
子どもの本だより No.40 2002.3.26

厳しく寒い冬の後に迎える、暖かな春の陽射しがこんなにも嬉しいように、すれちがっていた人と気持ちが通い合えた時の喜びは何にも増して大きいものです。さて、絵本の主人公たちは、こじれてしまったお互いの思いをどうやって修復しているのでしょうか。
二つの物語を紹介したいと思います。 (吉田 真澄)
みんなのベロニカ
ロジャー・デュボアザンさく・え 神宮輝夫やく 童話館出版 本体(1171円)+税
父の仕事の都合で幾度かの転校を経験した私にとって、この絵本はとても特別なものに感じられます。新しいものにとまどうのは、何も大人に限ったことではなく、時に子ども達はそれ以上の残酷さをもって、新参者を退けるものなのです。
パンプキン農場へやってきた、かばのベロニカは(かば一頭にぴったりの)小さな池や、きれいなはらっぱのあるこの農場を一目で気に入ります。おまけに、ここにはたくさんの動物たちもいて、友だちにも不自由なさそうです。「おはよう、わたしはかばのベロニカ」新しい仲間に大きくにっこりと笑ってあいさつをするベロニカ――けれども、農場で暮らす動物たち誰一人として(あの陽気なめすがちょうのペチューニアさえ)それに応えようとはしませんでした。
新しい土地での生活習慣を逸速く身につけ、友人をつくることは、子どもたちにとって正に命がけの大仕事となるはずです。少なくとも私にとってはそうでしたから。皆に受けいれてもらえなかったベロニカは、深い灰色の池に一人その大きなからだを沈め、うすく開いた力のない瞳には、ただもう“何もかもどうでもよくなってしまった”という失望感だけを滲ませています。けれども、一方で日に日に元気を失くしていく新しい仲間を決して見捨てておけない私たちでもあること――このとても大事なことを、作者は幼い子どもちにもわかるように、善意に満ちたまなざしで描いています。
絵の美しさには定評のあるデュボアザンですが、デッサンの正確さはもとより、そのポップな色づかいには目を奪われます。そして十分洗練されていながら、そこここに感じられる血のかよったもののもつ温かさ。元気をとり戻したベロニカが、再びみんなの前で大きく笑ってみせた時、その喜びを全身で表現する動物たちの姿をご覧下さい! 「あたらしいともだち コケコッコー!」と高らかにうたう雄どりキングの声が、不安に打ちひしがれる子どもたちの心を励まし、自分に向けられるやさしさを信じる勇気となって欲しいと私は願います。
きみなんかだいきらいさ
ジャニス・メイ・ユードリーぶん モーリス・センダックえ こだまともこやく 冨山房 本体(600円)+税
『かいじゅうたちのいるところ』『まよなかのだいどころ』そしてまだその衝撃も記憶に新しい『わたしたちもジャックもガイもみんなホームレス』。
モーリス・センダックが現代を代表する優れた絵本作家であることは、皆さんもすでにご存知のことと思います。私などは先に挙げた三冊や、『まどのそとのそのまたむこう』など、つい非日常性を帯びた幻想的な作品群に胸を高鳴らせて(?)しまうのですが、『ロージーちゃんのひみつ』や今回ご紹介するこの絵本なども、子どもたちの根強い人気を誇っています。
「ジェームズとぼくはいつもなかよしだったよ。」
ぴったりと寄り添う二人の少年の姿から物語は始まります。
「でも きょうはちがう。ジェームズなんかだいきらいさ。」
けれども、一ページめくっただけで場面は一転。見開きの右端と左端に後ろ向きで立つジョンとジェームズ。お互いを見ようともしない二人の心の隔たりは、そのまま真白い余白となって決定づけられています。がわがわのがまがえるのいるところも教えてやったし、みずぼうそうにもいっしょにかかった二人だったのに……。
"LET'S BE ENEMIES!"(「原題」びっくりマークは筆者が勝手につけ加えたもの)突然めばえたそんな思いが、あっという間にその小さな心を占拠していく、この物語。母親への怒りを原動力に旅をしたマックス(『かいじゅうたちのいるところ』)のことをふと思い出しました。旅を終え、家に帰りついたマックスが、かぶっていたオオカミの頭巾を脱いだように、仲直りをしたジョンとジェームズの頭上には、先程まで降っていた雨が嘘のように、さんさんと輝く太陽が……。
ローラースケートを片足ずつはき、半分こにしたクルクルクッキーを高く掲げながら去っていく二人。その足どりは揚々として、「ぜっこう」という呪文が解かれた瞬間の幸福を知っていた、かつての私自身とも重なって見えました。
Copyright (c) 2002 Masumi Yoshida. All Rights Reserved.