その悲しい日は突然やってきました。「わたし」がこの二羽の姿を初めて見かけた日から、六年目のある秋の日、マルタンは病気になり、その三日後、とうとう逝ってしまいます。「セイクス、セイクス!」という残されたマルチーヌの悲しい叫び声を、今こうして私はここに記しながらも、胸が締め付けられるようです。「一羽が死ねば、あとの一羽は生きていかれないほど、かわせみたちの愛情は、ふかく、強い」といいます。その言葉どおり、やがてマルチーヌもこの世を去り、彼女の青い亡骸は、マルタンが眠るその隣に「わたし」の手によって埋められました。ここは、本当に辛く、やりきれない場面ですが、物語はまだ終わりではありません。そのつぎの春、「わたし」がまたあの小さな白い橋の上に行ってみると、川は陽気に流れ、美しい花が咲き、そして何より、若いかわせみのつがいをそこに見つけることができたのです。
「わたしは、うれしく思いました。
命は、たえずうけつがれて、つづいていくと、わかったか
らです。 ――中略――
きょうは、なにもかもが青くすんでいます。空も、水も。
そして、四つのつばさは、青空よりもこい青です。
そして、水は、うたいながら流れていきます」
命の連鎖をこれほど廉潔に語った物語を私は知りません。生命の輝きは、どんな生き物にも平等に与えられているのです。かげろうにもザリガニにもかわねずみにも。
どうか強い刺激に慣れっこになってしまわないで、小さな生命の輝きと神秘を謳ったこの一冊の絵本に心を動かされる人になって欲しいと、私は子どもたちに伝えたいのです。余韻とよぶにはあまりに鮮烈な感情に、私は半ば呆然としながら、この美しい本を閉じたのでした。
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