子どもの本だよりロゴ

子どもの本だより No.32 2001.7.6

星と子どもの絵

 辛くなった時、探してしまう本があります。それはあくまでも“そこにあること”を確認するだけで、開いてみることはあまりありません。本を開けば饒舌になりすぎた物語が弱りきった心に響きすぎるのかもしれないし、それで全てが救われるとは、もちろん思えない息苦しさもあるでしょうか。けれど、背表紙を見つめるだけで、語られていたひかえめな幸福論を思いだすことができるのです。
 そんな思いで選んだ二冊を今月はご紹介したいと思います。(吉田 真澄)


小犬のピピン
ローズマリ・サトクリフ作 猪熊葉子訳 岩波書店 (1200円)

 “この世の中にはふしぎななぞがたくさんあります”
『エミリー』(マイケル・ビダードぶん バーバラ・クーニーえ)という絵本の結びのことばです。その最後のページには、アイボリーのワンピースを着た少女が緑の草原に立ち、両手を広げて白ユリが咲きほこる美しい自然を迎えいれています。頬はバラ色にそまり、口元には愛らしい笑みをうかべた、その少女の表情から“ふしぎななぞ”に満ちたこの世界が私たちに与えてくれるものの“無限さ”を思ってぞくぞくしました。
 "A Little Dog Like You"(原題)というこの物語を読んで、改めてそんなことを思いだしたのも、ここに書かれていること――うまく説明できない不思議さを漂わせてはいても――は、“真実”であって、それ以上でもそれ以下でもなく、なめらかに語られた60ページの“本当のこと”が、無限とも思える広がりで私の中に浸透してくる心地良さを感じたからでした。
 ピピンが病気で死んでしまった時、世話をしていた女の人は言いました。「かわいいピピン、もし帰ってきたいと思ったらそうしてごらん。おまえのために道をあけておくからね。でも、おまえのほうでも少しはすることがあるのよ。」
 “すること”を成し遂げたピピンと、迎える準備を万端に整えたマミー……どんな不思議なことが起こったかは、読んで確かめて頂きたいと思います。もう一つだけつけ加えるとすれば、私自身、本を読む楽しみが、作者の豊かな表現力や言葉の選び方、心地良い音楽のようなリズムを味わえる充足感にあると再認識したことです。話の筋のおもしろさだけに翻弄されて、より刺激の強いものへと走っていく子どもたちにも、心に残る文学とはそういうものだと知ってほしいなと感じてしまいました。


おやすみなさいのほん
マーガレット・ワイズ・ブラウン ぶん ジャン・シャロー え いしいももこ やく
福音館書店 (1000円)

  子どもたちにとって(というより、幼い頃の私にとって)明日とは、必ずしも希望に満ちたものではなく、それは日々くり返されるゆるぎない幸福とは無関係なものでした。不満で卑屈になった心を解きほぐして言葉にすることもできず、はっきりさせることのできない事柄(それがささやかな事である程)を抱えたまま明日を迎えることしかできない私にとって、この絵本は睡眠薬のようによく効いたのです。
 「ねむたいことり」も「ねむたいひつじ」も、「えんじんをとめたじどうしゃ」やとらっくまでも守ってくれる大きな手、その手にゆだねられた大きなゆりかごの上で、私たちは、ゆっくり休むことができるのです。
 “癒し”などという新鮮みを失った言葉で、ひと括りにすることを認めない清廉潔白さ――で、届けられる無上の安らぎ。私たちを抱く大きな存在(それを神と呼べなくても)を信じ、その両手は永遠に私たちの上にかざされて“無事である日々”を約束してくれているという心の安寧――。年齢を重ねるにつれ、この絵本がもつ本当の輝きから遠のいていくせつなさを一方で感じながら、もっと深くもっと日常的にこのメッセージを受け入れる自分がいることも、また事実なのです。


トップページへ戻る

Copyright (c) 2001 Masumi Yoshida. All Rights Reserved.