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子どもの本だより No.35 2001.10.19

ティーカップの絵

  目に写る全てのものの輪郭をくっきりと鮮やかにしてくれる秋の空気――。この季節になると、いろんなもの(山や湖やとんぼやぶち猫なんか)を見るために旅に出たくなってしまいます。
 そこで今月は「旅する人たち(ジプシー)」にまつわる物語を選んでみました。晴れた空の下であたたかいミルクティーを飲みながらこんな二冊はいかがでしょうか。(吉田 真澄)

(注:今「ジプシー」という言葉に差別的含意が伴うとされていますが、二作ともずいぶん前から親しまれてきた物語と絵本なので、別の言葉に置き換えず、このまま表現しています。)


ディダゴイ
ルーマー・ゴッデン作 猪熊葉子訳 評論社 本体(1200円)

 キジィは七つになる少女で、生粋のロウム(ジプシーの男)を父に、アイルランド人を母にもつ「ディダゴイ」(あいのこという意味)です。トウィス提督の敷地内に置かれた荷馬車(ワゴン)で、ひいひいおばあちゃんと、年老いた雄馬ジョーと一緒に暮らしていました。キジィは学校で手酷いいじめに遭いながらも、差別と蔑みから発せられる言葉には決して屈せず、ジプシーとしての誇りをひたすら守ろうと戦います。そんなキジィに転機が訪れるのは、ひいひいおばあちゃんが亡くなり、あまり遠くないところにキャンプしていたジプシーたちによって、住んでいた荷馬車(ワゴン)を燃やされ、また彼らたちが、ジョーを「つぶしや」(馬肉屋――こまぎれにされて犬のえさになるという)にやろうとしていることを知った時でした。
 この身寄りのない孤独でちっぽけな少女が、その時頼ったもの――、それは“(キジィの)おばあちゃんと話す時(他の人とはちがって)ぼうしをとって話した”トウィス提督その人でした。“(提督の)もじゃもじゃの眉毛だの、ひげだのは見ず、茶色の目だけを見つめて”キジィは訴えます。「ジョーを“つぶしや”にやらないで」と。この温厚で情け深い一人の紳士を村の誰よりも正確に見ていた少女のまっすぐな瞳。傷つき虐げられた者にだけ開かれた人間の本質が、初めて交わした二人の距離を一息に埋めていく奇跡のような場面です。
 その後、キジィは自らが抱える絶望と怒りの中に閉ざされてしまいそうになりながらも、トウィス提督を始め、屋敷で働くピーターズとナットや、後にキジィの親がわりとなるミス・オリビア・ブルックに助けられて、それでも一歩ずつ前進していきます。最愛の馬、ジョーが死んでしまった時も、女の子たちに待ちぶせされて、ひどいケガを負わされた時も、その場限りのなぐさめや思いつきのやさしさでキジィをなだめてしまおうとは考えない大人たちに彼女は救われていくのです。
 この本の作者ルーマー・ゴッデンは、妖精や小人の力を借りなくても、真剣に生きる私たち一人一人の願いは叶えられ、時にそれ以上の幸福さえも手にすることができるのだということを著作の中で、くり返しくり返し教えてくれています。そして、どんな物語にも悲しみはつきまとうのだということも――。
 けれども、すでに私たちは学んでもきているのです。
 悲しいと美しいが、こんなにも似ているから痛みの中に輝きを成す生命の原石を見つけられるのだということを。


マドレーヌとジプシー
ルドウィッヒ・ベーメルマンス作画 瀬田貞二訳 福音館書店 本体(1200円)

 “パリの、つたの からんだ ある
  ふるい やしきに、12にんの
  おんなのこが くらしていました。
  2れつになって、パンを たべ、
  2れつになって、はをみがき、
  2れつになって、……   ”

 軽妙ないつもの語り口で始まったマドレーヌのおはなし。
 今回はおとなりのペピートとサーカス見物です。
 さて、思わぬ雷雨に見舞われたことから観覧車にとり残され、サーカスと旅を共にすることになったマドレーヌとペピート。芸当や馬乗りを教えてもらって、とても楽しく過ごします。「はをみがかなくてもいいなんて、おやすみをいわなくていいなんて」と、わくわくする程に底ぬけの自由をうたいながら、濃紺と赤紫の夜空を幻想的に描いた場面の美しさは息をのむほどです。二人のことを心配するあまり、“すっかりやつれてしまう”ミス・クラベルも、別れの時“1まいきりのハンカチをなげだして、なげきのなみだにむせぶ”ジプシーかあさんも、やんちゃな二人を包みこんであまりある愛情深い女性たちです。
 それにしても、この作家の絵本を読むたびに思うことですが、単純化されたコミカルな画面で、私たちをゆだんさせ、ページをめくればあっと驚く壮麗さで一気に攻めこんでくる手法は見事!という他ありません。(マドレーヌたちが、パリの駅に降りたった場面を見て下さい!)パリの美しい街並を闊歩する勇敢な少女マドレーヌ。この物語の明朗快活さを愛さない人はただの一人もいないことでしょう。


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