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子どもの本だより No.45 2002.11.1

窓の絵

 本のページを繰るごとに、現実の慌ただしさから遠ざかっていく快感。私たちは物語の中で、いつも別の時間を生きることができます。刺激的な物語は、悩みを忘れさせてくれるし、感動的な物語は、体の中を浄化してくれるかのようです。そして、今月ご紹介する二冊のように“恙無い読書の時間”には最適なものもあるでしょう。のんびりと寛いだひとときをお過ごし頂けることを願って、ご紹介したいと思います。(吉田 真澄)


ポケットのたからもの
レベッカ・コーディル文 エバリン・ネス絵 三木卓訳 リブリオ出版 本体(1500円)+税

 ジェイは六つの男の子。おとうさんおかあさんと三人で、谷間の古い農家に住んでいます。一年のうちの冬を除く春と夏と秋、夕がたになると、牧場から牛をつれて帰ってくるのがジェイの仕事です。秋の初めのこの日も、ジェイはいつものように牧場へ続く小道を一人で歩いていました。岩のかけらやガチョウのはね、泥にまみれたインディアンの矢じりや、赤いしまもようの白いマメをひろいあげては、ポケットにつっこみながら。そして――石の下にはいこんでいく、一ぴきのコオロギを見つけたのでした。
 ジェイが牧場に行きつくまでの二十数ページ、物語はジェイの視線の動きに合わせて、ゆっくり丁寧に進みます。彼の指先がふれた水の冷たさ、つんと鼻をつくヒッコリーの木の実の香り、かじったリンゴのすっぱさまでもが、私はまるで自分が体験してきたかのように感じられました。自分の中に具わった感受性が、目に映る全てのものに命をふきこみ、そして特別なものへと変えてくれる瞬間――私たちはみんな自分の中に、そんな自分だけの時間を持っている はずです。
 学校で、先生からポケットの中のコオロギを机の上に出すように言われたジェイは、頑なにこれを拒みます。コオロギが逃げてしまうのではないかと不安だったからです。「コオロギなんてまた見つけられるじゃないの」なおも先生にこうたしなめられた時、ジェイはやっとその重い口をひらくのでした。「でもそのコオロギはこのコオロギじゃないもん」まぶしいほどに純粋で一途な心をもったジェイ。そして、そんな彼がさらに勇気づけられる嬉しい趣向を、先 生は考えてくれたのです。
 つややかな秋の気配を、しゃれた味わいで描きだした木版画は、とりわけ構図のとり方に、ずばぬけたセンスの良さを感じます。それだけに、原書よりひとまわり小さな形での出版となったことを大変残念に思うばかりです。
 秋の夜長、私たちもジェイといっしょに、コオロギが奏でる美しい音色を楽しんでみませんか……?


ねこのお客 カメのシェルオーバーのお話1
ルース・エインズワース作 河本祥子訳 岩波少年文庫 本体(600円)+税

 この本にはキャンディおくさんの庭に突然現れた、カメのシェルオーバーが語った十のお話が入っています。
「あたらしいくつ」は、海辺であそんでいる間に、お気に入りのくつをなくしてしまわないよう、「気をつけすぎるくらい気をつけた」かわいらしい姉妹のお話。「かいぶつアグサム」は、アグサムがしかけたおばあさんを困らせるためのいたずらが、全て裏目(?)にでてしまい、結果的には何度もおばあさんを喜ばせることになってしまった……というお話。そして「どんぐり人間」は、どんぐりに四本のぴんで手足をつけただけの奇妙きてれつで愛らしいどんぐり人間が動き出す、軽快なファンタジーです。
 昔話風に語られるもの、何気ない日常をおかしみをこめて描くもの、魔法の物語や幻想的な物語。バラエティに富んだどのお話にも共通しているのは、それぞれの世界へと、私たち読者を招き入れる手腕の巧みさです。さり気ない語り口には、特別なことを伝えようとする気負いなど全くないのに、思う間もなく、私たちは物語の中へと誘いこまれてしまうのですから……。どこかのんびりとした読み心地が仇となり、“たわいの無い話”と受けとめられる向きもあるかもしれません。しかし、緩みのない物語の構成といい、登場人物を存分に遊ばせたからこそできる、端的な終わらせ方といい、短編であるが故の醍醐味を、心ゆくまで味わえる物語集であると私は感じています。
 “スリルとサスペンス”は望めないかもしれませんが(でも、中にはドキドキと胸を高鳴らせるお話も……)見所満載な一冊です。(続編『魔女のおくりもの』もあわせてお楽しみ下さい)


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