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子どもの本だより No.47 2002.12.24

テディ・ベアの絵

  今年は、優れた子どもの本の復刊があいついだ嬉しい年でもありました。皆様も、その多くをご家族で楽しまれたことでしょう。今回ご紹介するのは、中でも久々の再会となったテディ・ベアの物語――表紙も扉絵も、もちろん中身も(主人公も、小さな女の子も子ねこも)全てが愛らしく、幸せな気持ちにさせてくれる本です。
 どうか皆様も佳いお年をお迎え下さい。
 今年一年、「子どもの本だより」をお読み下さったことに大変感謝しています。

(吉田 真澄)


くまのテディ・ロビンソン
テディ・ロビンソンまほうをつかう

ジョージ・G・ロビンソン さく・え 坪井郁美 やく 福音館書店 (本体各1400円+税)

くまのテディロビンソン:表紙 テディ・ロビンソンまほうをつかう:表紙

 ピーターラビットの絵本の中にある一冊、『モペットちゃんのおはなし』を大人になって読み返した時、目の前がパッと開けるほどの爽快な気分を味わいました。この絵本は、実に“媚”や”感傷”とは無縁の“愛らしさ”を誇り、ごまかしのないその世界には「生新な気」が満ちています。そして、今回ご紹介するこの物語にも、同様のものを感じるのです。その“愛らしさ”は、弱さを象徴するものでも、あいまいな表現を許す免罪符でもなく、だからこそ私たちに新鮮な感動を与えてくれるのだと……。
 テディ・ロビンソンは「だきごごちのいい人なつっこいぬいぐるみのくまさん」で、デボラという小さな女の子のものでした。「ひとりがどこかへいくときは、もうひとりもかならずいっしょについていく」ほどに仲の良かった二人ですが、それでもごく稀に、デボラはテディ・ロビンソンのことを忘れてしまうこともあるようです。しかし、デボラが迎えにきてくれなかったことなど一度もありませんでしたから、テディ・ロビンソンは、たとえ一人になっても、安心してデボラを待つことができました。テディ・ロビンソンが平静でいられなくなるのは、真新しい他のくま(のぬいぐるみ)を目にした時だけでしたが、その時だって、デボラの愛情をこめた言葉が、いつもの“気のいいくま”に戻してくれたのです。たとえばこんなふうに――「まあ(テディ・ロビンソンは)なんておばかさんなの!あたしがあんなブローチについている ばかみたいなちっちゃなくまのことをあなたとおなじくらい すきになったりするわけがないでしょ!」
 この時、テディ・ロビンソンの心に巣くっていた不安は、その分だけ愛される喜びとなってふくらんだことでしょう。本当にテディ・ロビンソンは幸せなくまです。
 また、テディ・ロビンソンは(ぬいぐるみなので)自分一人の力で動くことができませんが、それを自分の「個性」として捉えています。風で飛ばされてきた美しい帽子をかぶってみたいと思ったら、テディ・ロビンソンはこんなふうに考えるのです。「デボラがくるまでまつよ。デボラはぼくにいろいろかぶせてみたりするのじょうずだからね」
 こんなエピソードから、テディ・ロビンソンを幸福にしているのは、外でもないテディ・ロビンソン自身であることにも気づきます。
 私は、幸せを儚いものだとは考えていませんが、刻々と形を変えていくものだとは感じています。それは、幼い頃の私――大好きだったプーさんが霞むほど、このテディ・ロビンソンに心を奪われた――に戻ることができなくても、物語もさし絵も全てが愛らしいこの一冊の本に、改めて夢中になれる現在の私がここにいるからなのです。


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