
子どもの本だより No.43 2002.8.2

書店には、真新しい表紙のファンタジーの本があふれています。それぞれに“今”という時代を反映し、それぞれのやり方で読者の心を引きつけてもいるでしょう。貪欲な私たちには新しい物語も必要なのです。けれども、そんな合い間に幾度となく読み返す、歴史ある物語群は、独特の風味と存在感をもって私を圧倒します。そして、やはり“古いものはいい”と思わせる力をもっているのです。夏休みに「何かまとまったものを読みたい」と考えていらっしゃる方は、今回ご紹介する長編ファンタジーに挑戦してみてはいかがでしょうか。(吉田 真澄)
床下の小人たち
メアリー・ノートン作 林容吉訳 岩波少年文庫 本体(680円)+税
“借りぐらし”の人たちのことを知っていますか?
私たち人間が住む家、屋敷にこっそりと同居して、生活に必要なもの全てをその屋敷の主たちから借りて生きている人たちです。(彼らが借りていくものは、なくなってしまっても私たちがさして困らないもの――安全ピンや指ぬき、手帳についている小さな鉛筆など――がほとんどで、だから、私たちが彼らの存在を知ることは、とても難しいのです。)彼ら"The Borrowers"(原題)の体長は約20cm。人間に「見られ」ることを何よりも恐れながら、私たちと同様の家庭生活を営んでいます。
さて、この本に登場する「借りぐらし」の一家(父親のポッド、母親のホミリー、そして13歳になる娘のアリエッティ)も、老人ばかりが暮らす古い屋敷の床下で、つつましくひっそりと生活していました。ビクトリア女王を描いた記念切手は、彼らの応接間の壁を飾る肖像画に。マッチ箱はタンスに。濃い赤い色をしたすいとり紙は、じゅうたんの代わりに床を覆います。(気持ちよく、あたたかで、こぼれたものをすっかり吸いとってくれたのですって。)
そんなふうに、ささやかだれれども平穏だった3人の生活は、ポッドが「見られ」てしまったことで、大きく変化していきます。生まれてから一度だって、床下の家から出たことのなかった(!!)アリエッティが、とうとう「借り」に行くことになったのです。アリエッティは記念すべきその日、「上の家」(3人は、人間が住む屋敷内をこう呼んでいました)で、大方の“借りもの”を終えると、屋敷の外へと、その足を伸ばします。そこは、あふれる生命力と輝きに満ちた、あまりに美しい場所でした。「ああ、なんというたのしさ! なんというよろこび! なんという自由! 陽の光、草の葉、やわらかく流れる空気……。」埃くさい床下での暮らししか知らなかった13歳の少女が、初めて太陽のあたたかさを知り、たおやかに咲き
誇る草花を知り、そして、生まれて初めてその足で思う存分走ることを許された瞬間(床下では、歩くことか這うことしかできませんでしたから)の喜びとは、一体いかばかりなのでしょうか? それを思うと、私の心はふるえます。そして、彼女の小さなからだをいっぱいにした幸福が、文字からこぼれ落ちてくるようなこの場面が、私はとても好きなのです。残念ながら、私は「借りぐらし」の人たちと出会ったことはありません。それでも、私は、この物語を読ん
でいる間中ずっと、むせかえるようなリアリティーを感じ続けていたのです。僅かな矛盾も許さず、最新の注意をはらって紡ぎだされる文の連なり。その作家の力量が、本来ファンタジーの住人であるはずの「借りぐらし」の生活を、現実のものとして私たちの前にさしだしてくれました。ちょうど、この物語の中でアリエッティが体験したように、優れたファンタジーは未知なる世界の扉の向こうへ、私たちをポン! と押し出してくれるのです。
ファンタジーの本場、英国で生まれた一流の作家による極上の物語を、皆さんも、この機会に是非味わってみてはいかがでしょうか。(現在、このシリーズは、この『床下の小人たち』のみが少年文庫ででています。お読みになった方はおわかりだと思うのですが、新しい旅が始まったところで、1冊目が終わるので、続きを読まないというわけにはいかないのです。続きの4冊が、1日も早く復刊されることを願っています。)
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