
子どもの本だより No.36 2001.11.9

幼い頃、人形遊びがとても好きだった私は、やがて、おもちゃたちが活躍するファンタジーを好んで読むようになりました。プーくまの物語、テディロビンソン、それから、なまりの兵隊も……。そこには慈しんでもらうことの喜びが、神聖なもののように語られ、小さな私の身体をやさしく包みこんでくれていたのです。
さて、この秋、岩波書店から嬉しい復刊がありました。その中で、特に私を喜ばせたお気に入りの人形の物語を三冊、ご紹介したいと思います。(尚、三冊ともに訳者が石井桃子さんであることは、これらの本の魅力を語る上ではとても重要だと思うのです。)(吉田 真澄)
ふわふわくんとアルフレッド
ドロシー・マリノ文・絵 石井桃子訳 岩波書店 (800円)
ふわふわくんは、おもちゃのくまでアルフレッドが赤ちゃんの時からの一番の友だちでした。けれども、ある日、新しいおもちゃ「とらのしまくん」が届いたことで、二人の関係は一変します。アルフレッドは今までふわふわくんがいた自分の隣りに、今度はしまくんを座らせました。(ごはんを食べる時も眠る時も……)そして、その傍らには暗いクローゼットの中で眠り、投げだされた芝生の上でほったらかしにされる、ふわふわくんの孤独な日々が描かれています。けれども、ついに立ち上がったふわふわくんは、ある思いきった行動でアルフレッドの注意を引き、なおもこう叫びます。「まえみたいに、ぼくとともだちになるかい?」その問いかけのもつ掛け値なしの明快さに、私はめまいがしそうになりました。そう、問題はとても簡単。前みたいな友だちに戻れるのか、戻れないのか。(そして“仲直り”は愛のささやきと同じくらい、私たちを幸せな気持ちにしてくれるエッセンスなのです。)
本を閉じた後、誰もが、う・ふ・ふと微笑してしまうのは、甘さの中で鮮烈に香る、清々しさのせいでしょうか――Fuzzyをふわふわくんとした、訳者の力も無視できないところです。そして、無視できないと言えば――最後まで、だんまりを決めこんだ、しまくんの存在がとても気になる私なのですが……。
まいごになったおにんぎょう
A・アーディゾーニ文 E・アーディゾーニ絵 石井桃子訳 岩波書店 (800円)
スーパーマーケットの冷凍庫の中で誰にも知られずに小さなおにんぎょうがまいごになっていました。前の持ち主の女の子に「みっともない」と言われたことで、その小さな心はひどく傷ついてもいました。心細い毎日を過ごしていたおにんぎょうは、ある日小さな女の子と出会います。お店のものをいじってはいけないとしつけられていた女の子は、おにんぎょうを家に連れて帰りたいのをがまんして、代わりに着るものをつくって、おにんぎょうにプレゼントするのでした――。赤いフランネルの小ぎれで帽子を、そして青いビロードでオーバーをつくり、マッチの空箱に納めてハトロン紙で包みこむ女の子。一方、アイスクリームのさじをラケットにして、グリンピースのボールを打ち、かけた鏡の前で身なりを整えるおにんぎょう。うきうきと心が弾む情景です。なつかしくて、愛らしくて、それからうっとりする程に優雅で……!
もちろん、その後、おにんぎょうは女の子の家にひきとられることになり、豪華な人形の家もあてがわれます。それでも、おにんぎょうが何よりも好きだったのは、他のお人形たち(みんな、ずい分大きいのですよ)に、自分が冷凍庫の中で出会った冒険の数々を語って聞かせることでした――という場面で、お話は終わりです。
こうして、針の先ほどの気がかりもなく、私たちは、この絵本を閉じることができ、大事にしてくれる女の子とめぐり会うことのできたおにんぎょうの人生は、この物語を読み返す度に、私たちの中で永遠のものになっていくことでしょう。
ビロードうさぎ
マージェリィ・ビアンコ文 高野 三三男絵 石井桃子訳 岩波書店 (880円)
ビロードでできた、おもちゃのうさぎは、自分はとてもつまらないものだと思いこんでいました。「自分たちこそ、ほんものだ」という顔をしている、ゼンマイじかけで動くうぬぼれやのおもちゃたちにばかにされたせいです。
「ほんものってどんなもの?」と尋ねるうさぎに、この子ども部屋に誰よりも古くからいる皮の馬は答えます。それは“何でできているかということではなく、私たちの身の上に起こること”で、“子どもたちに長い間しんからかわいがってもらえた時、ほんとうのものになれる”のだと――。その後、うさぎは、ほんの偶然からぼうやに一番愛される存在となり、ほんものになれたことを喜びます、が、さらに悲しい運命がこの小さなうさぎに襲いかかろうとしていたのです――。
“ほんとうのものになる”という皮の馬の言葉は、甘美な響きで私を引きつけ、本を閉じた後も、私の中で鳴り続けました。“一人前になる”や“一人立ちする”という言葉にはない決然とした覚悟のような響き……。皮の馬が語ったように、すりきれるまで愛してもらった記憶は、粗末なビロードでできたうさぎを“ほんとうのもの”にしてくれる大切なものであったにはちがいありません。けれども、その道筋には、立ち向かわなければならなかった試練と、それによって流された涙が、同じくらいかけがえのないものとして存在してはいなかったでしょうか。私が出会うことのできた“ほんもの”の強さと輝きに満ちた先輩方を思う時、そう思わずにはいられなかったのです。
この絵本は、1953年初版ですが「いったん、ほんとうのものになってしまえば、いつまでもほんとうのものでいられる」(皮の馬の言葉より)とは、正にこの物語のことに違いないと納得させてくれた、私にとって忘れがたい一冊となりました。
(物語にそぐわない幼稚な装丁が大変残念です。原書はウィリアム・ニコルソンが絵を手がけていて私は一目で魅了されてしまったのですが――)
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