
子どもの本だより No.53 2003.8.1

旅のお話を紹介しようと思ったのでしたが、なぜか、両方とも「ロバ」のお話になってしまいました。
動物の目は本当に澄んでいて、だから、彼らの世界には嘘が存在しないこともわかるのだけれど、長いまつげに縁どられたロバの瞳は、他の動物のそれとは違う気がしていたのです。それはもしかすると、こういった物語の影響なのでしょうか。ロバは、とりわけ誠実な動物のような気がします……。ゆっくり旅をしたロバのお話を読むと、私たちも、旅先での実りある出会いを期待せずにはいられませんね。
(吉田真澄)
『ロバの旅』
アン・ノーラン・クラーク 文 レオ・ポリティ 絵 石井 桃子 訳 岩波書店(初版1954年)
本体(880円)+税

小さいロバは、バナナの木が生い茂る国で、かあさんロバと幸せに暮らしていました。かあさんロバの仕事は、木からもいだバナナを背中につんで、トロッコまで運ぶこと。「どこも、かしこも、バナナの木」に囲まれた、「あかるいみどりの世界」のあたたかな日差しの中で、もうずっと長い間、二人は楽しく暮らしてきたのです。ところが、ある日、小さいロバは、かあさんロバに聞きました。「世界じゅう、どこへいっても、ここみたいなの?」「ぼくたち、ここに、いなくちゃ、いけないの?」すると、かあさんロバは答えました。「わたしたちは、宿なしロバだもの。どこへいってもいいのです。」それを聞いた小さなロバは、一人で旅にでることを決心します。「ぼくは、何をしたいのか、わからない。でも、ぼくは、何かしたいんだ。バナナのほかに、何かしりたいんだ。ぼくは、何かをさがしにいこう。」
原題は、"LOOKING‐FOR‐SOMETHING"。こちらの題名のほうが、俄然ピンときます。だって、小さなロバは、さすらっているのではなく、求めるもののために歩き続けているのだから。耳をぴんとふりたてて、その時耳が指した方向へと、小さいロバは進みます。
「しっぽをしゅっとふって、とことこ」と。ココア豆を収穫するチョコレートの町を通り過ぎ、金山に登り、エクアドルの都では大統領にも挨拶しました。それでも目指すものは見つかりません。小さいロバが、「バナナの国」とかあさんロバを恋しく思い始めたちょうどそんな時、大きなトウモロコシをせおった小さな男の子が彼の目の前に現れるのです。(大きなトウモロコシの束の下から突き出ているちいさな二本の足、そして、二つの黒い目がトウモロコシの束の下からロバを見上げています。)
「ぼくは、くたびれた」と、男の子は、いいました。
「このたばは、ぼくには、おもいんだ」
小さいロバは、かあさんのところへいくのをわすれました。
何かをさがしているのも、わすれました。じぶんのことは、
みんな、わすれました。小さいロバは、その子のことだけ、
かんがえました。
「この子は、くたびれている。このたばは、この子には、
おもいのだ」
そこで、ロバは、いいました。
「ぼくは、じょうぶです。ぼくは、よく、はたらきます。
ぼくが、はこんであげましょう。さあ、いきましょう。」
ゆるやかに流れるような物語の中で、この場面だけは、くっきりと鮮烈で、“ああ、きっとこんなふうに人生って拓けていくのだろうな”と、素直に共鳴できる忘れがたいシーンです。
私は、幸運にも、この絵本の原書を見たことがあります。(もちろん、このお話で一冊の絵本です。)「岩波の子どもの本」と題された、このシリーズよりも二まわりは大きく、美しい絵は、見違えるほど明るく鮮やかでした。まるで別世界が舞台であるかのごとく、この日本語版とは大きく違っていたのです。大きさが異なるだけではなく、なぜ、色までがこんなにも違うのか……。そして、当時(1950年代)は、この形での出版しか叶わなかったとしても、なぜその後、この原書の判型で出版し直さないのか……(時間はたっぷりあったのに)。残念で仕方がありません。
この絵本の巻頭「ツバメの歌」も同様に、原書は格別の美しさです。物語の起伏は少ないながら、誠実に練り上げられたテキストと、丹精込めて描かれる艶々と美しい絵。それは、完成された一つの世界を創りあげ、その見事なまでの調和には、幸福感さえ伴います。私たちが、原書の形でこの絵本を楽しめないのは残念ですが、そこで語られているお話が、思う以上に魅力的なことには変わりありません。地味で目立たない本ではあっても、なめらかな翻訳が心に響く、上等な一冊です。
『ロバのおうじ』
M・ジーン・クレイグ 再話 バーバラ・クーニー 絵 もき かずこ 訳 ほるぷ出版(初版1979年) 本体(1311円)+税

リーフグリーンの見開きをめくると、リュートを背にかけ、足取りも軽やかな若い一頭のロバ。そして、さらにページをくれば、岩の上にこしかけ、新月の空に向ってリュートを奏で歌うロバの姿。ムーンライトブルーの空は、月と星の白色、薄い靄のようにたなびく雲をのせて煌き、低く茂った木々たちは、そこに流れる音色に聞き入ってでもいるかのように、空に向ってすっくと伸びています。
これから語られるお話が、いかに流麗で、私たちの胸を打つものであるかを予感させる、美しい画面です。
本当の自分を心から愛してくれる人が現れたとき、魔法はとけて、美しい真実の自分をとりもどすことができるというよく知られたグリム童話ですが、この飾り気のないストーリーを輝かせるクーニーの手腕には、ただただ感嘆します。
また、ロバの姿はしていても、自分に正直に生きようとする王子の健気さは、まっすぐな物語を支える太い柱となっています。だからこそ、愛するおひめさまの結婚を知った晩の王子の嘆き悲しむ姿は、私たちを辛くやりきれない気持ちにさせるのです。
よるが しらじらと あけるころ ロバのおうじは ようや
く こころをきめました。
「もう ここには いられない。みんなは けっこんしきに
ぼくに リュートを ひかせたがるだろう。そんなことにな
ったら ぼくの こころは はりさけてしまう!」
けれども、長かった王子の苦しみにもここで終止符がうたれ……。おとぎ話に繰り返し語られるこのテーマが、無論偽りではないこと、愛する人に愛されるという無上の喜びは、美しい色を添えて、この絵本が、大切に語ってくれています。
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