
子どもの本だより No.34 2001.9.7

暑かった夏もとうとう終わりを告げました。さあ、身体中にさわやかな秋の空気をとりこんで、冷房にあたって萎えてしまった清新な活気をとり戻しましょう。今月はそんな手助けになりそうな二冊をご紹介したいと思います。 (吉田 真澄)
チム・ラビットのぼうけん
A・アトリー作 石井桃子訳 中川宗弥画 童心社 (1000)
抱きしめたくなる程のいとしさと、(身体や心の)調子の悪いところが、あるべき状態に修正されていく快感。そして“帰る場所がある幸せ”。
この物語を読みかえすたびに胸をしめつけてくるのは、上手く言えないけれど、たぶんこんな思い……。
たとえば、チムが拾って大事に持っていためがねを、いたずら好きのカササギに奪われてしまった場面――ぽとりと落ちたチムの涙を「雨かしら?」と一瞬は思う花たちですが、それが涙だと知ると、気の毒そうに花びらをゆすりはじめます。この真心のこもった美しさと正しさ――やりきれないチムの悲しみと咲き誇る花たちが、一つの画面に丁寧に描きだされた――は、決して見過ごすわけにはいかないものの一つでしょう。「カサ、カサ、カササギのやつらが……」と、息も絶え絶えになってリスさんに訴えるチム。(めがねはまん中で折ってリスさんと半分ずつ持っていました。そして、リスさんはそのレンズを通して、はしばみの実が、大きく見えることをとても喜んでいたのです。)すると、リスさんは大きなふわふわしたしっぽで、チムの目をふきながらこう言います。「いいわよ、チム。なくのおやめなさい。あたし、もうこのがらすほしくなくなったの。あたし あんな大きな はしばみはいらないの。小さい はしばみでいいの。さ、チム、これをもってうちへおかえりなさい。そしてげんきにおなりなさい。」
かつて、私はこんなにもきっぱりとしたゆるぎない態度で、励まされたことがあっただろうか。このやさしさの尋常とは思えない無駄のなさはどうだろう。つけいるすきを少しも与えない心強さは?
また、九つのお話の中に、ちりばめられた色とりどりに輝く言葉のビーズ――それは、たとえば、チムのお母さんがほっとけーきをやく“すぽん すぽん”という音や、赤ちゃんのくつをひろったチムが「このきれいなものをどうしよう」と思うその気持ち。それから、“れーんこーと”(レインコート)や“はんけち”(ハンカチ)という字がもつ、ゆったりとした束縛のない感じ。そんな一つ一つを見失わないように、私はゆっくりと時間をかけて、この、とねりこの森を散策します。すると、必ず見えてきますよ。麦畑を駆けぬけ、はりえにしだを踏みわけて、一目散に帰ってくるチムの姿が……。
辛かったり、悔しかったり、時には涙をおとしたりする程悲しかったりしても、「いったい、どうしたの?」とやさしく問いかけてくれる、あたたかな“帰る場所”をめざして――。
木はいいなあ
ユードリイさく シーモントえ さいおんじさちこやく 偕成社 (1000)
「木がたくさんあるのはいいなあ。木がそらをかくしているよ」
こんなつぶやきから始まった散文詩は、夏は木陰をつくってくれるし、秋には落葉でたき火もできる……と、素直に木の善さを綴っていきます。それは、自然の大切さを教えようなどという思いあがったメッセージとは無縁の、すがすがしい率直さです。
「ぼうきれは 木からとれる。ぼうきれで すなにえをかくんだ」
このシンプルで飾りけのない言葉を彩るシーモントの絵は、真夏の太陽の下では涼しげに見え、木枯らしの夜、こたつの上でながめれば、ぽかぽかと暖かそうに思える不思議な魅力を湛えています。
拍子ぬけする程にまっとうなこの絵本を目の前にすれば、誰でも植物のもつ澱みない生命力を肌で感じたくなるでしょう。それは全くこの本の最終ページが示すとおりです。
「そうすれば、みんなもいえにかえってじぶんの木をうえるよ。」
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